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幸せの愛言葉を探して  作者: あかり
小憩編
31/77

この国の状況を知る術

少し説明チックな回になっています。


 私の大事な二人の兄妹の兄だと名乗った目の前の彼に対して、私は不信感を抱かざるを得なかった。



 ならなんで、こんな事になるまで彼らを放置していたんだ、とか。兄として何かできることはあっただろう、とか。


 その気持ちがしっかりばっちり顔に出ていたようで、私の驚き具合に満足そうにしていたヨハンの顔も苦笑いに代わり、最後には肩を竦めて見せた。


 まるで自分の無実を証明するかのようだ。


「私にも色々制約があったんだよ。神殿官長になった僕は、事実上王族から離れているし、神殿に居る以上、深くは関われない。だからこそ、パトリシアを君に任せたんだ」

「そう!それよ!!」


 意外な話の展開の中で、長年疑問だった事柄を思い出して声を上げた。


「なんで私はここに来たの?ていうか、なんでどこの誰ともわからない私に王女様なんて任せられたの?………パトリシアは、この国で、どういう立ち位置なの?」


 王宮に居て、時々感じる私への同情じみた視線。

 最初は、位の高い人達をいることに対する不信感や恐れの気持ちからだと思っていた。でも、違う。


 よくよく観察していれば、所々負の視線がパトリシアに向かっていた。

 それはごくごく一部の人々で、ほとんどが年嵩のある人物。


 けれど、そんな視線をパトリシアに向けられる謂れが、私にはまったくわからずにいる。



 最初にこの城に迎えられた時の盛大さや温かさはきっと見間違いではなかったはずなのに。


 それと同時に覚えた違和感。王女である彼女の世話を、何故突然この世界に降って湧いたような私が出来たのか。

 今更な疑問だったけれど、それはここ数日でムクムクと膨れ上がっていた。



 少し鋭さを込めて問いかけた私の言葉に、先ほどまで含みを持たせた笑顔を浮かべていたヨハンの表情が初めて笑み以外の感情をその顔に乗せる。


 彼は無言で足を進め私の前を横切ると、一つの姿絵の前で止まった。しばらくその人を見上げた後、私を振り返る。

 無言の催促のような気がして、私は小走りでその隣に駆け寄った。


「これが、私達の父。先代の王。先の革命で死んだ人だ」


 太い男らし眉が特徴的な貫禄のある姿。到底、十年前に一瞬だけ垣間見た、怯えた顔で農民たちを見ていた人とは重ならなかった。


「そして、パトリシアを誰よりも恐れた人だよ」

「え?」

 驚きに声を上げ見上げたけれど、険しい顔をした麗しの神殿官長はただひたすらに目の前の父親の絵を見つめている。


 これは、変に質問できる空気ではないな。


 私は日本で培った社会人としてのスキルを発動させる。またの名を、KYじゃありませんアピールである。


 少しの間の後、思った通り彼の方から静かに語られ始める十年前の真相。


「先代には四人の后と八人の子供が居た。私は二人目の側室の子供で、立ち位置としては第二王子になるんだ。けれど、生まれた頃から不思議な力を持っていてね。その力に目を付けた当時の神殿官長から後継者に望まれた。元々王族という存在を嫌っていた私の母は、私を神殿に預け、自らも姿を消したんだ。今は田舎で元気に暮らしているよ」 


 少し重い話の予感に冷や汗が流れたけれど、よかった。お母様はご健在なのね。


「正妃は三人の子供を産んで、三人目の側室は子供が二人。これである程度世継ぎ問題は解決したと思われた。けれど、晩年になって、先代は一人の娘に目を付けた。城で下働きとして働いていた娘だ」

「………それって」

 その後に続く言葉は、なんとなく予想がいった。


 ヨハンの眉が下がり、その笑みは弱弱しい。それは、ただ昔ばなしを語るだけの表情ではなかった。


「そう。ジルベルトとパトリシアの母だ。彼らは先代の晩年の子。第五王子と第三王女。下働きとして働いていた娘にとって、側妃なんていうのは荷が重すぎる。ジルベルトを身ごもって側妃として城に迎え入れた彼女の心労が酷いモノでね。日に日に細くなっていく彼女に、城の心あるものは胸を痛めたものだ」


 きっと、ヨハンはジルベルト達の母に、何か想いを持っていたのだろうと、その声音と表情から感じられた。

 私は、賢明にも無言を貫く。


「だから、パトリシアを身籠った時、無茶だと思った。晩年の先代の愛はその年若い娘に向けられていたから、別段おかしなことではなかったけれど、それは彼女にとって自殺行為と同じこと。でも、彼女は生むことを選んだ。せっかくこの世に生を受けた命なのだから、とね」

「………その人は」

「亡くなったよ。パトリシアを生んですぐに。当たり前だ。それでなくても寝たきりの状態だったのに。父は怒り狂ったんだ。おかしいだろう?………弱った身体で無茶をさせて、当たり前の事だったのに。そしてパトリシアは先代から遠ざけられた。それだけじゃない。パトリシアは別名『呪われた姫』ともいわれていたからね」

「え?呪い?」


 なんて物騒な響き。

 思わず眉を寄せていた。


 私の心の声が聞こえたらしい。ヨハンはようやく表情を崩してくれた。


「パトリシアは、生まれた直後一つの予言を言い渡されたんだ。この国でも、上の者達しか知らない予言。『この姫、国を滅亡へ導き、王族に破滅をもたらすであろう』と。根拠もなにもない言葉さ。だけど、王や王族の流す甘い蜜を啜る重役達はそれを恐れた。自分達が王族が、民たちに恨まれていることもわかっていたからだろうね」

「王族が、恨まれていた?」

 

 王族っていうのは、国の頂点に君臨する者。恨みを買うっていうのは、物騒な響きだ。

 そんな私の質問に対して、ヨハンは眉を下げて軽く憂鬱そうな溜息を小さく吐きだしていた。


「それはすべて先の革命に繋がっていくことさ。まぁ、この事に関しても、知っておく必要があるだろうね。………この国は、歴史が浅い。ジルが六代目の王というところでもその長さがうかがえるだろう?それになにより、この国の王族は愚者として有名だった。欲望に塗れ、浅はかで、物事を知る事もしない。心ある者達はことごとく王族の列から外されたし、自ら離れていった者も数多くいる。私の母や、その父、先代の弟なんかが良い例だろうね」

 

 王族を愚か者呼ばわりする。

 それはつまり、己をも愚者であると公言しているようなものだ。

 それって、どういう気持ちなんだろう。


 あまりの話の展開に、少し呆けた顔をしていたであろう私をにこりと見下ろして、ヨハンは続けた。


「神殿も、今はあってないようなものさ。君の住んでいた場所で、神に祈るモノは居たかい?」

「………そういえば」


 居なかったような。

 

 日本ではそれが当たり前だったから、違和感を感じていなかっただけ。

 確かに、ヨハンが神殿官長なんて者を務めているのなら、教会の一つや二つあってもいいと思う。


「だろう?この国では元々一神教だったんだよ。最初の頃こそ、民は神を信じていたけれど、幾つもの代に渡って続く王族の愚かさと自分達の生活苦に彼らは祈ることを止め、そして立ち上がった。自分達を守れるのは、神や王族なんかじゃない。自分達なのだとね」

 

 それが、先の革命に繋がったのだと、ヨハンは弱弱しく微笑んだ。

 語るには、かなり疲れる内容だと、私自身も感じていた。自分の身内の事だから尚更。


 少し眉を下げて微笑んでいた白いローブの彼は、それから、あっ、とその表情を一瞬ですげ替える。

 

 高度な変わり身の術である。


「そうそう。パトリシアの話だったね。………パトリシアは、亡き側妃によく似ていた。愛した女に生き写しの娘を殺すという判断もできなかった父王は、城の奥深くに、最低限のモノだけを残して放置したのさ」

「だから、誰も居なかったんだ」

「忘れられた姫だった。君がくるまでは」


 ヨハンの笑顔が戻ってきた。


 あ、こっちの方がやっぱり安心するな。どうやら私は、彼の胡散臭い笑顔を可愛らしく思えるくらいには見慣れてしまったらしい。


 なんてこと。

 ますます私のMっ気疑惑に信憑性が増してきてしまうじゃあないか。


 と、話しが逸れてしまった。


 そんな私の内心の状況を正しく理解しているであろう目の前の胡散臭さ満点王子様は、それはそれはキラキラした笑顔を浮かべていらっしゃる。

 けれどもその背後の空気は淀んでいるので、ミスマッチにもほどがあるぞ。 


 あれか、お前俺が話をしてるっていうのに随分余裕があるじゃねぇか、おい、って感じか。


 笑顔を真正面から受け止めつつ、脳裏でヤクザチックに変換してしまったものだから、背中を嫌な汗が流れ落ちていった。


「で、でも、なんで私が?」

 ここは急いで軌道修正をしよう。


 私の絞り出した質問に、ほんの少し目を細めてこちらを見つめていたヨハンが、小さく溜息を零して再び姿絵の方を向いた。


 どうやら、見逃してくれるようだ。


「私はこれでも神殿を預かる身。それに君は神殿からこの世界にやってきたからね、君の身柄は私の監視下にあった。それに、何も知らない君だからこそ、出来ることもあるんじゃないかと思ってね。私の城内での権限がさほど強くはなかったけれど、パトリシアに関しては誰も興味を持っていなかったことが幸いして、好きに出来たってわけさ」

「じゃあなんで、私はこの世界に?」


 一番知りたかった事を聞いてみる。


「さぁ、それは私にもよくわからないよ。神様の気まぐれか、それとも誰かの願いか。………ただ、君がここに来て、僕が君を拾った。それだけが事実だ」


 含み笑いを見せたその青年を、私はただ横目で見上げる。


 私の正面にある今のジルより年若い彼の絵。きっと、15歳にしてその王位を背負う事に決めたその瞬間を切り取ったものだろう。 


 すでにその表情に、私の知る彼の姿は見つからない。


 ヨハンも、きっと、歳の離れた弟と妹を少なからず心配していたのだろう。だから私を導いて、そして今もこうして、神殿ここに居るのだ。


「兄弟想いの、良いお兄さん、じゃない」

「初めてだ、そんな風に言われたのは」

 お兄様は、困ったように苦笑する。照れ隠しかな。



 ふと、頭を横切ったことがあったので、なんとはなしに口に出してみる。



「そういえば、私とパトリシアが十年間も姿を消してたのに、慌てたりしなかったの?さっきまで、私はあなたの監視下にあったとか言ってたのに」

「………まぁ、色々事情があってね」


 そこで初めて、ヨハンが余裕と悲痛、照れ以外の表情を見せてきた。まさに、ギクッとした様子で一瞬私から視線を逸らしたのだ。


「事情、ですか」

「君達が無事なのは分かっていたからね、そんなに心配はしてなかった」

「わかってたなら、ジルに知らせてあげればよかったのに。そうしたら、あの子があそこまで自分を殺すことはなかった」

「………その、なんというか、状況が色々思わしくなかったのと、君達から距離を置くように言われてたっていうのが理由かな」


 ヨハンの瞳が泳ぎ出した。面白いほど狼狽えている彼を見るのは新鮮で、思わず追撃の手を止められなくなってしまっていた。


「誰に?」 

「………それは君が知る必要はない、かな」

「なんで?」

「………」

「私、当事者なのに?」

「………いつか、話すよ」


 肩を落としたヨハンを見て、私は初めて自分の勝利の味を噛み締めたのだった。






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