紅茶を片手に昔語り
昼下がりのある日、私はパトリシアとエリオットに乞われて彼らと共にアフタヌーンティーを楽しんでいた。
普通であれば外で行われる事の多いアフタヌーンティーの会場も、季節が冬なだけに、城内にある温室にその場所を移していた。
冬と季節がこの国に訪れてしばらく経つけれど、今だに雪は振っていない。
というか、例年よりも暖かい気もしていた。だから、傷もいつも以上に大人しくしてくれている。
しばらく穏やかに周りの花々の観察に勤しんでいた私達だったけれど、エリオットがようやく口を開いた。
「ぜひ、メイ様にパトリシアの幼い頃の話を聞きたいと思いまして」
「だから、別に聞かなくてもいいじゃない!」
エリオットの言葉に、パトリシアがほんの少し頬を紅潮させながらすねた様に自分の婚約者をねめつける。
もちろん、笑顔の良く似合う好青年はどこ吹く風、といった様子。
なんだかんだ、二人共素敵な関係を築いているようで安心する。
なにより、エリオットから発せられるパトリシアへの好意が母の私の気持ちを和らげてくれていた。
「いいわよ、どこからお話ししましょうか」
「お母さん!」
「出来れば、最初から」
「ふふふ、しょうがないなぁ。そうねぇ、じゃあ、私が怪我をして目が覚めた時から、がいいね」
✿ ✿ ✿
目が覚めた時、私の視線にまず飛び込んできたのは、パトリシアを抱く毛むくじゃらの熊さんだった。
「………っ!!?」
うつ伏せに寝かされていた私は、その驚いた勢いのまま飛び起きようとして失敗した。左肩から背中にかけて酷い痛みを感じ、飛び起きようとしたのは気持ちだけで、身体は少しも動いてなかった。
「………」
私が目が覚めた事に気づいて、パトリシアはまん丸にしていた瞳をすぐさま可愛らしい笑みに変える。
ちなみに、そんな彼女を抱えたまま私のベッドのすぐ横に座り込んでいた熊さんのような大男も、少し驚いたような顔をした後、その表情を緩めていた。
「え?………え?」
逆に私と言えば混乱の極みに居た。
そりゃあそうだ。
最後に覚えているのは、自分が背後から斬られたことだったし、目の前に広がった血の海は絶対に夢なんかじゃないもの。
しかし、目の前の、きっとすべての状況を知っているであろう熊さんはまったく口を開こうとはしなかった。
後々になって、この熊さんが、というかクルト様が、瞳で色々語ろうとしていたんだろうなって事に気づいたけど。
もちろん、初対面の私にそんなことわかるはずもない。
決して危機的状況ではないが、目の前の無表情の男とその腕の中で楽しそうに笑う娘に見守られる私という意味不明な状況に包まれること数分、ようやく救世主が現れた。
後に大変お世話になる、女医のアリシア様である。
部屋の扉を開け、艶やかな黒髪を靡かせながらやってきた彼女は、すぐさまクルト様の頭をまるで漫才師の相方のように華麗に引っ叩いて私を覗きこんだ。
「あー、ごめんなさいねぇ。驚いちゃったわよねぇ。急にこんなのが目の前にいたら」
「………」
アリシア様に席を譲るように、これまた無言のままのっそりとその場から立ち上がるクルト様。
そこで気が付いた。
クルト様の胸元に括る付けられていたパトリシアの存在に。
わけわかめであります。
「あなた、自分の名前はわかる?」
「め、芽衣子」
「あの子の名は?」
「パトリシア」
「それだけわかってれば十分。………貴女は、一緒に居た男の一人に斬られたの。肩下から背中にかけて、ざっくりと」
そういってアリシア様はほっそりとした人差し指で、私の傷口をなぞるように動かした。
なるほど、患部が背中だから、私はうつ伏せなのね。
彼女は言葉を続ける。
「斬った奴が、あまり剣術になれていないのが災いして、貴女の左側は肩の骨に弾かれて腕を切り裂き、傷は腰近くまで続いているわ」
「………そう、ですか」
死ぬよりは、まし、と思うべきか。
思わず目を伏せれば、自分の言葉の足りなさに気づいたアリシア様が弁解するように言い募った。
「あ、違うわよ!貴女の切り裂かれた箇所は私達がすぐに縫い合わせた。背中も全部そう。すべて縫い合わせたから、問題はないはずよ。後はあなたの力次第」
「あ、あなたが?」
「私と、この人」
再び現れる熊さんと、その首にぶら下がっている楽しそうなパトリシア。
「………包帯を」
「あ、ありがとうございます」
こうして、私とパトリシアは、アリシア様とクルト様と共に暮らすようになったのである。
✿ ✿ ✿
「その後が大変だったんだけどね。一か月ぐらい眠っていたらしい私は、傷を負ってない身体を治すところから始まって、それから死にもの狂いで左腕のリハビリ………治療をしたんだ」
「そうだったんですか」
エリオットの労わるような視線に笑って見せた。
この青年の好感度が急上昇して止まらない。
「まだ幼いパトリシアも居たのですから、大変な思いをされたことでしょう」
「ううん。私が治るまで、アリシア様とクルト様がずっと傍で手伝ってくれたからそんなに」
青年の言葉を首を振って否定する。
最初の五年間は、クルト様が私達の護衛と世話役と治癒係も兼ねて傍に居てくれたから、そんなに大変ではなかった。
「そうそう。わたしも、ずっとクルト様がお父さんだと思ってたもの」
「この子を納得させるのに、何年もかかったんだから」
✿ ✿ ✿
見た目がとても若いアリシア様は、意外や意外、実は一児の母であったらしく、子供の育て方についてクルト様に一から叩き込んだ。
「違うっ!もっと丁寧に扱いなさいよ。あなたの手じゃ赤ん坊を握り潰すわよ」
「………こう、か」
クルト様が、パトリシアをお風呂に入れるための指導をアリシア様から受けている様子である。
髭に埋もれて無表情のくせに、手はおっかなびっくりという感じに震えていた。
新生児ではないパトリシアも、クルト様にかかれば生まれたばかりの赤子とさして変わらないのだから、恐怖心を持っても仕方がないだろう。
「だーかーら。もう!………そうねぇ。………脳みそを洗うみたいに」
「どういう説明ですか。そして途端に上手くなるの止めてくださいよ」
と思ったのもつかの間、脳みそを洗うというよくわからない例を持ち出された瞬間、人が変わったように上手くなったものだから突っ込みの意味の無さを噛み締めたものだ。
「パトリシア、ほんと、そこが好きだね」
「あぁ」
「きゃー!」
左腕が少しずつ動くようになったある日、クルト様とパトリシアと三人で連れ立って散歩に出かけた。
桃色の髪がようやく頭部をフサフサに覆い始めた娘は、例に漏れずクルト様の胸元に吊るされ揺れている。
歩く度に揺れるのと、その高さがお気に召しているご様子。
この日から、森の熊さんの音楽が脳内で流れるようになった。
「だーだぁ!」
「「「………」」」
丁度アリシア様が村に滞在していたある日の夕食後、のんびりとリビングで過ごしていた私達大人の耳に飛び込んできたパトリシアの舌足らずな声。
彼女は私を『まぁま』と呼ぶようになっていた。
「え?」
見れば、腕を目一杯クルト様へと伸ばす娘の姿が移った。
「だぁーだっ」
「っ!」
「クルト様!感動………は、してもいいけど相手はパトリシアちゃん!心から喜ぶのとはわけがちがうんですからねっ。色々複雑なんですから!」
指先で目元を抑え上を見上げ始めたクルト様に、すぐさま鋭い言葉を投げかけてやった。
私の言葉に指先を離した事で見ることができた彼の緑の瞳が怪しげに光り、真っ直ぐ私を射抜いた。
「………もう、いっそ」
「一時の感情で早まらないでくださいっ!お気を確かに!てか怖い!!」
「くっ!!」
「ちょ、アリシア様!逆に笑い飛ばしてください今の状況!」
あらぬ方向を向いて肩を震わせるアリシア様もついでに一喝しておいた。
もう突っ込みが追いつかない。
✿ ✿ ✿
パトリシアによって巻き起こるクルト様の珍行動を披露すればするほど、エリオットの笑いのツボにはまっていくらしい。
最後はお腹を抱えて笑っていた。
「いつか、お会いしたいです。パトリシアを育ててくださった、彼らにも」
「うん。私も会いたいわ」
パトリシアも、隣で泣きそうな笑顔で頷いていた。
せめて、彼女がこの国を出る前に、会うことが出来ればいいと、そう願う。




