夢の中では大胆になれます
『君が願っていた事は、なに?』
ヨハンの謎かけが、頭の中を渦巻いている。
その言葉に首を傾げながら生活をしていれば、いつの間にかパトリシアの出発がいよいよ明日という所にまで迫ってしまっていた。
とりあえず私は、パトリシアに付いて隣国へ行く事になっていた。
そこで答えを出そうかと、漠然とした思いでいた。
王であるジルベルトの想いを封印し愛する娘と生きる道を選ぶか、またはこの想いを諦めジルを見守りながらこの国で生きていく術を見つけるか。
非常に情けない事ながら、今の私は数日後の自分の姿さえ思い描けずに居るのだ。
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ベッドの上に横たわって、天井を見つめ続けて、どれくらいの時が経っただろう。
真っ白いそこは決して時間や気持ちを紛らわせるには適していないけれど、何故か他の場所を見ようとは思わなかった。
今日は何となく月明かりを遮りたくなくてカーテンは開け放してある。
天気は快晴だったということもあり、何も月を遮るものがない。
青白い月明かりが部屋の中を薄く照らしていた。
どうしたらいい。
どうしよう。
どちらの国に居ても、私はもうお荷物でしかない。
私はまた、この場に居る意味を失ってしまうのか。足場がボロボロに崩れていく様を味わわなければいけないのか。
あの時、婚約者に裏切られた時のように。
今更になって、自分の立場がどれだけ曖昧であるかを悟り、物悲しくなる。
―――私はどうして、この世界に居るんだろう。
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「ん………」
ふと目を開ければ、私を見下ろすように見つめてくるジルの姿が視界に飛び込んできた。
横になって眠っていた私の腰の辺りに座り、左手を伸ばし私の頬を柔く撫でていた。
でも、いつものジルじゃない。
一瞬で確信した。
今私を見下ろす彼は、白色の髪こそ一緒だけれどその表情は柔らかく、どちらかと言えば出会った頃の彼を彷彿させるものだったから。
「メイコ」
私を呼ぶ声が甘く、少しこそばゆい。
だから早々にこれは現実ではないと片づけた。
「なんだぁ、夢かぁ」
にへらと笑えば、目を瞬かせるジルが見える。
こんな風に無表情以外の顔をすることも今のジルではあり得ないので、やっぱり夢なのだと確信が持てた。
「………あぁ、夢だよ」
私の言葉に、ぽつりと返事が返ってきた。
そう言って少し困ったように微笑むジルの眼差しは、私の心のどこかを引っ掻いたように小さなピリッとした痛みを残していった。
これが私の心の願望を映し出した夢なのだというのなら、少しぐらい甘えた所で別に減る物でもないだろう。
というわけで、少々大胆な行動に出ることにした。
頬に当たる彼の手に自分のを重ね、わざとすり寄ってみる。
現実ではまずありえない行動である。
驚いたように一瞬ジルの手が離れたのものの、離れないでほしいという私の無言の抵抗の末、強制的に私の頬に逆戻りした彼の少し汗ばんだ男らしい骨ばった手の感触を、頬一杯に味わった。
大きな手。
私の頬を包んでくれる手に思わず笑みが零れる。
大好きな人の、大好きな手だ。
勘違いの末に過ちを犯したと崩れ落ちた、すまないと必死にしがみついてきた手。
あの時、私を守ってくれた、抱え上げてくれた手。
「ジルの、手だね」
胸の奥の声が不意に現実世界に零れ落ちた。
「………っ」
目の前のジルの顔が緊張で強張ったかと思えば、次の瞬間には悔しさとも悲しみとも取れぬ表情で彼の表情がくしゃりと歪んだ。
どうしたのだろうかと、黙っていれば、唐突に目の前の青年の肩から力が抜ける。
そこから感じるのは、諦めの感情。
「なぁ、メイコ」
ジルが身を屈めば、横になった私に半ば覆いかぶさるような姿勢になった。
左の手は私ががっしり掴んでいるので、右手を私の顔の横に置く事でうまくバランスを取っているようだ。
いつもの私ならきっとその近さにあたふたしたことだろう。
けれど、開け放したカーテンから入り込む月の光に反射したジルの白い髪がキラキラしていて、その美しさに見惚れてしまった私は反応に遅れてしまったのだ。
気が付けば、ジルの銀河の瞳に映る私が私を見返していた。
まるで私自身が宇宙の中に放りだされたかのような情景。
「じ、ジ」
「これは夢だ。お前の夢。きっと明日の朝にはすべて消えてなくなる一夜の奇跡。………だから、言わせてほしい」
先ほどの穏やかな彼と違い、今のジルは普段通りの顰め面に戻っている。何かを必死に抑えつけているような、見ているこちらが痛くなるような切ない顔でジルは言い募る。
「どうか、幸せになってくれ。誰よりも」
銀河を思い起こさせる様々な色が踊るジルの瞳に、微かに見えた流れ星のような一筋の光。
あ、と思った。
願い事、言わなきゃと。
そうしたら浮かんだ、先日ヨハンのからの問いかけ。
―――私が、願い続けてきたこと。
ふと、意識が遠くなる。
目の前にいる大好きな人の輪郭がおぼろげに消えていく。
このままじゃいけないと思うのに、何故かとても眠くなった。
夢の中なのになんで眠くなるのかだとか、そういう疑問を抱く事もなく、私の意識は落ちていく。
その刹那、額に感じた微かな温もりも。
そして、
『愛している』
の一言を取りこぼしたことにも気が付かないまま。




