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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
小憩編
37/77

国に蔓延る負の楔

今回は国の状勢について少し詳しく書いてみました。


「静まれ!!」

「騒ぐなっ」

「押さえろ!」


 路地裏に身を潜めてどれくらい経っただろう。

 状況が状況なだけに、正確な時間なんて遥か彼方にすっとんでいって帰ってこなかったので、まったく把握できていない。

 短かったような気もするし、長い時が経ったようにも思える。


 低い怒号達がどんどん小さくなっていき、代わりのように抑え込まれたかのような呻き声が耳に入ってくるようになった。


「来たか」


 しっかりと私を抱え込んだまま、広場の様子を窺っていたジルが、ようやく少しだけ腕の力を抜いてくれた。

 といっても、離す気はまったくないようで、腕の中にきちんと抱え込まれたままだ。


 騎士の人達が来たということなのだろう。

 ちらりと見えた広場には、城でよく見る灰色の制服が幾つも走っているのが見えたから。


 その余裕を利用して自分の状況もついでに確認しようと頭を巡らした先にあったのは、無数の人の顔。


「………あ」


 ジルとの距離感やら彼の悲痛の表情やらに気を取られていたので、広場とは逆の方の路地の奥に座ったままきょとんと私達を見つめている人々の姿にまったく気が付いていなかった。


 年端もいかぬ子供達が目をぱちくりとさせたまま私とジルを見つめている。


「………っ」


 ぎゃあああああ!私、こんな子供達の前であんなにジルと接近していたのか!


 一気に顔に熱が溜まる。もはやそれどころの話じゃない。頭から湯気が出てきそうだ。


「なんだ、気が付いてなかったのか」

 逆にジルの方といえばむしろ私のその反応に驚いているようだ。


 いつもの冷たい表情ではなく、ただ目を瞬かせたような表情で私とその奥に居る子供達を見比べるジルに、私は何も発せず、ぱくぱくと口を閉じたり開けたりするしかできなかった。


 まじか、この人この状況に気づいててあんな事を!


 よくよく考えれば、まるで生娘のような私の反応。

 別にキスしただけでもないし、ジルは私の身を護るためにその身を引き寄せていただけの話。


 しかし、この時の私に、その余裕はなかった。

 残念ながら。


「おい、お前達」 


 恥ずかしさに身を捩り、使い物にならない私をしばらく観察するように見ていたジルは、ほんの少しだけ口元を緩めたように見えた。


 そのすぐ後、いつも通りの真顔に戻り、子供達に声をかける。


 そこで私も我に返った。

 子供達は、状況はわかっていないながらも、広場の方から聞こえる悲鳴や怒号に何かを感じていたのだろう。

 きっと、緊迫した状態で身を潜めていたに違いない。


 ジルが声をかけた直後、全員が大きくその肩を飛び上らせていた。


 まったく身も知らぬ大人が急に自分達の居た場所に入り込んできて、その先では大人達の乱闘。そりゃあ、怯えるのも無理はないか。

 私はジルに握られていない反対側の手を彼の胸元に添え、こっちを向いた瞳に笑いかける。


「任せて」


 村では、一応子供達の先生をしていたし、これでも一児の母なのだ。生んでないけど。


 特に警戒することもないと判断したのか、ジルがようやく手を離してくれた。


「こんにちは。ごめんね、驚かしちゃったね」

 ジルの前に進み出て、膝を地面につけることで、子供達と同じ目線になるように心掛けた。


 すぐ傍に居た小さな子を、後ろに居た少し大きな子がはっと抱き寄せる。

 その瞳は警戒心で溢れていた。


「私の名前はメイ。このお兄ちゃんはジル。………隠れさせてくれて、ありがとう。助かったわ」

「………お前達、親はどこだ。こんな所に子供だけで、何をしている」

 王様だからなのか、ジルの物言いはかなり上からで、子供達の間に緊張感が走った。


「あ、ご、ごめん、この人、ちょっと言葉は悪いけど、悪い人じゃないの。出来れば、答えてあげてくれないかな」

 慌ててフォローを入れつつ、立ち位置は変えない。


 しっかりと子供達と視線を合わせながら辺りを見渡す。

「お、親は、いねぇ」


 恐る恐る声を上げたのは、斜め向かいに居た男の子。


 多分、この中では一番年上なのだろう。といっても、見た目的に私と出会った頃のジルとあまり変わらないくらい。


「何故」

「殺された。あいつらに」

 たどたどしく説明する彼の視線は広場に向けられている。


 そこに居るのは、暴投を起こした人々とそれを抑え込む騎士達。


「反ゴルヘルム軍にか」

「俺達の親、もう戦いは嫌だっていったから」

「………っ」 

 ジルの拳が傍の壁に叩きつけられる。


 彼が言った負の連鎖。それは、こういうことなのだろうか。


 それ以上言葉が続かず黙り込んだ私達の間に、聞こえてきた声があった。


「ジル!!ここだったか!」

「メイ様もご無事で!」

 クラウディにセリム。


 慌てた様にこちらに走ってくるのが見えた。


 しかしここは狭い路地裏。

 大の大人二人が入るには手狭だ。というわけで、場所を移動することにした。


 まずはジルと私が表にでて、その後をジルに促された子供達が続く。彼らは全員で八人ほどだった。


「ジル?彼ら、は?」

 探していた王とくっつくように出てきた子供達の姿にはさすがにセリム達も驚いたようだ。


「こいつらも被害者だ。革命軍によって親を殺されたらしい。………城の孤児院へ手配を」


 最後の言葉は、セリム達と来た数人の騎士に向けられた言葉、すぐに彼らはきちんとした返事を返すと共に子供達を引き連れてどこかで言ってしまった。


 怯えた様子の子供達は、けれど、騎士の制服と彼らの紳士的な態度にすぐにその警戒心を解いたようだった。


「奴らも、どうやら我慢の限界らしい」

「奴ら?」 

 セリムの言葉をオウム返しのように聞き返す。


 ぶっちゃけ、何が何だかって感じなのさ。

 説明を求むぞ。


「本当は、メイ様をこんなことに巻き込むつもりはなかったのですが、仕方がありません。こうなってしまったからには、我が国の状況を説明しておく必要がありますね」

 宰相らしく、セリムが私への説明を買って出てくれた。


 というか、ジルは状況把握のためクラウディや騎士達と会話中で、彼以外に空いてる手がなかっただけの話なんだけどね。


 ほとんどの人々はすでにどこかに連行されたようで、広場には今、数人の騎士が後始末をしているだけだ。


 そしてそれを遠巻きに見つめる数名の平民たちのみ。


 それらをぐるりと見渡して、セリムは再び私に顔を向けた。


「メイ様がご存じの通り、十年前、このカデンツィア国では革命が起きました。それは、今まで王族に虐げられた平民たちが起こしたもの。それにより、王族に連なる人々は全員処刑。………生き残っているのは、神殿に入っておられる第二王子ヨハン様、亡命された第五王子ジルベルト様、そして、あなたが守り貫いた第三王女パトリシア様のみ」


 そこまではすでにクルト様やヨハンから聞かされていたので、黙って頷く事で理解した意を示した。

 聞き分けの良い生徒のような私の反応にセリムが仄かに笑みを浮かべた所で、彼は言葉と続ける。


「革命に成功した者達は、しかし王族を処刑するという目的のその後の事を考えていなかったのです。数か月で平民たちは再び不利の立場に追いやられます。王族が居なくなった所で、貴族達が居ますからね。力でいえば、五分五分の関係。国は王族が治めていた時以上に乱れました。………そこで、亡命していたジルベルトが立ち上がり、再び力で人々を捻じ伏せた。亡命していた隣国という大国の後ろ盾を得てね」


 それしか、方法がなかったのですよ。とセリムは疲れ切った表情を浮かべていた。きっと今、彼の脳裏には当時の情景が浮かび上がっているのだろう。


「混乱していた国は、絶対的支配者が必要でした。ですから、貴族達と平民はジルベルトを王にするしかなかった。もちろん、ジルベルトも我々も、力の限り平穏な国のために尽くしましたよ。………けれど、革命まで引き起こした負の連鎖は、そんなもので消えるようなものではなかった」

「負の、連鎖」


 ジルが何度も言っていた言葉だ。


 私の呟きにセリムは、はい、と頷く。


「革命を起こし、王族を処刑したという過剰意識を得たことで貪欲になった多く民達。まだまだ新しい勢力である我々には、抑えきれない横暴な貴族達。すでにこの国の王族や貴族に対する忠誠心を失っている民達は、前回の失敗から学び、今度こそ自分達の国を作るために立ち上がろうとしているのです」

「………それが、革命軍ね」

「そうです。元々小さな暴動は各地で起きており、その度に収めては居たのですが、最近になって、暴動が再び起こり始めたと調査が入り、警備に当たっていたのです。過激派はその勢力を増している。今回は小さなものでしたが、それでも王都で起きたという事は」


 そこで言葉を切ったセリムは額に長い人差し指を当て、まるで凝りを解すように揉みだす。その様子がどこか若年寄のようで、切なくなった。


 だけど、政治の事なんて何も分からない私に出来ることなんて、思いつかない。


「メイコ、一旦城に戻るぞ」

 話が終わったらしいジルが、クラウディを伴って戻ってくる。


 彼らの顔にも疲労の色が見えている。赤茶のおっさんに関しては、たばこを咥えたままの顰め面だ。


 用意された馬車に四人で乗り込み、城に戻る。


 門の傍に着けば、心配そうな顔のクラリスにエメ、パトリシア、そしてブライアンが居た。


「巻き込んで、すまなかった」

 やることが山積みであるだろう王とその側近達が先に馬車を降りる。

 その際、ジルが呟いた言葉に、私は急いで首を振った。


 確かに、今日の出来事は心の平穏を揺さぶるには十分なものだった。だけど、それがなければきっと私は、彼らの本当の苦悩の原因を知ることはなかっただろう。




 数日後、今回の暴動に関わった者達が一人残らず粛清されたと風の噂で知った。






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