瞳の奥が語るモノ
「じ、ジル?」
「………どうした。長いことここに居たようだが」
「あ、ほんと?」
「あぁ。身体が冷え切っている」
正直あんまり気にしていなかった。
ジルが自分の着ていたマントを私に被せてくれたことで、自分の体温の低さを思い知ったほど無頓着になっていた。
先ほどまでジルが着ていたためか、暖かさの残るそのマントに温もりを求めてしがみ付いた。
「疲れたか」
「うーん、かな?こんなに大きなパーティなんて初めてだし。っていっても、何もしてないけどね」
「初めてだったんだ、そうなるだろう。もうそろそろお開きになる。先に部屋に戻っていてもいいぞ」
最初の驚いた顔はすでに無く、ジルの顔はいつもの無表情に戻っている。だけど、私に声をかけてくる言葉は思いやりに溢れていて、表情は気にはならなかった。
「パトリシアは?一緒に戻ろうかなって思ってたんだけど」
「あいつはまだ少しやることがある。先に戻っていろ」
そう言ってジルが素早く少し離れた場所に居た護衛の騎士を呼ぶ。
「じゃあこれ」
マントを返そうとすれば、再び包まれる。
「後で取りに行くから、いい」
「え?」
「メイ様、こちらへ」
ジルの最後の言葉の真意が分からないまま、私は騎士の人に連れられて会場を後にした。
彼の真意を知る機会は、思ったよりも早く訪れた。
騎士の人に案内されて、自分の部屋に戻った私は、しばらくドレスの上にジルのマントを羽織った状態でベッドの上に腰を掛けていた。
薄いカーテンのレースから零れる光が足元を照らす。
無意識の内に強く握っていたジルのマントから微かに香るのは、先日すぐ傍で感じた匂い。
男の人の、爽やかな。彼の、匂い。
「!」
気が付けばそこに顔を埋めていた。
「ちょ!な、なにやってんの私!!」
恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じながら、顔を引きはがす。
誰も見えないのに無駄にアタフタしながら顔を振ったり部屋の中を歩いて回ったりしている私は完全に変態者である。
この間からだ。
何かがおかしい気がするんだ。
だめだめ。もう忘れたっていうの。あの時の傷を、痛みを、悲しみを。
あんな想いをするのはごめんだ。私はそy、学んだのだ。
というか、なんで私が弟相手にこんな変な気持ちにならないといけないの。
きっと、あれだ。あんなに綺麗な人が周りに居なかったせいで、落ち着かないだけだ。
それなりに男性は周りに居たけれど、ジルのみたいに王子様のような美しさと男らしい色気を持った人は居なかった。
免疫のない私はきっとその空気に当てられているだけ。
「うん、そう。てかそれしかない!」
声に出して呟けば更に現実味が増した。
何度も頷いて心を落ち着かせる。
と、遠慮がちに扉がノックされた。
誰だろう。こんな遅くに。
眉を顰めながら扉に向かい、小さく開ければ、先ほどまで私の頭を悩ませていた張本人が立っているではないか。
「あれ、ジル」
小さく開けた扉をすぐに全開にした。
「起こしたか」
心持ち申し訳なさそうな雰囲気を漂わせている彼は、再会した頃よりよほど人間味が増したと感じる。
まぁ、何度もいうけれど、その顔は無表情だし、声音も相変わらず氷のように冷たいんだけれどね。
あくまでも彼の取り巻く雰囲気の話だ。
「ううん。全然。あ、これ、返さないと」
マントを取りに来たんだろうと当たりを付けて今度こそ自分から外そうと手を添えれば、また止められた。
「少し、いいか」
「ん?」
片手を取られ、引かれるように歩き出す。
連れられてきたのは、談話室のような場所。
この間閉じ込められた場所に似ているけれど、あそこほど本棚はないし、絨毯はフカフカで、暖炉の火は暖かそう。
オレンジ色の光でその部屋は埋め尽くされていた。
「ここは?」
「俺の、個室の一つだ」
さようか。ま、王だしね。
私の手を引いてこの部屋にやってきたのに、部屋に入った途端手を離し自分はさっさと暖炉の前に置いてある二つの一人掛けのソファの内の一つに座ってしまった。
「ちょっ」
意味も分からないまま連れられてきた身として、思わず不服の言葉が出てきてしまったのは致し方ない。
「メイコ、こっちに来て、見せてくれないか」
「え?」
「お前のドレス姿を」
「………」
暖炉のせいか。
この部屋の暖かさのせいか。
暖かさに、酔い始めていたのだろうか。
私は、気が付けばジルに貸してもらったマントをもう一つのソファに預け、彼の前に立っていた。
椅子に座って私を見つめるジルの瞳に暖炉の火が反射しているせいで、火が燈っているようにさえ感じられた。
「ど、どう、かな?」
綺麗に化粧をしてもらって、髪型もいつもと違って、そして何より、ドレスを着ている今の私は、あなたにどう見えているんだろうか。
今なら調子に乗って、ドレスの裾を掴み回転までするという出血大サービスまでしてしまう。
「………綺麗だ」
そう言いながらソファーの肘かけに肘を乗せて手のひらを組むジルの方が、よほど綺麗。
白で統一された衣装は、ズボンは普通のようだけど、上は白いカッターシャツに紺色のネクタイを締め、その上には縁に金の装飾がされた白いベストと丈の短い上着を重ねている。
それだけでも十分だと思うのに、流石は王様と言うべきか、赤いタスキのようなもの身体に巻き付け、その上に金色のチェーンを何層にも着けていた。
一番上に羽織っているのは、身体の片方だけを覆う白いマント。金色の見事な肩当でバランスを取っているようだ。
暖炉の光に反射して、ジルの金色の装飾が煌めく。
綺麗な人に、綺麗と褒められた。
「へへ」
素直な賞賛の言葉がこそばゆくて、肩を竦めて笑ってしまった。
「メイコ」
最近気づいたのだけれど、ジルは、よく私の名前を呼ぶ。まるで、彼自身に刻み付けるように。
不意に差し出された手を、反射的に掴んでいた。
繋がれ伸ばされる腕。反対側の手を取られ、ジルの肩に先導するように置かれた。そしてジルの片手はいつの間にか私の腰に。
「ちょっと、ジル!私、踊れないよ」
「大丈夫、簡単なステップだ」
暖炉の火が弾ける音しかしない無言の部屋で、私はジルに誘われるがままに舞った。
私を見つめる彼の瞳が、甘い。
まさか。
一瞬私の脳裏を過った可能性があったけれど、すぐに遥か彼方に追いやった。
今は何も考えずに踊っていたい。この、素敵な空間の中で。
だから。
止めて、そんな瞳で、私を見ないで。
―――そんな彼らを見守る複数の瞳があった。
「あれで自分の気持ち否定すんだから呆れたもんだよなぁ」
マントをはぎ取り、片手で背負うような状態で呆れた顔をするのはクラウディ。
「ふふふ。本当に、可愛らしい限りです」
聖母のような笑顔を浮かべつつ、含みのある物言いをするのはエメ。
「………これで想い合ってないなんて納得いきませんわ」
眉を寄せ何やら不服を漏らしつつ、けれどその瞳は優しさで溢れている素直になれないクラリス。
「うーん、どうなんだろう。見てる方からすればこれ以上にないほど分かりやすい構図なんだけど」
不可思議そうな顔をし、手を顎に置いて仕切りに首を傾げるセリム。
そんな彼らを横目で見ながら、誰よりも芽衣子を知ると自負する娘は首を振った。
「信じられないかもしれませんけど、きっとお母さんは兄のことを弟としか見てないと思います。むしろ、そう思い込もうとしている」
「………あんなんですけど、ジルは、イイ男ですわよ」
クラリスの眉間の皺は消えていたが、その代わりセリムような疑問を覚えた顔になっている。言外で、何故かと聞いているのだ。
パトリシアは踊る母から視線を外し、にっこり笑った。
「皆さんの出番だと、思います」
『王の初恋を応援し隊』出動要請がでた。




