ちょっと一息ついた日は
二話連続更新しました。
にへらと笑って見下ろせば、なんとも言えない不思議な顔をしたジルを見つけた。
笑いたいけど、今は笑ってはいけない所だからと無理やり真剣な顔をしようとするパトリシアによく似ていた。彼の場合、その逆で、笑おうとして失敗してる顔なんだと思うけど。
無言のままの彼は、きっとまだ自分自身を許してないんだろう。
だから、ダメ押しで、一言。
「ジルは、私に、会いたくはなかった?」
「会いたかったに、決まっているっ!俺が!どれだけあなたをっ!」
その言葉が引き金になったかのように、ジルはまるで銃から飛び出た弾丸のような勢いで私の首に縋りつくように腕を回してきた。
椅子の背とジルの間で押しつぶされそうになりながらも、苦しさを伝えるような野暮な事はせず、黙って首の横にあるジルの白髪を撫でた。
「うん、ごめんね。お姉ちゃんと妹が居なくなって、寂しかったよね」
「………」
急に、私をギュウギュウと締め付ける腕から力が抜けた。けれど、代わりに手のひら越しに感じるジルの身体が一気に硬直したようだ。
あれ、なんか不味いことでも言ったかしら。
「あ、あ、ね」
「ほら、だってさ、あれだけ慕ってくれてた少年の君を残した事に、やっぱり私も心残りはあったし」
ゆっくりとお互いの身体を離し正面で向き合えば、先ほどもまでの感動が嘘のように何故か感情を捨て去ったジルがいた。
なんということ。いつもの無表情に戻ってしまったではないか。
焦った私は言い募る。
「弟みたいだった君の成長を身近で見れなかったのは悔しいけれどね、やっぱりこうしてしっかり成長してくれたことはほんとに嬉しいんだよ!ね!!」
最後はもう自分でも何を言っているのか分からなくなった。
気温がどんどん下がっていくような気がするけど、気のせいだよね。
どう収拾をつけようか悩んでいれば、扉の前がなにやら騒がしい事に気が付いた。
「おーやこんな所にいらっしゃったんですね探しましたよいやーほんとにどこに行ってしまわれたのかと思うほど四方八方を探しましたねよかった二人共一緒だったんですねいやーよかったよかった」
セリムが早口に巻き立てながら部屋に突入してきた。息継ぎが全くなかった。すごい。
後ろにはクラリスとクラウディ、パトリシアも居た。
「え?」
まるで示し合せたかのような勢揃いぶりに少し戸惑っていれば、その間にジルは私から離れ身を翻していた。
「あのー、王?」
「職務に戻るぞ」
声をかけてきたセリムを振り返ることなく、ジルは歩きだす。
どうしよう、このまま行かれたら次会う時気まずい気がする。
脳内では沢山の言葉が生まれるものの、それが口に出るのはまた違う事。視線だけでジルの行動を追っていれば、部屋を出る一歩手前でジルが私を見た。
「………また」
なんか絞り出したようなガラガラな声に聞こえたけど、大丈夫かな。最近寒いし、ちょっと調子悪いのかな。
「うん、またね!!」
単純な私はそれだけで嬉しくなって、笑顔で彼を見送った。
セリムとクラウディは眉を下げて、部屋を去っていくジルと椅子に座り手を振る私を交互に何度か見つめた後、閑念したように溜息だけついて自分の主の後を追う。
その際クラウディは何故かクラリスに視線を合わせ、それに対しクラリスは黙って頷いてみせた。
残ったのは、クラリスとパトリシア。
ようやく仲直りすることができたのが嬉しくて、ニコニコと椅子に座っていれば、何故か呆れたような顔をされた。
クラリスだけならまだしも、娘にまで。
「え、なに?」
首を傾げていれば、クラリスが疲れ切ったように目の前の椅子にどさりと行儀悪く座り込んだ。
「まぁ、前進は致しましたし、許すことにしますわ」
「お母さんは手強いんですよ。もっと頑張ってもらわないと」
パトリシアが私の膝の上に座りながら、クラリスに声をかけていた。
私には後頭部しか見えないのでよくわからないが、声だけ聴いていれば、八百屋で、執拗に商品の値切りを求めてくる客を一刀両断にしているパトリシアの悪い笑顔が脳裏に蘇った。
あの時以上にイキイキしている彼女は中々居なかったな。クルト様、隣で見てて軽く引いてたもんな。
なんて昔の事は思い出される。
その間にも、クラリスとパトリシアの会話は続いていた。
「あら、メイの方は頑張らなくてもよくって?」
「もちろん。こんな鈍感なお母さんを見事射止めるぐらいの度量がある人じゃないと、安心してお母さんを任せられません」
「ふふふ。一番の難関が自分の妹だなんて。メイ、あなた、パトリシアををとんでもない娘に育て上げましたわね」
「あ、りがとう?」
あんまり褒められた気がしないけれど、二人が笑っているから、ま、いっか。
✿ ✿ ✿
「め、メイ、コ」
「あ、ジル!久しぶりだね!ごめんっちょっとパトリシアと行くところがあって!」
「メイコ!」
「あ、ジルー。ごめんねぇ、今クラリスに呼ばれてるんだ」
「今、いいか」
「ちょっと、パトリシアのとこにいかなくちゃ」
「………メイコ」
「お兄様、今はわたしとの時間なの。邪魔しないで」
「ほんと、ジルってタイミングが悪いよー」
項垂れている王の背中をこっそりと見守る四人の人影があった。
「ちっとやりすぎじゃねぇか、あれ」
「ジルが不憫過ぎない?」
男性陣の援護の言葉もなんのその、女性陣はあえて首を振った。
妹に邪魔者扱いされ心なしか肩を落とした王が、トボトボと歩いて行く。
「これぐらいしたところで罰は当たりませんわ」
「ふふふ」
「あいつの最大の敵はお前らじゃねぇか………」
ポツリとクラウディが溜息を零した。
そんな彼らを見つけたのだろう。王が去って行った方向を見つめていたパトリシアが、隠れているはずの四人に向かって笑いながら片目を瞑って見せた。
男達は戦慄する。
気づいてしまったのだ。
本当の敵はクラリスでもエメでもない。
若干十二歳の少女(妹)なのだと。
次回とうとう「あの方」の登場!これから徐々に、隠されてきた謎が暴かれていきます。




