6「”きれい”な世界」
その三日間は地獄のような時間だった。自分から望んでやったことなのにおかしな話だ。
まず、親への申し訳なさで死にそうになる。毎日、扉越しに話に来てくれる。扉は無理に開けようとしてこないし、話す内容も俺に最大限の配慮をしてくれているのが分かる。「無理して学校に行かなくていいのよ。」とか「お母さんは怒ったりしてないわよ。」とかだ。ご飯も毎日三食、手紙付きでドアの前まで届けてくれる。その手紙は結局、一通も読むことが出来なかった。
次につらかったのが、このまま永遠には休めない自分の厳しさだ。ここでこのまま学校に行かずに家で過ごしていくなんて選択肢は俺には取れない。なんて小心者なんだ、と自分がより嫌いになる。現に、四日目の今日学校に行くことにした。
学校を休んでいた時、ほかの人との連絡は一切取っていない。いつもはあまり鳴らない通知音が、いつもより少しだけ多く鳴っていたが、しかしその内容は見ていない。巡流か桜子だと思うが、見る気にもなれなかった。学校で謝ろう。
四日目の朝、久しぶりに部屋を出た。さすがに風呂は入っていたが、母さんとは会わないようにしていた。制服に着替えて、リビングに向かった。テーブルにはいつもより少しだけ豪華な朝食が並んでいた。
「おはよう。母さん。」
「おはよう。宗太。」
そのまま、母さんと並んで朝食を食べた。
母はこの三日間のことを何も聞いてこなかった。話すのは今日のニュースの話とか、職場の話とか、いつも通りの話だ。俺にとってはその気遣いはとてもありがたい。このまま話さないでいいのは、とても楽だ。
だが、逃げてはいけない。ここで逃げては本当にどうしようもない人間になってしまう。
「母さん。」
俺は椅子から立ち上がった。母さんは箸を動かし続けている。
「ごめんなさい。」
深く腰を折って、頭を下げた。
「いいのよ。」
「え?」
怒られることを覚悟していた。殴られても何も言えないと思っていた。しかし、母から帰ってきたのは、その言葉と目じりを下げた表情で、思わず聞き返してしまった。
「思春期は悩むのがお仕事よ。大人になったら、そんな暇も与えられない。だから、今の内にたくさん悩んでいいの。そうして大人になっていくの。お母さんはそれを責めたりはしません。だから謝らなくていいの。」
「……ごめん。」
「さあ、早く食べないと冷めちゃうわよ。お母さんは洗い物しとくからね。」
母さんは食べ終わり、食器を片付けて行ってしまった。
俺はあんな大人になれるのだろうか。今は、自分の幼さと母の優しさで苦しかった。ただ、少しだけ、息がしやすくなった。
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「いってらっしゃい。」
「行ってきます。」
今日は母さんが玄関まで見送りに来てくれた。いつもはドアを開けながら答えるが、今日は目を見て答えた。
教室に着くと、いつもの三人が走りながら寄ってきた。
「宗太!大丈夫だったか?」
「サボるだなんてあんたらしくないわね。」
「あちきたちのこと嫌いになっちゃった⁉」
三人それぞれの心配の言葉をかけてくる。
「ただの風邪だ。サボってもねぇし、お前らに嫌気がさしたわけでもねぇ。」
そう言うと、三人は俺を置いて少し遠くに行き、こそこそ話し出した。
「やっぱり変だよ!宗ちゃんがあんなに素直なわけない!なんか元気ないし!」
「ただの風邪は嘘ね。」
「そうだな。でも問い詰めるのはやめよう。嘘をつくってことは言いたくないことなんだろう。」
「あんな宗ちゃんいやだよ!やっぱり私たちで元気づけないと!」
「”あれ”しかないな。」
「ええ。”あれ”ね。」
「”あれ”いっちゃいますか~」
話し終えたのか三人は神妙な顔をして、戻ってきた。何をする気だろう。また馬鹿なことでもし始めるんだろうな。
「今日は暇かね。宗ちゃんや。」
「なんだよ急に。暇だけど。」
いつも変な口調だが、いつも以上に変な口調で桜子が聞いてきた。どこかに行くのだろうか。
「放課後、四人で行きたいところがあるんだ。」
「最近忙しくてなかなか四人で集まれなかったしね。」
確かに最近里琴と巡流の部活が忙しくて、放課後遊びに行くことはあまりなかった。
「でも、お前ら今日も部活じゃねえのか?」
「ふ、2人は今日休みをもらったんだよね。ね?」
なぜだか桜子は焦っている様子だ。その理由はわからないが、ほかの二人も同じ様子だ。2人そろって高速でうなずいている。おそらく俺に何か隠しているんだろう。まあ断る理由もない。どうせ暇だしな。友達は大切にしろと最近母さんに言われたばかりだ。
「まあいいよ。それでどこに行くんだ?」
「それは行ってからのお楽しみだよ。」
ほくそ笑んでそう答える桜子に、少し心配になる。どこに連れていかれるのだろう。
「ほら、そろそろチャイム鳴るぞ。」
「ほんとね。戻りましょうか。」
「ばいばい宗ちゃん。元気でね。」
「なんだそれ。」
そうして三人は各々の席に戻っていった。なんだかんだ、あいつらといると楽しい。落ち込んでいた気分が少しだけ軽くなった。三日間、部屋にこもっていたことで自律神経が乱れに乱れていたが、外に出て日光を浴び、人と話すことで回復してきた。
巡流はいつも通り優しいし、里琴もなんだかんだ心配してくれるのが分かる。桜子のテンションも今はありがたい。俺は友達に恵まれているなとつくづく実感する。
そしていつも通り時間が過ぎ、六限目の終わりのチャイムが鳴った。その瞬間、三人が走ってきた。
「お前ら帰る準備すんの早すぎだろ。」
周りのみんなはまだ教科書を片付けている中、こいつらはもうカバンを背負っている。どんだけ早く帰りたいんだよ。
「はやくはやく!」
「ちょっと待て!まだ準備してねぇ。」
桜子が腕を引いてくる。が、まだ右手にはペンを持っているしカバンも背負っていない。
「それで、結局どこに行くんだ?そろそろ教えてくれてもいいだろ。」
「まだダメ!そこに着いてからのお楽しみだよ。」
教科書をカバンに詰めながら聞くが、まだ教えてくれないらしい。
俺の帰る準備が終わって、四人で学校を出た。
「今日は夕焼けがきれいだな。」
「そうね。」
「ねぇ~。」
「……」
夏なのに紅葉を感じさせるほどの真っ赤な陽の光。そしてそれを囲む淡く優しい青色の空と幻想的な雲がとぼとぼと歩く少年少女を見つめている。宗太以外の三人はその空を見つめ返し、口を開けて唖然としている。三人が空に眼を釘づけにされている中、ただ一人、目を力いっぱいぎゅっと閉じていた。




