女は度胸だ
残すところあとわずか。
フルスピードで参ります!
ジルが好き。
誰よりも。
「貴方は私と幸せになるんだから、ここで死ぬなんて許さないからね!」
カーレースの急カーブの如くまったく見当違いの事を叫び出した私に、ジルは思わずと言ったようにその不機嫌そうな顔を解いた。
「え、え?あ。し、しかし、俺は、あなたを」
次いであたふたと音いう擬音が付きそうな恰好で首を左右に降り出した彼に、もはや冷酷王の面影はない。
「ガタガタ五月蠅いわね!いい!私は幸せになるの!これから子供を育てて孫を抱いて、曾孫に囲まれて」
「メイ、コ?」
止まらない私の紡ぐ物語りに、ジルの動きが止まった。
「それでね、ベッドの上で横になる私の手を握って、あなたは聞くの。『お前の人生は、幸せだったか?』って」
王座の肘置きに両手を乗せ、そこに座る彼を囲うように身を乗り出した。目を白黒させる年下の彼にずいっと顔を寄せて言ってやった。
「そしたら私はね、思いっきり笑顔で言ってやるのよ。これまでの色々な不幸な事もやりきれないことも全部鼻で笑って、あなたに『幸せな人生をありがとう』って言うの。他でもない、ジル、あなたに言うの。私が笑顔でそう言いきるのを見届けるのは、あなたなんだから」
「………っ」
ジルの喉の奥から、ひゅっと短い音が聞こえた。
「もしこの手を離したら、私はもう一生、幸せなんかならない。それでもいい?」
上からな言い方と比例するように見た目は冷静を保っているけれど、正直心臓ははち切れそうなほどバクバクとその部位を主張していた。
まるで、誰からが心臓を私の耳元に当てたような音の響きと、ドクドク反応する身体。悟られぬよう拳を握り直した。
だってそうでしょう。
一度は捨てられた花嫁となった私なのだ。
これからの人生の中で、異世界に飛ばされるという事も、そこで誰かに恋をすることも、ましてや逆プロポーズなんてすることも想像したことだってなかったというのに。しかも相手は年下。
そんなトラウマ無理やり追いやってでも、この人をほしいと思った。この、迷子のような幼い彼の手を、私が握らなくて誰がやるっていうの。
女はガッツだ。
勇気を振り絞って、言葉を紡いだ。
「………ねぇお願い。幸せになる事を諦めないで。私と一緒に、幸せになろう?」
ジルは耐え切れなくなったかのように瞼を閉じて俯いた。
心の中で、せめぎ合いが行われているはずだ。私の願いを聞き遂げてくれるという事は、今までの自分を裏切ると同義。
過去の自分と現在の自分が、未来の自分に問いかけている。
言われなくても、分かっていた。
だから周りに居る誰も口を開く事なく、年若い王の気持ちが落ち着くのを黙って見守るだけ。
どれだけそうしていただろう。
私の懇願にも似た響きに、顔をあげたジルは、もう無表情で怖がられていた王様なんかじゃなくなっていた。
くしゃくしゃにした顔で、水の膜が一杯に張った綺麗な瞳で、必死に泣くのを堪えている幼い少年の彼だ。
まるで、十年前に私とパトリシアを城から見送った時の少年時代の彼を見ているかのよう。
「………っ。メイコ、す、すまない。いつだって、俺は貴女の前じゃどうもうまくいかないようだ」
泣くのを必死に堪え、震える声を懸命に押しとどめて、努めて冷静に言葉を紡ぐ彼を前に、どうしてか私の方が涙が溢れて止まらなくなっていた。
あぁ、こんな風に天にも昇る気持ちになったっけ。好きな人と想いが通じる瞬間って。
口元を抑えて、勢いよく首を横に振った。
何か言えばいいのに、胸が一杯で息をするのが精一杯だ。
王座から立ち上がったジルが私を見下ろしてくる。
骨ばった手が涙を拭ってくれるのがわかった。
「………初めて会ったとき、あなたはとても優しい顔でパトリシアを見つめていた。あの時俺は、あなたに一目惚れしてしまったんだ。あなたは、この俺が幸せにする。他でもない、俺が。ここで救われた命にかけて。ありがとう、大事な事を思い出させてくれて」
その瞬間、脳裏にこびり付いていたあの人の『芽衣子、幸せになろう』と言った笑顔に真っ二つに亀裂が入って、そして、綺麗に消え去った。
幸せになろうなんて、そんな他力本願な言葉はもう要らない。
幸せにする、と強く言い切ってくれたこの人が居てくれるから。
幸せにしたい、と私に思わせてくれる彼が傍に寄り添い続けてくれるなら。




