なぞなぞを出されました
「まだ道具箱が来てないって、どういうこと!?」
私の悲鳴が部屋にこだまする。
それに負けじと周りの侍女達も叫ぶ。
「メイ様!先ほど家具屋から連絡が!」
「メイ様っ、この色が予定のモノよりも少しくすんだ色で出来上がっております!」
その部屋は、さながら戦場のようであった。
雪が降る季節が終わりを告げれば、次は雪が溶けていく日々がやってくる。
それはつまり、我が娘がこの国を離れるということ。
パトリシアの輿入れの準備は、最終段階に入っていた。
お昼の時間になり、気分転換を進められた私は廊下を当てもなく彷徨うように歩いていた。
自分の部屋以外に時間を潰すところなど思い浮ばず、けれど部屋にいれば色々な想いに押しつぶされるだろうと思い、気が付けばこうしてふらふら歩いていた。
ふと、開け放された窓が見えた。
侍女の誰かが、換気するために開けてそのまま忘れたのだろう。
冷たい空気は、良いリフレッシュになるかもな、と窓に歩み寄る。
するとどうだろう。まるでタイミングを見計らっていたかのように目の前を歩いて行くジルとセリム、数名の騎士の姿が目に入ったではないか。
思わず隠れるようにしゃがみ込みその場をやり過ごす事にした。
けれどふと、自分の居る位置の方が高さがあるのだから見つかることはないという考えに至った。
ふぅと息を吐いて再び窓の位置まで顔を上げた。
久々にジルの顔を見た。
少し見ない間に少し頬がこけた様にも見えるが気のせいだろうか。
窓の縁に両肘を置き、腕を組んで出来た隙間に顔を押し付ける。視界が一気に真っ暗になったことで、己の思考に沈むことが出来た。
悩む事は沢山あった。
自分の立ち位置であったり、ここで芽生えてしまった想いであったり。
パトリシアはまだ十二歳と若いけれど、しっかりした子だ。エリオットはぜひ私も隣国へと言ってはくれているが、あそこに私の居場所がない事は容易に検討がつく。
かと言って、この国に残ったとしても、パトリシアを育て上げた恩だといって、城から出してもらえる確率は低い。そうなれば、私はこの城でただのお荷物になるだけ。
なにより、この突然自覚してしまった想いが、すべての思考を鈍らせるのだ。
私がジルベルトを想ったところでどうする。
相手は王様なのだ。
この想いを伝えてどうする。
パトリシアがお嫁に行ってしまえば、私のこの国での立場は何の肩書もない一般の民間人と一緒。
王様と平民。
なにより、この年の差だ。周りが許すはずもないだろう。
相手側に何一つメリットのないこの関係。
考えれば考えるほど、ハッピーエンドの結末を迎えられる気がしなかった。
「メイ」
声を掛けられた。
のろのろと顔を上げ、声をした方に視線をやれば、思わぬ人物が居たので一瞬目を見開いて凝視してしまった。
「………ヨハン」
「やぁ。凄い顔だけど、大丈夫かい?」
彼と会う機会があまり訪れない理由は、一つに彼のこの国での立ち位置によるものだと聞かされていた。 王族の処刑が行われた時も、私が初めてこの城にやって来た時に捕えられた時も、彼はこの国には居なかったらしい。
信仰の薄いこの国で、神殿官長というのは中々難しいものがあるらしく、そのため、時々国外の信者の集いのようなもの招かれてる際は、彼自身が顔をだすのだという。
この世界のある一定の地域は同じ神を信仰しているようなので、いわば信者を増やす講演会のようなものだろうと予想していた。
「帰ってきてたの」
「うん。やることはやったし、流石にこれ以上持ち場を離れるなと怒られてしまってね。しばらくこの城に留まるつもりだよ」
私のすぐ傍に立ったヨハンを見上げれば、神を信仰する人特有の神々しくも優しい笑顔が振ってきた。
「………っ」
この世界で初めて会った人。可笑しな人。不思議な人。
私にこの世界で居場所をくれた人。
パトリシアという心の支えと、このままでいいのだという言葉をくれたから、我武者羅にここまできた。
なのに私は、もうその居場所すら失おうとしている。
そんな考えに辿り着いた時にはもう、涙腺が壊れてしまったらしい。
ヨハンを見上げて、声も上げられぬまま、気が付けばただ大粒の涙が頬を滑り落ちていくのを感じるしかできなかった。
何の前触れもなく無言で泣きじゃくる私を前に、白いローブ姿の彼は驚いたように目を見開いたまま軽く棒立ちなっていた。
思わぬ展開に彼もどうすれば良いか分からなかったらしい。
こんな時なのに意外なヨハンを見ることが出来たことに少し笑いが零れてしまう。
泣き顔の中に浮かんだほんのわずかな笑みに触発されてか、ヨハンは見開いたままだった目を通常のサイズに戻し、そのままついっと片手を伸ばしその手をそっとこちらの頭に乗せてきた。
「?」
一方の私は涙の流し過ぎで、鼻水まで出てくる始末。
だけど拭い取る気力にもなれなくてその場にただ立ち尽くす私を、彼は気味悪そうに見る事はなく、逆にその笑みを慈悲深いものに変えたように感じる。まるで親ばかな父親が、収まりきらない愛を瞳に含んで己の子供を見るときのような感じ。何故か私の方がこっぱずかしさを覚えてしまった。
頭に置かれていた温もりが消えたかと思えば、酷く優しい手つきで顔の水分が拭われていく。
見間違いでなければ、目元を時々覆うのは白い布。
彼のローブの端のようだ。
「よ、ヨハン」
それ、高いんじゃないのかな。お値段的に。
今更だとは思うが、突っ込まずにはいられない。そんな言葉を遮り、ヨハンが喋る。
「メイ、ごめんね。本来なら、君はこんな所に居なくても良い人だったのに。………私達の我が儘に付きあわせてしまって悪いという自覚はあるんだよ。これでも」
「へ?」
拭われながらも止まらなかったはずの涙が、少し引っ込んだ気がした。
見れば、まるで自分の方が深い傷を負って痛がっているかのように目を眇め苦しい表情で私を見つめてくるヨハンの青い目と視線が重なる。
彼の言葉に一瞬疑問を覚えたはずなのだけれど、その青さに心を奪われ、あっという間にその引っ掛かりを手放してしまったものだから、自分が何に疑問を持ったのかさえ思い出せなくなった。
「君を泣かせてでも、やらなければいけない事が私達にはあってね。けれどそれは、悔しいけれど私達には出来ない、君だけにできる事なんだ。だから、………君の中にある決意を、もう一度思い出してみてほしい」
「決意?」
ヨハンは苦しそうな表情を一変させ、強い色をその瞳に宿した。
「君はここへ来て、何を願った?」
まるでクイズのような問いかけだな、と、深い青色の瞳に映る自分を眺めていた。




