吐き出す煙と零れる懺悔
先日に続いて、私に会いたいとやってきてくれた人がいた。
それは。
「クラウディ、どこに行くの?」
言わずもがな、ダンディな男に成長したクラウディその人である。
朝方私の部屋を訪ねてきて、少し視線を彷徨わせた後、戸惑うような口ぶりで散歩に行かないかと私を連れ出してくれた。
だからこうして、私達は渡り廊下を横切って庭園の方へ向かって歩みを進めていた。
けれど部屋を出てから一向に口を開かない彼を疑問に思い、しばらくその沈黙に耐えて居たものの、耐え切れなくなったところで質問と共に顔を上げれば、横目で私を見ていた彼と目があった。
その顔は迷っているような感じだ。
「………メイ様、すまんがたばこを吸ってもいいか」
「え、あ、うん」
律儀に断りを入れて、クラウディは自分の着ている上着の内ポケットから一本たばこを取り出し、マッチのようなもので火をつける。
火のついた細い葉巻のようなものを人差し指と中指で挟んだ彼は、慣れた仕草で口に含んだ後、すぐに口から離し白い雲を吐きだした。
この世界に来て初めて見るたばこの存在に思わず感動してしまう。
しかもそれを吸っているのが少しダンディになったクラウディかと思うと、その感動は二割、いや三割増しである。
じろじろと見ていたのがバレたのか、しばらくゆったりとした様子でたばこを吸っていたクラウディが片目を眇めて笑う。
「なんだ、そんなにじろじろ見て。たばこが珍しいのか?」
「うん、それもなんだけど。クラウディも大きくなったんだと思って」
「まぁーな。30にもなりゃあ色々あるさ」
さらりと明かされるクラウディさんの年齢。
ちょっとびっくり。もっと若いと思ってましたよ。
まぁ、見た目三十路、中身四十路の私が言ったところであんまり説得力はないけど。
それから数回、クラウディの口から吐き出される灰色の薄い霧を見つめていれば、ふいに彼がたばこを足元に放り投げ消すと、いつの間にか出した小さな巾着袋に片付ける。
あら、変なとこエコなことで。
彼の切れ長の瞳が不意に私を見つめる。
出会った頃は赤い印象のあった彼の髪は、今見れば深い赤茶だった。そんな髪を後ろで大雑把にに括っているせいか、巻き込まれなかった顔周りの髪の毛がやけにセクシーで、何故かドキッとしてしまった。
「メイ、俺の懺悔を、聞いてくれねぇか」
大人の彼が見せる、幼子のような縋る視線に、否、とは言えなかった。
✿ ✿ ✿
庭園の奥まった場所にあるベンチに腰を落ち着けたクラウディが、私に尋ねてきた質問。
「………お前さんにとって、始めて会ったの俺は、どんなんだったよ?」
「うーん、なんか、気難しそうで怖いなって。あ、でも、今は違うけどね」
逆に、こんなに人懐っこいのかと驚いているくらいだ。
慌ててフォローを入れた私に苦笑して見せて、クラウディは自分の右の膝の上に右腕の肘、そして左膝の上に左肘を乗せると、両手を握って拳を作った。自然とその体勢は、前に傾いた状態になる。
それこそ、懺悔をするかのような姿勢だ。
急に訪れた重苦しい空気に、隣に座る私の背筋も自然と伸びた気がした。
「俺、本当は平民なんだ。他の奴らとは違って、貴族の親戚なんて居やしねぇ。だから、十五の時実力で騎士団に入ったとしても、限界があった」
そうして、クラウディがぽつりぽつりと語り始めた話があった。
「だけど、貴族の坊ちゃんなんかに負けたくねぇ気持ちがあって、俺はがむしゃらに働いた。そうしたらある事件に巻き込まれたジルを助けた。よくわかんねぇが、ジルに気に入られた俺は、そこからとんとん拍子に出世し、気がつきゃ第五王子の護衛騎士にまで上り詰めてた。………ようやく俺を馬鹿にしてきた奴らを見返せると思った矢先、俺は突然ジルの護衛を外された。新たに護衛につくよう命じられたのは、忘れられた姫君と、その世話役だった」
俯き気味に語っていたクラウディの顔が持ち上がり、私を見つめてきた。
「………あ」
なんとなく、合点がいった。
私の表情でそれを読み取ったのか、クラウディは顔をくしゃりと歪めて、笑っているのか恥ずかしがっているのかよくわからない顔になった。
「若かったんだよ、俺も。………面白くなかった。急に花形部署から、誰も知らないような奴の身を護れって言われたってな、なんて。でも、今ならわかるよ。ジルは、誰よりも信頼していた俺とエメに、お前の身を託したんだとな。平民の母を持つあいつは、王族の中でもあまり良い扱いを受けていなかったし、信頼できる者も限られていたからな」
ここで、なんと言えばよかったのか。
懺悔だと言って語るクラウディを見つめることしか、今の私には出来ずにいる。
彼はそれでいいらしい。
私を見つめていた瞳を真正面に向けて、更に言葉を続ける。
「それに気が付いたのは、最後の方だった。お前が夜魘されてたろ、それを隠してて、倒れて、ジルが動揺して。そうやく、自分の役目を思い出した矢先に起きたあの暴動。ずっとな、忘れられない光景があったよ」
彼が再び、両手きつく握り合わせる。
けれど、次はそこに自分の額を押し当てていた。きついぐらいにしっかりと。
クラウディがポツリと呟く。
「………赤子を抱えたお前の、俺達に向かって伸ばしてくる腕と、拙い叫び声と、泣き顔がな、十年間、脳裏に焼き付いて消えやしねぇ」
「………っ」
思わぬ話の流れに、無意識に息を止めていた。
「その後ジルが遺髪を手に魂を抜かれたみたいな感じでお前の事を告げてきた時、俺達がでどれだけ失望したか、わかんねぇだろうな。………いや、いいんだ、もう過去の事だ。ま、兎に角その後王族が皆殺しにされて、俺達もしばらく亡命してて、それでもこうして生きた。メイ、お前のお蔭だ」
「え?」
「みんなが一緒が、幸せだって、お前は言ったろ。騎士道を思い出させてくれたあんたを裏切りたくなくて、我武者羅に守りたいもん守ってたら、気が付きゃ総隊長なんてのをやってる」
先ほど重苦しい空気が、突然拡散した。
膝から腕を離したクラウディは、にかっと笑って私を見下ろすと、その大きな手で私の頭をポンポンと数回軽く叩いてきた。
「んでもってお前にもまた会えた。ったくよ、人生ってやつはわけわかんねぇよな」
「うん、そうだね」
図らずも知る事の出来た十年越しの想いに胸の中と目の奥が熱くなったけれど、それをどうにかやり過ごして私も満面の笑みを浮かべた。
ここに涙なんて必要ない。
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
少し気になったことがあってクラウディを制止するように声を上げる。
「ジルが、言ったの?私が死んだって」
「あぁ。最初にあいつだけ呼び出されたからな。詳しいことは知らねぇが、お前は殺され姫は攫われたと。それだけ」
「………」
思わず押し黙る。
何故か気になったのいたのだ。
私が誘拐犯になっていた経緯だとか、自分を殺そうとした護衛達の正体とか。
どこかで、誰かが操作していたとしか思えない。
「あと、これなんだけどよ」
難しい顔をする私を横目に、クラウディが自分の胸元を探る。手繰り寄せるように出てきたのはネックレスのチェーンの先に吊るされた親指よりやや大きい位の小さな袋。
彼がそれを、中身が見せるように開けてくれる。
「え、なに、これ」
「お前の遺髪。だと思ってたやつ」
「えぇぇぇぇ!」
中に入っていたのは、何本かの髪の毛。なんでも、これはジル達を含む全員が持っているらしい。
「ちょ、止めてよ。私生きてるし、それは捨てちゃおうよ」
不気味だわ。自分の遺髪なんて。
クラウディはまた眉を下げて笑った。
あ、意外にたれ目なんだなこの人、だなんて感想が浮かび上がってあっという間に消えていった。
私の明らかに引き気味の表情に笑って、彼はいそいそと袋を胸元にしまった。もちろん、髪はきちんと仕舞ってからだ。
私のいう事は聞かないんですね。そうですか。
「これはお守りなんだ」
「あ、そ」
「ふぅ、こうして話せてだいぶ楽になったわ」
「それはよかった」
ちょっと反抗の意を込めて適当に相槌を打てば、まるで幼子を見る父親のような笑顔が返ってきたので居心地悪くなって視線を逸らす。
年下のくせに生意気な。
「よし、んじゃ、行きますか。今のは俺の我が儘でな、今日の本命はまだあんだよ」
「えー、他はなによ」
すでにちょっと疲れちゃったよ、私。
「お前、城の外に行ってみたくはないか?」
おや、その提案は聞き捨てなりませんな。




