【第14話】
秋もだいぶ深まると、夜の風は冷たくなって日中の気温との差は大きくなった。
未由は谷脇に誘われて目白通りにあるステーキレストランへ来ていた。
「いいんですか、こんな所に連れて来てもらって」
「いや、大丈夫さ。ここは、見かけほど高くはないから」
未由は谷脇の車に乗って来た。
あの辰彦を跳ね飛ばして殺したかも知れない車に乗ったのだ。
ドアを開けた時、胸が締め付けられて涙が出そうだった。
しかし、これも辰彦の為と思い、腹を括ってその助手席に乗り込んだ。
桜台の駅からこのレストランまでは10分もかからなかったが、その間彼女は息苦しさに絶えていた。
谷脇は、あの爽やかな笑顔で話していたが、彼女は何を話したか全く覚えてはいなかった。
作り笑いで言葉を返すのがやっとだったのだ。
未由は最初に出された水を一気に飲み干してしまった。
谷脇は、チョットだけ唖然とその姿を見ていた。
「ごめんなさい、何だか喉が渇いて………」
未由が谷脇の視線に気がついて慌てて言った。
「最近乾燥してきたからね」
それでも、谷脇は優しい笑みを浮かべていた。
ステーキはとても美味しかった。
運ばれてきた肉は、鉄板皿の上で、まだジュージューと音をたてていた。
デザートのアイスクリームも自家製らしく、まろやかで格別だった。
谷脇は色々と未由に聞いてきた。
いつからあそこの店で働いているとか、桜台のどの辺に住んでいるのか、など。
未由もそれなりに会話を楽しんだ。
自分が定時制高校に言っていると話した時、谷脇の口から思いもかけない事を聞く事ができたのだ。
「へぇ、キミも定時制なんだ」
「キミも?」
「いや、俺は正真証明大学生だぜ」
谷脇は笑って言うと
「俺の友達が、江古田の夜間高校に行ってるんだ」
江古田にある定時制と言えば、未由が通っている高校以外には無い。
「昔は、俺と同じ高校に行ってたんだけど、事情があって退学してね。そのあと、その定時制に通い出したんだ。今乗っている車は、そいつに譲ってもらったんだよ」
「あの車、人に譲ってもらったんですか?」
「えっ、あ、ああ」
未由が急に車の話に喰い付いて来たので、谷脇は少し驚いた。
「あの車、最初は白くありませんでした?」
「あれ?そうだよ。どうしてそれを……」
未由の顔色が変った。
「あの車の最初の持ち主を教えてください。定時制の何て人ですか?」
「どうしたんだい?急に………」
谷脇はビックリして、飲みかけたコーヒーのカップをテーブルに置いた。
「ごめんなさい、ちょっと理由があって………」
未由は落ち着きを取り戻そうと、自分のコーヒーを一口飲んだ。
「高瀬敦って言うんだ。キミもあそこの学校なのかい?」
未由は、その名前を聞いたとたんに愕然として、彼の言った後半の問いは聞いていなかった。
足が音を立てて震えた。押さえようと力を入れれば入れるほど震えは止まらなかった。
「どうした…… 大丈夫かい?」
「え、ええ。ごめんなさい。チョットお手洗いに………」
彼女は震える足を無理やりに動かしてなんとか立ち上がると、バックからポーチを取り出して、できるだけ普通の速度で歩いてトイレに入った。
なんで…… どうして敦があの車を。
まさか…… そんな事があるはずがない。そうだ、何かの偶然だ。
あの車が以前白かったのも、リヤガラスのステッカーの跡もみんな偶然に違いない。
彼女は洗面台の水で顔を洗いたい気分だった。
目の前の鏡に映る自分の顔さえも歪んで見えた。
ハンカチを濡らして頬にあてて、落ち着きを取り戻した。
静かに深呼吸をすると、次第に足の震えが止まった。
そうだ、あの車に事故の跡が無い限り、断定はできない。
未由は冷静に思考を巡らせながら、唇にグロスを塗りなおした。
「大丈夫かい?」
席へ戻ると、谷脇は少し心配そうに微笑んだ。
「ええ、大丈夫。あたし、三日目がひどくて」
未由の言葉に谷脇は頬を少し赤らめて「ひどかったら帰ろうか?」
「大丈夫、ひどいっていても大した事無い。毎月の事だもの」
未由は普通に笑って見せた。
「ねぇ、あの車、どうして譲ってもらえたんですか?」
「えっ?ああ、あれかい?」
谷脇はおかわりしたばかりの熱いコーヒーにミルクを注ぎながら
「飽きたって言ってたかな、アイツ。まだ買って1年くらいしか乗ってなかったんだよ」
「谷脇さんが譲ってもらったのって何時?」
「ああ、ちょうど昨日で一年経つかな」
谷脇は相変わらず笑いを浮かべて「車がどうかしたの?」
「うん。ちょっとね」
未由はわざと悪戯っぽい笑顔を返した。
「あの車、事故とかに遭ってないですよね」
「さぁ、フロントは当て逃げされて直したって聞いたけど」
「何処で色を塗り替えたんですか?……… あ、友達も車の色替えたがっていて」
「あれは、俺の知り合いの塗装工に頼んだんだ。安くしてくれるし。頼んでやろうか」
「あ、ありがとうございます。その時は是非」
未由は再びコーヒーを口にして「その塗装工って、何処に?」




