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間話08・王子様と私

間話その8です!これにて完結!評判最悪の王太子が奮闘します!

          ◆



 王太子は、従兄の結婚式に出席したものの、披露宴の前に帰った。その後、自室に籠り、調度品から窓ガラスまで破壊し尽くした。あまりの暴れ様に、側近が父親である王を呼んだ。


「入るぞ。ルイ」


 父王がガラスや陶器の破片を踏んで入ってきた。慌てて侍従が床を片付ける。だが王は手を振って下がれと合図した。嵐が去ったような部屋に、親子が残った。


「…なぜ教えてくれなかったのです」


 王子は血だらけの手を握りしめ、父親を睨んだ。


「何を?聖女が絶世の美女だった事か?彼女は戦況報告会で発言したが、お前は出なかった。葬儀で復活した時も、旅行だ何だと欠席したではないか」


「…」


「知っていたら、求婚したとでも言うのか?ジェラルドを押し退けて?」


「そんなつもりは…。私はただ…」


 衝撃を受けたのだ。あまりに美しい花嫁に。幸せそうに彼女の手を取る従兄に。言葉に詰まる息子に父親は教えた。


「ジェラルドと侍女の婚約に反対したな。聖女派の者達が、今度こそ横槍が入らぬようにと、口裏を合わせたのだ」


「父上も知っていましたよね?なら、ーー」


「お前は再召喚をしたがっていた。若く美しい聖女を。ジェラルドならば、老いたままの聖女でも愛しただろう。だから教えなかった」


 王子はゾッとした。バカな。あのシワシワの老人を?葬儀の前日に弔問した時、確かに見た。召喚時のままだった。あれを愛するだって?その顔を見た父は、深いため息をついた。


「…気が済んだら片付けさせろ。明後日、副団長夫妻が挨拶に来る。分かったな?」


 返事を聞かずに立ち去る。公務だということだ。王子は頭を掻きむしった。どうしても従兄に勝てない。剣も魔法も学問も、何一つ。優っているのは顔と継承順位だけだ。


(ドラゴン討伐の名誉も。美しい聖女も。貴族の支持まで。狡いぞ…)


 王子を焼く嫉妬の炎は、なかなか消えなかった。



          ◆



 副団長夫妻が、王に結婚の報告をしに登城した。謁見の間で正式な挨拶を受け、王の私的な応接室で茶を振る舞う。パルデュー侯爵夫妻、王太子も同席した。ルイは怪我を手袋で隠している。何とか気持ちも鎮まり、黙って新婚夫婦を眺めていた。


「これが“聖女の護り紐”か。大層、評判だそうだな」


 王は献上された飾り紐をまじまじと見た。聖女は笑顔で頷いた。


「はい。市販のものは工房製ですが、これは私が作りました。多分、ドラゴンのブレスも1回なら防げます」


「そうそう出ないよ。ドラゴンなんて。でもこれ、持病に良いんですよ」


 侯爵が左手につけた紐を見せた。悩みの腰痛が治っているそうだ。


「そうか。ではルイにつけてやってくれ。癪持ちでな」


 父が急にこちらに話を振った。ルイはギョッとした。先日の大荒れを知っているくせに。どういうつもりだ。


「承知いたしました。殿下。お手を」


 聖女の小さな手が差し伸べられた。渋々、左手を出すと、彼女は器用に護り紐を結びつけた。間近で見れば見るほど、美しい。


「…どうも」


 王子は素っ気なく礼を言った。聖女は頭を下げた。


「こちらこそ。殿下が召喚を提案されたそうですね。ありがとうございます。私、とても幸せです」


 従兄が妻の手を握る。2人は甘く微笑み合った。羨ましくて吐きそうだ。


「お礼に“先読み”をして差し上げます。何か知りたい事、ありませんか?」


「キコは数十年先まで視えるんですよ」


 ジェラルドが誇らしげに言った。本当だったら凄い。一般の神官では、確実なのは数時間先までという。日毎に的中率は下がり、1ヶ月先が限界だ。しかも魔力を食うので滅多にやらない。


「じゃあ、来年の今頃、私は何をしている?」


 どうでもいい事を尋ねたら、聖女は数秒、目を閉じて答えた。


「…ご結婚されています。再来年には、お子様が生まれるでしょう」


「何だと?!まだ婚約もしていないのに?!」


 父が驚愕の表情で言う。普通、王族は幼い時に婚約者が決められる。しかし、ルイは生母である王妃が長患いの末に亡くなっていた。そのため、妃選びが滞っていたのだ。


「もう年頃の令嬢は、全員、お相手が決まっているはずよ。何処かの王女?」


 侯爵夫人の言う通りだ。この国に王子に見合う令嬢はいない。


(ならば、遠い異国の姫か。悪くないな)


 王子はエキゾチックな美少女を想像した。しかし、聖女は彼の期待を打ち砕いた。


「いいえ。エクラン人です。年齢は25歳で、ちょうど今…サンドイッチを食べています!」



          ◆



 よほど神託が気に入らなかったのか、息子は気分が優れないと言って下がった。王は聖女に謝った。


「すまんな。無愛想で」


 聖女は笑って首を振った。


「お気になさらず。親戚の集まりに顔を出すなんて、良い子ですよ」


「いや、あれで成人はしている。ところで、先ほどの話は本当か?」


「はい。ここから西に3キロメートルの所で働いています」


「…平民だという事か?」


 西地区は労働者の街だ。聖女の先読みが外れるとは思えないが、それは不可能だ。


「いいえ。何か事情があるようですが…」


「では貴族だな。急ぎ調べよ」


 王は侍従に命じた。だが聖女が慌てた素振りで止める。


「待って!大丈夫、殿下が自分で見つけますから。少し、見守ってあげてください」


「ルイが?まさか」


 聖女は知らないのだ。息子は生粋の貴族主義者だ。西地区になど、間違っても行くまい。まして、平民に混じって働く令嬢に興味を持つとは思えない。


(やはり次代はジェラルドか…)


 王とて、愛する妻の忘れ形見に跡を継がせたい。だが、完璧な甥と並ぶと、どうしても劣って見えるのだ。その心を見透かしたように、聖女は言った。


「比べちゃダメですよ。子供は敏感ですから。男の子は放っておくのが一番です」



          ◆



 25歳だって?年増の行き遅れじゃないか。そんなの醜女に決まっている。なのに、すぐに子供ができるなんて。ありえない。


「誰かある!遠乗りに行くぞ!」


 憂さ晴らしに外出しようと、王子は側近を呼んだ。しかし、今日に限って誰も出仕していない。侍従は恐る恐る、手紙の束を机に置いた。


「何だ。これは」


「側近の方々の辞表でございます」


「何だって?」


「皆様、急に留学が決まったとかで…」


「!!」


 咄嗟に、王子は部屋を飛び出した。職員が慌てて道を空ける。そのまま馬屋に駆け込んで、愛馬に鞍をつけさせると、王城裏の森に向かった。


(どいつもこいつも馬鹿にしやがって!今に見てろよ!一年後には、予言が外れたと聖女を嘲笑ってやる!側近どもめ、二度とエクランの地を踏ませぬ!)


 出鱈目に馬を走らせるうちに、知らない場所に出た。気持ちの良い草地だったので、そこで下馬して寝転んだ。


 側近の一斉辞職か。宮廷雀の格好のエサだな。ドラゴン討伐は空振り。聖女の結婚式は中座。ルイの評判はすこぶる悪い。


(そういえば、あの女好きが起こした問題もあったな。叔父上が片付けたそうだが)


 以来、令嬢達に避けられている。母が死んだ時も、誰も近寄ってこなかった。すぐに新王妃が立つと皆が思っていたから。宮廷なんてそんな所だ。


 異世界の乙女なら、救ってくれると思った。だが、神は彼女を従兄に与え賜うた。


(私も留学しようかな…)


 すっかり落ち込んだ王子は、そのまま寝てしまった。



          ◆



 寒さで目が覚めた。王子が身を起こすと、日が暮れていた。馬がいない。木に繋ぐのを忘れてしまった。


「おーい!」


 彼は、いつも陰ながら護衛をしている隠密に声をかけた。しかし森は静まり返っている。


「おーい!帰るぞー!」


 隠密がいない。


 目眩がした。王太子に護衛がついていないだと?ありえない。すると、茂みの向こうから誰かが声をかけてきた。


「誰かいるんかね?」


 ムガール訛りのエクラン語だった。茂みが掻き分けられ、カンテラを持った浅黒い肌の男が出てきた。猟師か。


「迷ったんか?」


「ああ。馬に逃げられてな。ムガール語で良いぞ。ここはどこだ?」


「王都の北の森ですよ。旦那。良かったら、街まで案内しましょうか?」


 男はムガール語で申し出た。


「頼む。王城の近くまで送ってくれ」


「徒歩で半刻はかかりますが」


「構わん」


 親切な男は先立って歩き出した。森を抜け、田舎道を延々歩いた後、西地区の外れに着いた。疲れを訴えると、男はそこの酒場みたいな店に入った。


「お口に合わんでしょうが。どうぞ」


 と言って、水のような飲み物をくれた。毒味役がいないが、喉が渇いていたので、王子は一気に飲み干した。数秒後、意識が途切れた。



          ◆



 次に目が覚めた時、ルイは裸でベッドに寝ていた。ぼんやりと辺りを見回す。狭い部屋だ。トイレほどの空間に家具が置かれている。窓は一つしか無く、薄いカーテン越しに朝の光が差し込んでいた。


「おはよう」


 急に横から声がしたので、そちらを向くと、豊かな金髪が見えた。


「気分はどう?まだ吐き気ある?」


 女はベッドを降りた。シャツしか着ていない。小さな洗面台で顔を洗い、壁にかかっていたスカートと上着を身につけると、


「朝ご飯買ってくるね」


 ドアから出ていった。ルイの止まっていた思考が動き出した。拉致監禁されたのか。ベッドを降りて、ドアノブを回したが、開いたから、違う。しかし服が無いので、部屋を出られない。ひとまず、女の帰りを待った。


「ただいま。これ、古着だけど」


 戻ってきた女は、男物のシャツとズボンを寄越した。下着と靴もある。彼女が小さな台所で湯を沸かす間、それを着た。買ってきたサンドイッチと紅茶を出され、ルイは腹が減っていることに気づいた。やや行儀悪く平らげ、落ち着いたので女に訊いた。


「ここは何処だ?なぜ、私は裸で寝ていた?」


「西地区の中心よ。夕べ、身ぐるみ剥がされて、路地裏で倒れてるあなたを見つけたの。何か飲まされたでしょう?怪しい人に渡された物は、飲み食いしちゃダメよ」


「…助かった。礼を言う」


「どういたしまして。お家、東よね?中央通りまで送るわ」


 女は東地区の入り口まで案内してくれた。ここまで来れば帰り方は分かる。立ち去る彼女を見送ってから、ルイは城に向かって歩き出した。


(親切な女だった。ムガール人は死ね。でもまあ)


 良い気分転換になったな。民と触れ合うのも悪くない…などと思う彼自身が、民の格好をしていることを、すっかり忘れていたのだった。



          ◆


 

「嘘つけ。そんなみすぼらしい王子がいるか」


 王城の門番は冷たくあしらった。あまりに無礼な物言いに、ルイは一瞬、硬直した。


「本当だ!これは事情があって…」


「身分証は?王族なら銀のメダルだ」


 無い。盗られた上着の何処かにあったかもしれないが。そこへ1台の馬車が来た。ドロン侯爵家の紋章がついている。窓から見える元側近に、王子は大声で呼びかけた。


「アラン!私だ!ルイだ!」


 元側近は胡乱な目で王子を見た。だが、誰だか分からないらしい。奴は目を逸らして、そのまま馬車は城に入っていった。


(そんな!)


「邪魔だ!さっさと()ね!」


 門番に乱暴に追い払われ、仕方なく、ルイは、元来た道をトボトボと引き返した。



          ◆

 


 女はまだアパルトマンにいた。廊下に立つルイを見て、驚いていたが、笑顔で迎え入れてくれた。


「どうしたの?やっぱり迷っちゃった?」


「それが、家に入るには身分証が必要で。それを無くしてしまった」


 彼は身分をぼかして事情を説明した。


「その強盗はムガール難民ね。外国人が盗品を売るのは難しいから、多分、質屋に持ち込んでると思う。今から行ってみましょう」


 女は彼をゴミゴミした下町の質屋に連れて行った。ルイの持ち物はあっさり見つかった。薄暗い店内で、宝石のついた貴族服や小物が煌めいていたからだ。身分証もその中にあった。


「これ、予約するわ。幾ら?」


「助かるよ。訳あり品を丁稚が受けちまってね。大金貨20枚で良いよ」


「高いわね。憲兵にチクらないから、勉強しなさいよ」


「こっちも商売なんでね」


 女と店主のやり取りが、さっぱり理解できない。女は大金貨15枚で手を打つと、手付金らしき小金貨を支払った。質屋を出てから、彼女はルイに説明した。


 1ヶ月以内に預け主が借りた金を返さなければ、質草は売りに出される。女はそれを買う権利を手に入れた。なので、それまでに大金貨15枚を用意しなければならない。


 女が屋台で買ったジュースを飲みながら、2人はベンチに座って今後の相談をした。


「さあ。ここからは貴方の出番。何処かでお金を借りていらっしゃい。貴族なんでしょ?親類や友達に当たってみなさいよ」


 ルイは、先ほどの元側近の態度を思い返した。この格好で知り合いの屋敷を訪ねるのか。考えただけで羞恥に震える。彼は女に言った。


「自力で何とかしたい」


「ええ?でも貴族を雇う所は無いわ。冒険者ぐらいしか」


「じゃあ、冒険者で稼ぐ」


 討伐記念式典で見た大柄な男を思い出した。それほど下品でも乱暴でもなかった。対魔物剣を振るって、1日で大金貨10枚を稼ぐと話していた。それなら王子たる自分でもできる。


 女は呆れた顔でルイの想像を否定した。


「それは熟練のパーティーの場合よ。最初は紙級からスタートするの。請け負える仕事は薬草採取か雑用しかないわ。日給は小金貨1、2枚が良いところよ」


「ではランクを上げれば良い」


「テストを受ければ、鉄級からスタートできるけど。本気?」


「本気だ」


 彼女は説得を諦めて、ルイを冒険者組合に連れて行った。



          ◆



「あれ。エリンさん。今日はお休みでしょう。どうしたんですか?」


 受付の男が不思議そうに言った。『エリン』というのが女の名前らしかった。


「登録希望者を案内してきたの。昇級試験も受けるから。用意してくれる?」


 彼女が申し込み用紙をルイに渡した。それを聞いた大男達が、絡んできた。


「いきなり昇級たぁ、良い度胸だ。舐めてんのか?」


「てめえ。エリンさんの何なんだ?イロか?」


「冒険者ってツラじゃねえだろ。男娼だろうが」


 適当な偽名と、女のアパルトマンの住所を書き、ルイは振り向いた。醜い。傷の類は仕方ないとして、下劣な品性が顔に出ている。


「貴様には関係ない」


 言い捨てて行こうとすると、前を男達が塞いだ。「やっちまえ!」と一斉に殴りかかってくる。遅い。ルイは国一番の武闘家から体術を修めたのだ。こんな雑魚ども、敵ではない。


 片っ端から投げ飛ばして気絶させた。そこへ試験官とやらが来た。床に伸びる男達を見て、


「こいつら鉄級なんだが。試験する必要、ある?」


 と受付の男に訊いた。


「一応、決まりなんで。えーっと。レオンさん?奥の会場へどうぞ」


「ああ。宜しく頼む」


 組合に隣接する、広い武闘場で木剣を使った立ち合いをした。雑魚どもよりは強い。数秒、打ち合って、試験官の喉に切先を突きつけた。


「合格!良い腕をしてるなぁ。すぐにでも銀級ぐらいいけるよ」


 当然だ。騎士団長に剣を習ったんだからな。ルイは鉄級冒険者になった。その日は女の案内で必要な武具を揃えて、終わった。



          ◆



 女の部屋から冒険者組合に通う。掲示板に貼られている依頼の中から、できる仕事を選ぶ。多くは護衛か、たわいない魔物の駆除だ。日々、小金貨5、6枚は稼げる。


「この分なら、ちょうど1ヶ月で貯まるわね。さすがだわ」


 女はサンドイッチを頬張って言った。彼女の行きつけのカフェで、夕食を食べている。ルイはシチューとパンを頼んだ。美味いのでお代わりした。


「君に借りている分は、後で届けさせるから。それで良いか?」


「良いわよ」


 そこへ浅黒い肌のウェイトレスがシチューを持ってきた。まだ14、5の少女だ。


「ごゆっくり。エリンさん」


 とムガール語で言って、下がった。


「顔見知りか?」


 ルイが訊くと、女は頷いた。この店は難民を多く雇っているらしい。安い労働力として重宝されているが、一方でエクラン人の労働者は、仕事を奪われると主張し、排斥運動を起こしている。


「犯罪者にも難民が多いし。といって、エクラン人は安い仕事を嫌うしね。どっちもどっちよ」


 食べ終わった女は新聞を読んでいる。彼女は世事に通じ、ムガール語もできる。冒険者組合の受付とは、なかなか高度な能力を要求されるようだ。


(不思議な女だ。恋人もいないようだし)


 毎日、アパルトマンと職場を往復するだけ。着飾りもしない。豪華な金髪を三つ編みにして、薄く化粧をするのみ。実質、ルイを養っているが、恩着せがましくはない。


 2人が帰ると、部屋の前に誰かいた。女は驚いたように言った。


「ルイス!どうしてここが…」


「姉上!誰です、その男は!」

 

 同じく金髪の男が、こちらを睨んだ。女は急にルイの腕に自分の腕を絡ませ、


「婚約者よ。鉄級冒険者のレオンっていうの」


 と言った。複雑な事情がありそうだ。向かいの住民が顔を出して、ジロジロと見る。とりあえず、3人は狭い部屋に入った。



         ◆



 ルイは席を外そうと思ったが、女はいてほしいと目で訴える。仕方なく、部屋の隅で立ったまま姉弟の再会を見守った。姉はベッドに、弟は1つしかない椅子に座った。


「わざわざ来なくても良かったのに。ああ、レオン。この子は弟のルイスよ。王立学園を先月出たばかりなの」


「…初めまして。姉がお世話になっているようで」


 偽の婚約者は無言で頷いた。弟は姉の方を向いて、その手を取った。


「どれほど探したか…その前に。長い間、仕送りを、ありがとうございます。姉上のおかげで、無事に卒業できました。まさか冒険者組合の受付をしてるとは。僕はてっきり…」


「身を売ってると思った?大丈夫よ。あなたも成人したんだし。もう自由よ。家の再興とかは、忘れていいから。好きに生きなさい」


「僕、外務省に就職できたんです。来週から、次官補としてムガールに赴任します」


 驚いた。貴族だったのか。ルイは改めて弟を見た。貧しい格好だったから気づかなかった。


「一番大変な国じゃないの。やっぱりコネと袖の下がないと、ダメね」


「でも、姉上も、もう働かなくて良いんですよ。一緒に行きませんか?」


 女は微笑んで首を振った。


「こっちで結婚して、幸せに暮らすわ。元気でね。さあ、帰って」


 弟を立たせると、ドアまで押して行く。弟は泣きそうな顔で姉を抱きしめた。


「姉上…」


「生きていれば、また会える。愛してるわ、ルイ」


 抱き合ったまま、女は何度も言った。


「愛してるわ。ルイ。いつもあなたを思ってる」


 どきりとした。たまたま、弟と名前が似ているだけなのだが。まるで自分に向かって言われているようで、動揺してしまった。



          ◆



 やっと大金貨15枚が貯まった。絡んでくる雑魚どもを叩きのめす日々とも、おさらばだ。ルイは質屋から服と身分証などを買い戻した。それらを身につけると、己が何者なのかが蘇ってきた。


 冒険者の暮らしも、悪くなかった。たったの1ヶ月だが、様々な人々と出会い、語った。おべっかどころか、喧嘩を売られてばかりで、人相の悪い舎弟が沢山できた。そして、何より、


「似合うわよ!王子様みたい!」


 母親のように喜ぶエリン。彼女の大きな口が笑う時、ルイの心は満たされた。


(ダメだったら、帰ってくればいい)


 そう思える場所ができた。


「じゃあな。エリン」


「元気で。レオン。またね」


 また会おう。2人は笑顔で別れた。ルイは馬車で王城に行った。今度は門番も、すんなり入城を許可した。



         ◆



 ひと月、留守にしても国は回っている。つまりは、王太子の存在はその程度なのだ。ルイは新しい側近を置かなかった。侍従をこき使えば、十分足りる。疑問があれば、直接その部署に行って聞けばいい。父の執務室にも遠慮なく出入りした。


「変わったな。ルイ。家出していた間に、何があった?」


 父は面白そうに訊いてきた。


「何度も説明しましたが、家出ではありません。身分証を無くしてしまったんです。ムガールの大使館に赴任する次官補の名簿をください」


「ルイス・プロコヴィッチ子爵だ。先月、襲爵した。父親は7年前に死亡している。この空白の期間は何なのか。これが調査報告書だ」


 いきなり、ひと束の書類を渡される。ルイはその場でざっと目を通した。姉が1人いる。7年前に行方不明となり、死亡宣告の請求が義母から出されている。義母の借金で子爵家の財産は食い潰されていた。


「継子である子爵令嬢を、金持ちの商人に売ろうとした。令嬢は弟を連れて逃げた。弟を王立学園に入れ、毎年、学費を振り込んでいた。美談だな」


「…」


「子爵夫人は法に触れてはいない。よって、我々は何もできない。エイゼンシュテイン家の分家筋にあたるから、口が出せるとしたら、本家だけだ。だが、弟への仕送りが終わった今、令嬢ものびのび暮らせるだろう。死んだことにしてやるか?」


 王太子はハッと顔を上げた。


「お待ちください。本人にその意思は…」


「今更、貴族に戻ったところで、男やもめの後妻ぐらいしか、嫁ぎ先はあるまい。プロコヴィッチ子爵家に持参金が用意できるわけでなし」


(でも。本当は貴族なんだ。あんな狭い部屋で暮らさなくても。…いや)


 情の厚い女だ。また行き倒れた男を救って、そいつが求婚することだってある。


「まあ、急ぐことはない。お前が決めろ。あと、これを神官長に届けてくれ」


 父は、ついでとばかりに雑用を押し付けて、息子を下がらせた。ルイはもやもやしたまま、馬車の準備を命じた。



          ◆



 久しぶりに神殿に来た。来たからには参拝をして、リュミエール神に祈願をする。ルイは下町で無事に過ごせた事に感謝し、国の安泰を願った。それから神官長に面会した。


「確かに。陛下にはこれを渡してくれ」


 また書類を渡された。お使いなら、ルイでなくても良いのではないだろうか?ふと、窓から庭を見下すと、秋バラの咲く庭園で女性が3人、茶を飲んでいた。


「聖女と、その友が花見に来ている。王太子も見て行くと良い」


「はい。ところで、その書類は何ですか?」


「ムガール浄化計画書だ。難民が多すぎる。王族がゴミなせいだが、いっそ全国民をリュミエール教に改宗させるか。検討中だ」


 神官長は厳しい。あの追い剥ぎは例外だが、真面目に働く難民も多かった。ルイは提案した。


「先に指導者層を一新し、国土を回復させませんか?帰還を望む民は帰るでしょうし。残りたい民は、犯罪者以外、受け入れては?」


「王太子なら、完全排斥を唱えると思ったがな。変わったものだ」


 それも検討しよう、と神官長は言った。その後、ルイはバラ園に案内された。最後に聖女に会った時、失礼な態度を取ってしまったから、少し会いづらい。彼は生垣の向こうをそっと覗き見た。


 そこには艶やかな聖女と、豪華な金髪を結い上げた貴婦人、背の高い赤髪の婦人がいた。喋って、笑って、実に楽しそうだった。


「え?ジュリアったら、同棲してたの?」


「そうなのよー。ウチらが留守にしてる間にさ、良い男を連れ回してたんだって!あの狭い部屋に2人で暮らして、毎日一緒に出勤!何年も色恋沙汰を聞かないと思ってたら、面食いだったんだよ。この女」


 赤毛の女が大声で揶揄った。金髪の婦人は、その肩を柔らかく打った。


「もう!違うって言ってるでしょ!今は一人暮らしよ。綺麗な子が困ってたから、助けただけだってば」


 聞き覚えがある声に、ルイは金髪女性の顔が見える位置に移動した。


「綺麗?どんな感じで?」


 聖女は身を乗り出して訊いた。


「いやあね。キヨまで。何かもう、天使みたいな男の子だったのよ。素っ裸で落ちてたし。空から降ってきたのかと思ったわ」


 エリンだった。いつもと全然違う。化粧をしてドレスを着ている。


「鉄クズ連中を軽くぶっ飛ばして、剣の腕も凄かったんだって?魔物討伐数の個人記録を塗り替えたって聞いたよ」


 赤毛の婦人は冒険者のようだ。鉄クズ…雑魚どものことか。


「前の記録保持者、旦那さんだものね。悔しがってたでしょう?町娘にファンクラブも出来てね。連日、贈り物や手紙で、組合の郵便受けが一杯だったわ。1ヶ月しか居なかったけど、レオンは伝説の冒険者になったのよ」


 ルイは顔が熱くなった。そんな話、一緒に暮らしている時は、全然聞かなかった。


「好きだったの?」


 聖女がズバリ尋ねる。エリンは大きな口で笑った。


「そりゃあもう。次にまたあんな良い男が落ちてたら、絶対、結婚するわ。アハハハ!」


「アハハハ!次があるんかい!」


 赤毛の女も大笑いした。


「当然あるわよ。ところでキヨ、このドレス、本当にいただいちゃって良いの?」


「良いわよ。お義母様のお古だけど。似合ってるわ、ジュリア」


「腰は苦しいけど、胸は余るのよね。アハハハ!」


「減量しなー。明日からね!アハハハ!」


 3人はいつまでも笑い合っていた。ルイはフラフラと庭園を離れた。頭がこんがらがっている。なぜ聖女と知り合いなのか。どうしてジュリアと呼ばれているのか。何より、彼女はレオンが好きだった。同じベッドで寝ていたのに、全くそんな素振りは無かったぞ。


(しかし綺麗だった…)


 その日から、王太子は急に食欲がなくなり、胸の痛みを訴えた。宮廷医達は大騒ぎをしたが、どんなに検査をしても異常は見つからなかった。



         ◆



 ついに耐えきれなくなって、ルイはお忍びで西地区に行く事にした。だが警護の責任者は反対した。ムガール難民への弾圧が酷くなり、暴動が起こるかもしれないと言うのだ。


 家出事件から監視が厳しくなっている。それを窮屈だと感じるようになってしまった。悶々としているうちに数日が経ち、ある夜、ついに暴動発生の知らせが王城に届いた。


「報告いたします!西地区の中心で難民排斥派が、ムガール人が働く店舗を襲撃!既に3棟が放火され、燃えています。消防団が延焼を食い止めていますが、水が足りません!」


 テーブルに広げられた王都の地図に、被害が書き加えられていく。王、王太子、騎士団長、副団長はそれを見ながら、対策を話し合った。


「魔術師団と騎士団の水属性持ちを、全員出せ。怪我人は神殿へ送れ」


 王は消火と救護を指示した。


「市中警護は暴徒を片っ端から逮捕しろ。騎士団も援護する」


 騎士団長は暴動の鎮圧に兵を向かわせた。


「陛下。私が直接行って、取り残された民を救って参ります」


 王太子は王に頼んだ。しかし却下された。


「ダメだ。今は危険過ぎる。混乱に乗じて襲われたらどうする。プロコビッチ令嬢の安否を確認したいのだろうが、お前のほうが大事だ」


 反論できない。だが、どうしてもエリンを救いたい。ルイは自尊心を捨て、頭を下げた。


「ジェラルド。一緒に来てくれ。頼む」


 半ばヤケだ。世界最強の騎士を連れて行くのだ。反対できるなら、してみろ。


「…承知しました。よろしいですね?陛下」


 従兄が訊くと、父は頷いた。


「良いだろう。副団長と王太子は協力して、逃げ遅れた民を救出しろ」


「はっ!」


 従兄と従弟は、西地区に急行した。そういえば、初めて一緒に仕事をするな。チラとそう思いながら、馬を走らせた。着いてすぐ、ルイは驚愕した。エリンが贔屓にしていたカフェが、燃え上がっていたのだ。



          ◆



 見覚えのある場所は、どこも火の海だった。その中を、荒くれ者どもが駆け回り、避難誘導をしている。ルイはその一人に尋ねた。


「おいザコ!エリンはどうした?!」


「レオンの兄貴!お久しぶりっス!エリンさんスか?随分前に、難民のガキ共を連れて組合の武闘場に行きましたよ」


「ありがとう!お前も無理するなよ!」


「兄貴もお気をつけて!」


 急いで組合の方へ行こうとするが、火の手が強すぎて進めない。ルイは魔法を使った。他の者には、彼の右手が黒く膨れ上がり、炎を吸い込むように見えただろう。


 前方に火の無い道ができた。ルイとジェラルド、その部下達の騎馬はそこを進んだ。途中、見知った顔があれば、安全な方を教え、行手を阻む炎は消した。


「殿下。それ以上は。魔力が切れます」


 ジェラルドが心配して声をかける。


「まだ大丈夫だ。あそこが冒険者組合だ!」


 良かった!燃えていない。ルイは馬を飛び降り、走った。武闘場に駆け込むと、そこでは2つの集団が睨み合い、一触即発の状態であった。


 一方は難民排斥派のエクラン人。手に剣や斧を持ち、今にも襲い掛かろうとしている。もう一方は肌の色や服装からして、ムガールやビザンツの難民達だ。エクラン人も少数、混じっている。こちらも武器を持って相手を睨んでいた。


 難民側の中心に子ども達がいる。その子らを守るように、エリンがいた。


「双方、武器を収めろ!いかなる理由があろうとも、王都の治安を乱す者は逮捕する!」


 副団長が警告を与えた。しかし、排斥派は騎士達に食ってかかった。


「あんたらエクラン人だろ?何でこんな奴らを守るんだよ。難民なんか追い出せ!犯罪ばっか増えて。仕事奪われて。やってられねぇよ!」


 そうだそうだと、ヤジが飛ぶ。難民側も負けずに言い返した。


「私達だって、好きで国を出た訳じゃない!安い金で働きたくもない!それに、エクラン人にも悪人はいるぞ!言いがかりだ!」


 緊張が高まる。連れてきた騎士だけでは、この人数は鎮圧できそうもない。ルイは前に出た。


「王太子だ!この問題は、必ず双方納得できる形で解決する。だから、ここは引いてくれ!」


 同じ言葉をムガール語とビザンツ語で繰り返した。しかし、排斥派は頑なだった。ついに弓を持つ者が、矢を放った。それはまっすぐに子ども達に向かった。


「愚か者が!!」


 ルイは闇属性の魔力を全開放した。黒い闇が武闘場を満たす。闇が晴れると、排斥派の武器も、難民達の武器も、全て腐食して崩れ落ちた。騎士達の剣は無事だった。鞘に聖女の護り紐が付いているからか。


「や、闇魔法…」


 排斥派は、化け物でも見るような目でルイを見た。だから見せたくなかったのだ。


(こうなったら悪魔になってやる)


 王太子は、わざと高飛車な態度で脅した。


「今のは警告だ。愚民どもめ。次はお前の頭を消すぞ。…おい!ザコ!こいつらの捕縛を手伝え!」


 ついでに、様子を見にきたらしい冒険者達に命じる。


「はい兄貴!今の魔法、超かっけぇっス!もっかい、やってくださいよ!」


「黙れザコ。見せ物じゃない」


 騎士と冒険者達は、排斥派を全員縛り上げた。緊張が解けた難民達は座り込んでいる。ルイはやっとエリンに駆け寄ることができた。



          ◆



「エリン!無事で良かった!」


 制服姿の彼女は、呆然とルイの顔を見ている。彼はハッとして、立ち止まった。レオンが王太子だとバレてしまった。おまけに闇魔法を見られた。さぞ戸惑っているだろう。言い訳を考えていると、騎士が報告した。


「殿下!こちらに火が迫っております!」


 指差す方の空が赤い。ルイとジェラルドは、急いで武闘場の観客席を上り、外を見た。冒険者組合のすぐ近くまで炎が来ている。


「水属性持ちが足りないのか?」


「そのようですね。建物を壊して、延焼を食い止めるしかありません」


 副団長は無情な提案をした。ルイは首を振った。


「いいや。私が消す。ここは大切な場所なんだ」


 最後の力を振り絞って、両手の前に漆黒の闇を生み出す。そこに、全ての火災を吸収させた。時間にして十数秒だったが、ルイの魔力は底をついた。


「殿下!」


 視界に黒い線が走り、ジェラルドの焦る声が、遠くに聞こえる。よろめくルイの体を、誰かが抱き止めた。


「大丈夫?レオン」


 エリンが心配そうに訊いた。王子は意識を取り戻し、彼女を抱きしめた。勝手に口が動く。


「結婚してくれ。エリン」


「今、それ言う?」


「もう一回、裸で倒れていようか?」


「アハハハハ!良いわよ。愛妾でも何でもなってあげるわ」


 彼女は笑って、ルイの背を優しく叩いた。そういう意味じゃない。彼は言い直した。


「エリン・プロコヴィッチ子爵令嬢。王太子ルイ・ド・エクランの正妃となり給え」


「えー?無理よ。身分が違いすぎるし。持参金も無いし」


「何とかする!」


「妾くらいでいいじゃない」


「嫌だ!」


「殿下。そのあたりで」


 騎士のエイゼンシュテインが、ルイを引き剥がした。気づくと、応援に来た多くの騎士達がこちらを見ていた。暴徒の逮捕は終わり、火災も鎮火したらしい。


「とりあえず、今夜は我が家に令嬢をお迎えいたします。プロコヴィッチ家は分家ですので」


 従兄の副官はエリンを連れて行こうとする。ルイはムッとして遮った。


「待て。城に部屋を用意させる」


「いけません。ご婚約が整わぬうちに王城に泊めるのは、愛妾を連れ込むのと同じです」


 では仕方ない。王子は渋々、了承した。いつの間にか馬車が回されていた。エリンはそれに乗り、窓からルイに手を振った。


「じゃあねー!助けに来てくれて、ありがとねー!ほんと、妾でいいからねー!妾でー!」


 と、大声で言って、去った。従兄が優しく肩を叩いて慰めてくれる。大勢の騎士と冒険者、難民達の視線が痛かった。



          ◆



 プロコヴィッチ子爵令嬢は、本家であるエイゼンシュテイン伯爵家の養女となり、無事、王太子と婚約した。王はようやく安堵した。


 隠密に『絶対に手を出すな』と命じるのには、勇気が要った。聖女の先読みがなければ、1ヶ月も息子を放置できなかった。


 結果的に、ルイの従兄への嫉妬も、闇属性への嫌悪も綺麗さっぱり消えたようだ。全てエリンのおかげだ。


「聖女の言う通りになったな。素晴らしい王太子妃が見つかった」


 王は甥夫婦を茶に招き、礼を言った。エリンと聖女は親友だそうだ。必然、聖女派は王太子妃を支持する。派閥の中核である令嬢達が、今度はルイとエリンの物語を作っているとか。


「殿下が頑張ったからです。“かわいい子には旅をさせよ”って、昔から言いますよ」


 初めて聞く諺だが。確かにそうだ。ジェラルドは、楽しそうに暴動での出来事を話した。


「冒険者達と気安く話すお姿が、実に新鮮でした。『レオンの兄貴』と慕われていましたよ」


 良かった。これで安心して、息子に後事を託せる。ジェラルドが騎士団長となり、聖女は神殿をまとめる。そしてエリンが王妃としてルイを支える。王の目にも、盤石な未来が見えたのだった。



          ◆



 エリンは毎日、王妃教育のために登城する。18までは令嬢だったし、外国語も大体できるので、一から叩き込むほどではない。それでも、お茶や食事を共にする時、ルイに泣き言を言う。


「この分厚い貴族名鑑を覚えるのが苦痛。家紋もね。魔物の特徴なら、すぐ覚えられるんだけどな~」


「魔物図鑑の方が分厚いぞ」


「それを一晩で覚えたレオンは凄いわ。やっぱり妾の方が(ラク)そう」


 まだ言っている。ルイは彼女の口にサンドイッチを押し込んで黙らせた。そして、気になっていたことを尋ねた。


「もしかして、初めから、王太子だと気づいていたのか?」


「ムグッ…ええ。キヨの結婚式で見たわ。青い顔して帰っちゃった王子様でしょ」


 黒い記憶が胸を貫く。痛みに悶える王子の頭を、エリンはよしよしと撫でた。


「その王子様と私が、こうなるとはね。人生って不思議だわ」


 彼は話を逸らした。


「…ところで、ルイスをムガールから呼び戻すぞ。王太子妃の弟だからな」


「ありがとう!あ、何かね、ムガールの王女様と付き合ってるんだって。街で侍女とはぐれて困ってる所を助けたとかで。結婚、させてあげられない?」


「えっ?」


「お願い、ルイ!愛してる!」


 何なんだ、この姉弟。だが。ルイは素早く計算した。女王と王配なら。行けるかもしれない。


「頑張って正妃、するから」


「本当だな?二度と妾と言わないな?」


「うん」


 よし。彼はもう一つの疑問を問うた。


「なぜ、聖女は君を“ジュリア”と呼ぶんだ?」


 彼女は1冊の本を取り出した。トリフォー令嬢が献本したらしい。エリンの半生記か。パラパラと流し読んで驚いた。なんと、召喚直後の聖女を助けたのは、彼女だった。


「キヨ…今はキコね。彼女、直感的に名前が浮かぶらしいのよ。私はジュリアなんだって。大きな口の美人って意味らしいわ。さすが聖女よね。ありがたい天の名ってことになってる」


「そうだったのか…」


「貴方にもあるわよ」


「え?どんな?」


「“ディカプリオ”だって。意味は何だったかしら?この間、聞いたのよね。海で遭難する美男子だったかな?美少女と心中する美少年だったかな?」


 いずれにしても酷い。彼はげんなりして本を読み進めた。色々、脚色されている。行き倒れている場面では衣服を着けているし、興味心から冒険者になっている。エリンは説明した。


「陛下がね、検閲したんだって。さすがに王太子が素っ裸はまずいだろうって。ごめんね。フランソワちゃん達にベラベラ喋っちゃって。ここ読んで。別々に寝てたことになってるの。あの部屋に2つもベッド、入らないのに。アハハハ!」


 彼女は大きな口で笑った。ああ、安らぐ。やはり側近も再度、集めないといけない。高慢な王子という評価もそうそう変わらない。でも、エリンがいれば、何とかなる気がする。


「結婚パレードで、あのアパルトマンと冒険者組合の前を通ろう」


 ルイが提案すると、エリンは目を丸くして驚いていた。


「いいの?」


「ザコどもに、君の花嫁姿を見せつけてやるんだ」


「またまた。素直に言いなさいよ。感謝を伝えたいんだって」


「一番、感謝してるのは君だ。ありがとう。エリン。あの時、俺を拾ってくれて」


「どういたしまして。何度生まれ変わっても、貴方を拾うのは、私よ」


 エリンは美しい微笑みを浮かべて言った。とんでもない愛の告白に、魔力が漏れそうになった。


「急にそういうこと言うな!危ないじゃないか!」


「ごめーん!アハハハハ!」


 裏のない、明るい光がルイを照らした。



 Fin


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― 新着の感想 ―
久々に読み返しにきたら、沢山新しくお話が追加されていて幸せな時間をすごせました。ありがとうございます。大好きなお話、大好きな作家さんです。
大好きなお話で、久しぶりに読み返したら、なんと!お話が追加されているではないですか! めちゃくちゃ嬉しいです! ジュリアが貴族だったなんて! そして王太子妃! 以前のお話ではバカ王子っぷりしか描かれ…
ep.22、泣けます。王太子、エリンさんも末永くお幸せに。
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