蜂蜜食べたい
最終回です。
ミノンの心の動きと、ガルドバスのうっかりをお楽しみください。
ミノンは目の前のジャガイモを手に取ったまま、ぼーっとしていた。
ガルドバスにジャガイモとソーセージのガレットを作って持っていったのは、三日前のことだ。しばらく会えなくなるから、ガルドバスの家でゆっくりしよう、となって手作りしたのだ。
あの時ガルドバスは、ジャガイモ五個分のガレットをあっという間に平らげ、挙句に「足りない」と言っていた。今度作る時は同じものを二つ持っていかなきゃ、と心に決めたミノンである。
その大食いのガルドバスは、今は街にいない。依頼を受けて魔物の討伐に向かっている。
赤竜の親子が迷宮に住み着き、時折村に訪れ人を攫う。被害が出た迷宮の近隣の村からの依頼で、赤竜の討伐に向かっているのだ。
子育て中の竜は気性が荒くなる。ただでさえ獰猛な赤竜を、親竜子竜も含めて数体討伐する。しかも迷宮を踏破しながら赤竜を相手にするという、ギルドでも依頼を受けるか議論になった、超Sランクの依頼である。
小さな村からの依頼で報酬もさほど高くなく、この依頼を受ける冒険者などいないだろうと思われた。それが予想に反して、依頼が貼られたその日にガルドバスが受けてしまった。
『狂剣のガル』とはいえさすがに一人での討伐は無茶ではないか、との声もあったのだが。ガルドバスはいつもの冷淡な表情を浮かべて淡々と手続きをしてしまった。その事務処理をしたミノンの方がよっぽとテンパっていて、ガルドバスに落ち着けと頭をポンポンされた。
ギルド職員としては、冒険者の意志を尊重しなくてはいけない。冒険者がどの依頼を受けるかは自由であり、自己責任だ。やめませんかと提案はできても、拒否することはできないのだ。
ガルドバスが旅立って三日。ミノンは落ち着かない心を持て余しながら過ごしていた。
ガルドバスはソロの冒険者だ。ソロということは同行者がいないということだ。もし万が一、怪我をしてしまった場合、誰も連れて帰ってくれる人はいない。それどころか、討伐に失敗して命を落としてしまったとしても、誰も伝えてくれる人はいない。ソロ冒険者というのは、そんなリスクが高いものだ。
つまり、なんの音沙汰もなく、金輪際ガルドバスという冒険者がギルドに現れなくなる、ということも有り得るわけで。
ミノンはぷるぷると首を振った。ガルドバスに限って、そんなことはないんだけど。絶対、と言えないのが冒険者の仕事である。あいつらなら楽勝だと思われていたパーティが、帰って来なかったこともある。
準備は万端にするから大丈夫だ、と珍しく言い訳するようにミノンを覗き込んだガルドバス。二人きりの時だけ見せる険の取れた眼差しを思い出して、ミノンは胸が苦しくなった。
あの眼差しが二度と見られなかったらと思うと背筋が凍る。付き合って一年も経たないのに、ミノンの中でガルドバスの存在がこんなにも大きくなっていた。
「お嬢ちゃん、それ買うの、買わないの?」
「あああああ、か、買います」
店のおばちゃんに何個かいと聞かれて十個と言いかけ、ミノンは言い淀む。大食いの彼氏は今そばにいない。ミノンが作った不恰好な料理を「うまい」と言って食べてくれる人は、今そばにいないのだ。
買い物を終えてトボトボ歩いていると、ミノンはふと騒ぎに気づいた。
冒険者御用達のアイテムショップである。そこで店員のおじさんにしこたま怒られている男の子がいた。ミノンの所属ギルド『愚者の頂』に最近入ったばかりの、Fランク冒険者のようだ。
「……エイザ君?」
「あ、ギルドの人!」
「なんだ、ミノンちゃんとこの子かい」
おじさんはミノンの顔を見て相好を崩した。このおじさんの店は製造と販売をやっている。ギルドからこの店に素材を卸したりしているので、ミノンはおじさんと顔見知りであった。騒ぎの内容を聞くと、エイザが販売前のアイテムを混ぜてしまったらしい。
「作成途中の煙幕玉と閃光玉が混ざっちまったんだ。まだ色分けしてないから、よく見ないとどっちがどっちだか分かんないんだよ」
「仕分けしなきゃですねー。大変だー。お店の裏借りていいですかー?」
「ミノンちゃん、やってくれんのかい」
「買い物も済みましたしー、あとは家に帰るだけなんでー」
「助かるねえ。ほら、おまえさんも礼を言いな!」
「すいませんっ、ほんと、ありがとうございますっ」
ミノンとエイザは店の裏手にあるテーブルを借りて、煙幕玉と閃光玉の仕分けを始めた。アイテム作りの職人が煙幕玉には丸、閃光玉には三角を書き殴っている。販売されているものは煙幕は黒、閃光は黄色に塗り分けられる。戦闘中に使用する際、どちらかすぐに分かるようにするためだ。今回はその塗り分けをする前の商品を混ぜてしまったようだった。
「結構な量やっちゃったねー」
「ほんと、すいません……」
「すいません、はもういいよー。
今日はここに仕事で来たの?」
「はい、力仕事のFランクの依頼で」
「冒険者の初めの仕事ってこういうの多いよねー」
「自分、まだ冒険者なりたてで。簡単な採取依頼か力仕事ばっかで」
「そっかー」
ミノンは仕分けをしながら、ガルドバスの初心者の頃をぽやぽやと想像してみた。
……できなかった。
あのバキバキに鍛えられた外見で、薬草十束採取の依頼受けるとか、有り得ない。薬草を牧草ロールにして十個くらい積み上げている姿なら想像できる。
何をしても桁違いなんだよなあ、と自分の彼氏を思った。ガルドバスの素材鑑定は、カウンターで行わずに裏の大きな倉庫で行われることが多い。空間魔法の限界に挑戦するような量が持ち込まれるからだ。
「えーと。受付の、ミノンさん、ですよね」
「そうですー。ミノンですー」
「あの、すいません! 『狂剣のガル』の彼女さんだって聞いてて、勝手に怖い人だと思ってて!」
「そうなの?」
「いつも高ランクの人の受付しているイメージあるし。Sランクの人とかと話したりしてるし」
「私、怖くないよー」
ミノンは務めてにこーっと笑ってみた
そういえば、ギルドで受付してても、初心者冒険者がミノンの前に並ぶ頻度は少ない気がした。『狂剣のガル』の名前で敬遠されているようだ。
ガルさんの名前は影響が大きいなーと、ミノンはぽやぽや思った。ガルドバスと付き合っている、という噂だけで、ミノンも怖いと思われるのだ。
普通にしてればガルさんは怖くないのに、とミノンは思う。しかしミノンだって、そう思えるようになったのはごく最近だ。
近頃のガルドバス本人は、『デレる』という彼氏スキルを身につけて、ミノンにしか見せない顔をするようになった。それはもう、ギルドで見せている怖さとは無縁の世界だ。冷徹だの冷酷だの、世界最恐と呼ばれている張本人とは思えない表情となる。
あれを皆さんにお見せしたら、親しみやすくなるかなー。でも本人嫌がるだろうなー。試しにお願いしてみよっかなー。私が絞められるかー。無理かー。
ぽやぽやしているミノンを、エイザはまじまじと見つめてきた。
「なんだか、ミノンさんて普通に話しやすい人ですね」
「私は普通だよー。それに、敬語はいらないよー」
「あ、はい。じゃなくて、うん」
「エイザ君みたいな人は、ギルドとしては助かるよー。依頼がなかなか受注されないと、次の依頼は別のギルドにする依頼人さんもいるからー」
「そういうもんなんだ」
「それにね、せっかく冒険者になったんだから、みんな討伐依頼とかやりたがるでしょ。それで、実力以上の依頼受けて、未達成な上に怪我してすぐ辞めちゃうとか。初心者さんあるあるだからー」
「うわあ、耳が痛い」
「あ、ここにも討伐依頼を未達成したことある人がいたー」
「だって、せっかく冒険者になったんだからさ」
「あはははは」
からからとミノンは笑った。
エイザはあっけらかんとしたミノンの笑顔を見て、少し顔を赤らめた。チラチラとミノンに目をやってはモゾモゾしている。ミノンは煙幕玉と閃光玉の仕分けをしていて気が付いていなかったが。
「終わったー! おつかれさまー」
「あ、うん。ミノンさんありがとう、助かったよ。
俺、まだ仕事あるから」
「そっかー。頑張ってねー」
「あの、ミノンさん」
「なあに」
「こ、今度、ギルドで依頼の受付、してもらってもいい?」
「もちろーん。別に私、高ランク専用窓口じゃないからねー」
ミノンはじゃあね、と手を振ってエイザと別れた。同世代と話をするのが久しぶりで、なんだかとても楽しかった。
ミノンさん、すごくいい子。
エイザは顔を赤らめながら思っていた。
ミノンは、ものすごく普通で話しやすくて可愛くて、いい子である。ぽやぽやした笑顔が可愛いし、冗談が通じるし、カラッとしてて感じがいい。友達になりたいな、と内心で思って、エイザは慌てた。
あの人、『狂剣のガル』の彼女だってば。
ギルドで、刃物のような気配を放つ長身のガルドバスを見たことがある。あんな怖い人の彼女に横恋慕なんて、恐ろしいことできない。それは即ち、死の国へ向けて一直線にダイブとなる。
あぶねえ、とエイザは頭を切り替えた。
ミノンさんは、ただのギルドの人。ただの受付の人。
ただの受付の人だから、受付に行ってもいいかを聞いてみた。そしたら簡単にオーケーだった。俺みたいな低ランクでもミノンさんの所に並べる。
ミノンさんと受付の約束しちゃった、とエイザは胸をときめかせた。
ミノンは、Eランクの魔獣討伐依頼の受付手続きを終えて、エイザに冒険者カードを渡した。あれから何度かFランクの仕事をこなしたエイザは、Eランクの依頼に挑戦しようとしているのだ。討伐とはいえそれほど難しくない依頼内容で、ミノンは安心した。自分の力量を見極めての依頼選択をしているエイザは、しっかりしてるなと感じた。
エイザはちょっと誇らしげにミノンに言った。
「体力もついてきたし、金を貯めて装備もアイテムも揃ってきたから、そろそろ討伐依頼をしようかと思って」
「いいと思うよー。この依頼は角ウサギの角の採取依頼みたいなものだから、エイザ君にはちょうどいいんじゃないかな。角ウサギの角はいろんな薬に使われるから、いくらあってもありがたいし」
「いつまでも力仕事の依頼ばっかりじゃ、冒険者らしくないだろ」
「せっかく冒険者になったんだから、討伐依頼、なんでしょ?」
「初心者あるあるで悪かったね」
「あはははは」
屈託なく笑うミノンを、エイザは眩しそうに見つめた。蜂蜜色の瞳と髪をしたミノンは、いつも明るい。ぽやぽやした様子は優し気で見ていて温かくなる。意識し始めると、ずっと見ていたくなる。
何度かミノンに受付手続きをしてもらっているエイザである。ギルド『愚者の頂』の受付嬢で一番年が近いのがミノンというのもある。話しやすい上に可愛い。ちゃんと自分を見てくれている気がする。だから並んででも、受け付けはミノンがいい。
あの『狂剣のガル』の恋人ではあるが、ガルドバスの持つ緊張感のある雰囲気とは無縁な人だ。気さくで裏がなくて楽しい。どんどん魅かれていくのを止められない。
今現在ガルドバスが高難易度の依頼を受けてずっと不在、という日常が、エイザの気を緩めた原因にもなっていたのだろう。
エイザは手を伸ばしてミノンの手を軽く握った。ミノンの手は思った通り、小さくて柔らかかった。
驚くミノンに、エイザは顔を寄せて小声でささやいた。
「俺、ミノンさんのこと、好きだよ」
「……!」
「だからどうこうなりたい、ってことじゃなくて。君が誰の恋人か知ってるし。
俺の気持ちを伝えたかっただけ」
「エイザ君……」
「君のこと、ずっと見てる。好きだから」
「ちょっ……」
「じゃ、行ってくる」
ニカっと笑って、エイザは受付に背を向けた。
ミノンはその背中を呆然と見送っていた。
「ミノン、ここはいいから先に休憩行ってきて」と怒気を含んだ声でトーマスに言われ、ミノンはとぼとぼと事務所の裏にある休憩室に下がった。
エイザの衝撃の告白から、ミノンはミスを連発した。達成依頼を不達成で登録してみたり、報酬の金額を一桁少なく渡してみたり、蹴躓いて書類の山にダイブしてみたり。
仕事にならないどころか仕事を増やすミノンを、現場から遠ざけた形である。
それもこれも、エイザの告白が悪い。
と、ミノンはちょこんと椅子に座ってうなだれた。
なぜあのタイミングで唐突に告白なの。あんなに急に好きだとか言う? 人生で告白されるの二回目だけど、こんな唐突な……。
ゴチン、とミノンはテーブルに額を打ち付けた。
ミノンは自分の彼氏の告白を思い出していた。
ガルドバスの告白は、今日よりもっと唐突だった。
すんごい怖かったし。
なんで自分はこんなに動揺しているんだろう。ミノンはテーブルに額を打ち付けた姿勢のままで悩んだ。
エイザの告白は、とても王道だったな、と思う。もしガルドバスと付き合ってなければ、普通にドキドキしたと思う。どうしようか悩んだと思う。もしかして付き合っちゃってたかもしれない。普通の恋人同士になってたかもしれない。
ガルドバスの恋人というのは、実はかなり緊張感がある。
ミノンを知らない人はガルドバスの恋人というだけで、ミノンも怖いと思い込む。ガルドバスに注目している人ほど、ミノンがどれほどの人物か観察してくる。他ギルドからうちのギルドの受付に来ないかと勧誘されたこともある。ミノンがギルドを移れば、ガルドバスもついてくると思われたのだ。
何をやっても注目される。ガルドバスと出かければ必ず人の視線が追いかけてくる。誰かが自分を見ている。ミノンが何者かを探ってくる。ミノンは、能力以上のことを周りが求めているのではないかと、錯覚しそうになる。
だからミノンは、今まで以上にぽやぽやするよう心掛けてきた。他意はないです。ミノンは、ミノンです、と。
エイザと付き合えば、楽なんだろうな、と想像する。
付きまとう視線から解放される。ミノンがただのミノンであることに周囲は疑問を持たない。自分以上の自分であることを求められることはない。
とても自然で楽ちんで、力まずに生きられる人生。
そんな生き方いいな、と猛烈に魅かれるミノンがいた。無理しなくていい、あるがままでいい、そんな生き方。
エイザくんとなら、そんな普通の恋ができるんだ。今とは全然違う、恋愛ができるんだ。
自然体の自分らしい、普通の恋。憧れる……
《ガルドバスさん!》《ガル!》という声とざわめきが表から聞こえてきて、ミノンはハッと顔を上げた。うっかり眠ってしまっていたようだ。
急いで受付に向かうと、その場にいた冒険者たちが、一人の大柄な剣士を囲んでいた。
ガルドバスだった。
黒い装備はあちこち壊れ、傷つき、血に塗れていた。装備の洗浄機能すら効果が飛んでしまったのだろう。
ガルドバスは眉間に深く皺を寄せたまま、確かな足取りで受付カウンターに向かい、辺りを睥睨した。明らかに誰かを探していた。トーマスが、ミノンを見つけて急いで受付に座らせた。
ミノンの目の前に、見たこともないほどボロボロになったガルドバスが立っていた。どれだけの激戦だったのだろう。数多くの依頼をこなしてきたガルドバスだったが、これほどダメージを受けて帰ってきたことはない。
ガルドバスは空間魔法付きのカバンから、紫色の巨大な鱗を取り出した。一つは五十センチ四方ほど、あと二つは一回り小さなものだった。
ミノンの目の前に、三枚の鱗が並べられた。
「……赤竜の親竜一体、子竜二体の逆鱗だ」
「すぐに鑑定に回します。鑑定の結果を持ちまして、依頼達成といたします。
……お疲れさまでした」
わあっ、と周りの冒険者たちが沸いた。ギルド職員も総立ちでガルドバスに拍手を送った。鑑定の結果など待たなくても分かる。ガルドバスは赤竜の討伐に成功したのだ。
バシバシとガルドバスを叩いて喜んでいる高ランクの冒険者をいなして、ガルドバスはミノンに目を向けた。相変わらずガラの悪い危険な目が、ミノンの額を見つめていた。
「おい、額どうした」
「え?」
「赤くなってる」
「あ、えーと、さっきまでうたた寝してて。
やだなあ、目立ちます?」
「呑気なもんだな」
「誰かさんのせいで、最近寝不足なんですよお」
「悪かったな。
……ただいま、ミノン」
「おかえりなさい、ガルさん」
ふっと笑ったガルドバスは、カウンターにもたれた。
ごつい手を伸ばしてミノンの小さな手を握ると、ガルドバスは……そのまま寝た。穏やかな顔のまま、立ちながら眠りに落ちていた。明らかに、唐突に気が抜けてしまった様子だった。気が抜けた原因は一つしかない。
ミノンだ。
「おいミノン、どうした?」
「トーマスさん!
……あの、ガルさん、寝ちゃって」
「え? うえー、マジか! ……マジだー! 立ったまま寝てるわ。
おーい、応接室誰か開けて。ガルドバスさん、運ぶぞー」
ミノンはガルドバスの安らかな寝顔を眺めた。そして、確信した。無防備で安堵に満ちたガルドバスが、どういう思いなのか唐突に分かった。自分がどういう立ち位置なのか理解した。
急に視界が開けたみたいだった。
ガルさんは、『私の隣』を自分の居場所と決めたんだ。
私のそばでなら、気を抜けるし素になれる。『狂剣のガル』の名前を下ろせる。ただのガルドバス・レイになれる。
私のそばで、だけなんだ。他の誰でもない、私なんだ。私の隣を、自然体でいられる、安息の場所として決めたんだ。だから、どんなにボロボロになっても、私の元に帰ってくる。
そして、私もこの人じゃなきゃダメみたいだ。ガルさんだからいろんなプレッシャーに耐えられた。ガルさんだから我慢できた。世間の目がどんなにまとわりついてきても、ずっとガルさんの隣に居たいから。私はガルさんが求める、普通の存在でありたい。
だって、私はガルさんのこと、こんなに好きなんだもん。
赤竜を倒した英雄は、その場にいた冒険者たちによって応接室のソファに運び込まれた。眠りながらも、ミノンの手をなかなか離そうとしないガルドバスに、みんな骨が折れた。「ミノンの手が潰れる!」という誰かの声で手を離した時には、周囲から軽い失笑が漏れていた。
冒険者及びギルド職員に揶揄われ、ミノンが絶え間なく真っ赤になっていたのは、言うまでもない。
エイザが五つの角ウサギの角を並べると、ミノンはにっこり笑って受領書を作成し、冒険者カードと共にエイザに差し出した。
「依頼達成です。お疲れさまでしたー」
「ありがとう、ミノンさん」
「報酬はお渡ししますか? 銀行に預けますか?」
「あ、ください。
……なんか、ギルドがざわざわしてるね」
「さっき、ガルドバスさんが赤竜討伐成功して帰ってきてね」
「うわ、すげえ!」
「討伐の証拠の逆鱗もすごく状態がよくて、ギルド長がうはうはしてるよ。
赤竜討伐成功したギルドとして『愚者の頂』の名前は売れるし。依頼の件数は増えるだろうし。ガルさんのカバンには、しこたまお宝が詰まってるだろうし」
「ガルドバスさんだから、当然空間魔法付きのカバンだよな。中身は本人しか取り出せないんだっけ」
「そうなの。今本人は応接室で爆睡中。いつもは全部きっちり終わらせてから帰るのに、さすがに気が抜けたみたい」
ミノンはコインを数えてエイザの前に並べた。
それから、珍しくキリっとした顔でエイザに目を据えた。
エイザは何事かと、ビビって半身を引いた。
「……さっきのエイザ君の告白は、聞かなかったことにします」
「なんで?!」
「エイザ君は自分の気持ちを私に押し付けてすっきりしたんでしょうけど。言われたこっちはそれなりに動揺するの。しかもガルさんいないとき狙ってさ」
「そんなつもりは……」
「ないとは言い切れないでしょう。ガルさんて当たり前に怖いもん。
で、癪だから、あなたの気持ち、受け取ってなんかあげない」
「えー、ミノンさん」
ミノンはにーっこりと笑みを浮かべた。
今までと同じように。
「だから、エイザ君には今まで通りに接します。
一つだけ感謝するのは、私の気持ちが誰に向いているのかしっかり確かめられたこと。どうやら自分で思ってたよりも、私ちゃんとガルさんの恋人だったみたい」
「ええー……それって。俺、当て馬じゃん」
「そうなるねー」
エイザが情けない顔をして呻くのを、ミノンはからからと笑った。
がちゃりとドアの空く音がして、ミノンの背後の応接室が開く音がした。ペタペタと裸足の足音がして、振り向く前にミノンは抱きすくめられた。分厚い筋肉の身体が背後から密着してくる。
ガルドバスである。
しかもガルドバスは上半身裸で、裸足だった。寝ている間に脱ぎ捨てたらしい。
ポーションで治りかけの、新たな傷が痛々しく見える。至る所に古傷を刻んだ身体は、冒険者人生の過酷さを示す男の身体だった。あらゆる怪我を経験して出来上がった身体だ。
そしてガルドバス本人は、新しい傷のせいか熱を持っているようだ。ミノンに触れた身体が熱い。
下は履いててくれて良かったなあ、とミノンはこっそり思っていた。
ガルドバスは目を閉じたまま、ミノンの蜂蜜色の髪に自分の頬を擦り付けた。
「……ミノン……」
「ガルさん、寝ぼけてますねー。ここ、家じゃないですよ」
「どうでもいい。蜂蜜食べたい」
「こらあ。もう一回寝てきなさい」
「一緒に寝る」
「バカなこと言ってないで、応接室戻りますよー」
「ミノンがいい」
「はいはい。
……じゃ、エイザ君。そういうことで」
ミノンは応接室に向けてガルドバスの背中を押しながらエイザに言った。
ガルドバスが一瞬だけギラリとエイザに目を向けて「誰? 殺す?」と呟いたのを、「殺しませーん、誰もいませーん」とミノンはすっとぼけながら、さらに分厚い背中を押していた。そのまま二人は応接室に消えた。
エイザは二人の姿を見送りながら、血の気を失っていた。
ガルドバスの視線を受けて、エイザは電撃に打たれたような衝撃を覚えた。そして、戦慄が走った身体を丸めて、そそくさとその場を後にした。
ぽやぽやしたミノンは、絶対に好きになってはいけない人だった。
だって、これは命に係わる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ガルのモデルの一部は、大谷翔〇選手です。とんでもなくすごい選手なのに、日本人として真っ当だなーと思ってて。
そこから始まったはずなのに、取っ付きにくい怖めの男がデレていく話になってしまいました。おっかしいな、随分変わったぞ?
評価★★★★★、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、とても嬉しいです。あての無い次回作へのガソリンとなります。
最後までお付き合いいただき、感謝いたします! ありがとうございました!




