【第13話】
未由はバックルームの隣にある小さな倉庫内で昨年倉入れした冬物商品の在庫チェックをしていた。
「ラムのハイネックが、赤・L・1、黒1・1………」
「未由、ご指名かかってるんだけど」
そう言って、長谷部が呼びに来た。
「えっ、なに?」
「丈詰めの指名だって」
そう聞いて「ああ」
と、未由は思い出した。
「指名なんてあったの?」
長谷部が小さな声で言うと、未由は笑って「あんたも指名されるように頑張りなさい」
未由は小走りにレジまで行くと
「いらっしゃいませ」
「いやぁ、なんか悪いね。忙しいなら別に今でなくても」
あの黒い車の男、谷脇秀隆が言った。
「いえ、大丈夫ですよ。すぐ済みますので、店内でお待ちください」
「あの……… もし出来たら、一折分くらい短くできる?ちょっと長くて、地面を擦っちゃうんだ」
「はい、大丈夫ですよ。縫い目一折分、短くですね」
未由は笑顔でそう言うと、ミシンに腰掛けて、裾の縫い糸を一端ほどき始めた。
あの彼がひき逃げなどするだろうか。
見るからに誠実そうで、今時の大学生にしては礼儀正しい。
未由は彼に対して、営業スマイルではなく、自然に笑みがこぼれる事でそう感じていたのだ。
丈の詰め直しも程無く終了して、谷脇を呼んだ。
谷脇はジーンズの裾をチェックすると
「いいねぇ。マジきれいだよ」
「ありがとうございます」
「お礼に、今度お茶でもどう」
「は?」
未由は少しだけ驚いたが、お客に誘われたのは初めてでは無かった。もちろん今までに誘いに乗ったことは無い。
しかし彼女はとっさに考えた。少しで親しくなれば、車の事を聞けるかも知れない。
去年の「あの日」彼が何処で何をしていたか知ることができる。
「じゃあ、今度お店には内緒で誘ってください」
近くで接客をしていた長谷部は、その会話が耳に入って動揺した。
「ちょっと、店員さん。この下のサイズは何処?」
「あ、は、はい、こちらです」
長谷部は慌てて接客に専念した。
「未由はああいうのがタイプなの?」
夕方、商品整理をしながら長谷部が近づいて来て言った。
「えっ?」
「昼間きた、ほら背の高い」
「ああ、谷脇さん。別にそんな事ないけど」
未由は別に誤魔化すつもりはなかった
「でも、誘いを受けてたじゃん」
長谷部は何時に無く、不機嫌そうな顔で言った。
「バカね、社交辞令よ」
未由はそう言って笑った。
長谷部は時々未由が判らなくなる。
単純に可愛いと思う時があるかと思えば、やけにしっかりしていて率なく何でもこなしてしまう。かと思えば誰とでも仲良く話をしているようで、実は本心を見せない……
どちらにしても、自分の気持ちが半分も届いてい無い事を彼は知っていた。
だから余計に、焦りにも似た嫉妬が起こるのかもしれない。