4話
帰城したばかりのエリナを執務室へと招き、アルヴィスはエリナと向かい合う形でソファーへと座った。お茶の用意をした侍女は既に部屋を出ており、室内にはアルヴィスとエリナの二人しかいない。ディンらは執務室の外で待機してもらっている。
ティーカップをもち、一口それを口に含んだエリナがほっと息を吐くのがわかった。静かにティーカップを置いたエリナは、アルヴィスを真剣な眼差しで見る。
「ご報告をしなければならないことが沢山あります」
「そうか」
疲れているならば改めて場を設けてもいいと思ったが、エリナはすぐにでも話がしたいらしい。ハーバラやルークからも報告は受けるけれど、それは明日に回してもらった。まずはエリナから話を聞こうと。
「スーベニア聖国は、不思議な国ではありました。民に活気がないわけではありません。ただ、何もかもが当たり前に享受できる国でありますので、誰もが同じようにあることを良しとしているように私には視えました」
アルヴィスは足を組みなおし、更に腕を組みながらソファーに背中を預ける。信仰心さえあれば誰でも居住が許される国。そして国の庇護の下で暮らすことができる。言葉では無論知っていたが、実際にその目で国に住む人々を見てきたエリナだからこそ感じることもあるだろう。
誰もが同じように生きる国。決して自ら動くことはなく、ただあるがままを享受するだけの生活。何をしようとも何を得ようとも、結果が変わることはない。ならばそれを得ようとすること、得ることに何の意味があるのか。意味を成さないのであれば、動くことさえしない。変化を求めない。それがスーベニア聖国に生きる人々の生活だ。
「それも一つの形なのだと思います。確かにそこには幸せがあり、笑って何不自由なく暮らせるのです。決められた人と共に在るということは、ある意味でルベリアの貴族たちにも似通っている部分もあるのでしょう」
「だが彼らには俺たちのような義務や責任はない」
「はい。従ってさえいれば、何の憂いも不安もなくなります。無論そこに異を唱える者もおりません。それが当たり前だからこそかもしれませんが、けれど……私にはそれが少し怖く感じました」
「宗教国家だからこそだろうな。あの国は良くも悪くも、ゼリウムやルシオラらを信仰することを第一としている。信仰心さえあればいいと唱えているものの、逆に言えばそこに疑念を抱くことは許されない」
ゼリウム、ルシオラに対して問いかけることも許されないのだろう。スーベニア聖国が大神ゼリウムや女神ルシオラはこういう存在だと唱えたのならば、それをあるがままに受け取ることしかできないのだ。何故、どうやって、いつなどといった疑問を抱くことも許されない。彼らを敬うべきだとスーベニア聖国が言うのであればそうするしかない。
「女王や国に対する信頼といえば聞こえはいいがな」
「でもそれでは国として変わることも、成長することもできないではありませんか?」
「スーベニア聖国は不変であることを良しとしている。それに、実際問題その国で救われている民もいる以上、その在り方を否定することもできないだろう」
「確かにアルヴィス様の仰る通りなのかもしれません。ですが私は……」
頭では理解していても、感情の部分で納得できない。その気持ちはアルヴィスにもわかった。何より、言われるがままに生きてきた時間がエリナにもあった。そうして生きた結果と、その後にエリナ自身が行動を起こした結果。身に染みて経験してきたからこそ別の未来が見えている。ゆえに、本当にそれでいいのかと考えてしまうのも理解できた。
「エリナからしてみればもどかしい気持ちになるのかもしれないな。だがあの国の女王たちは意図してそういう国を、国民性を築いている。スーベニア聖国の民たちの生活に歪さを感じながらも、必要だからこそそれを強行しているのだろう」
「それはどういうことでしょうか?」
「瘴気の発生源は負の感情だ。スーベニア聖国に瘴気はほとんど発生していない。違うか?」
「……言われてみれば、そのような話は聞きませんでした。ハーバラ様も不思議に思っていらっしゃいましたね」
「スーベニア聖国では皆が同じように過ごしている。何かを求めることも焦がれることもない。信仰さえしていれば、不自由なく生きられる。それ以上を求めてはいけないからこそ、感情が揺らぐこともほとんどないのだろうな」
瘴気の発生する場所は大体決まっている。既に霊水の役割を知っているアルヴィスからしてみれば、当たり前のことだった。何せ、瘴気は浄化され消えているわけではない。ただ霧散させられて、その濃さをなくしているだけ。負の感情が募れば、再び同じ場所に集まってくる。そもそも集まりやすいからこそ、そこに瘴気が発生するのだから。
「ではスーベニア聖国の在り方が正しい、ということになりませんか?」
「魔物に襲われることなく、ただ生きるだけならば確かにそういう考え方もあるだろう。だが……そうであるならば、人はここまで生きてこなかった」
「え?」
「エリナはスーベニア聖国の人々を見て、本当に幸せだと感じなかったんだろ?」
「……はい」
アルヴィスの問いに、エリナは少し逡巡してから頷く。
「誰にとって何が幸せかは、他人が決めることじゃない。十人いれば十通りの幸せがあり、百人いればそれだけの数の幸せがある。それと同じくらい夢や希望がある。どれだけちっぽけな望みでも、小さな幸せでも人は成長できる。だから……そんな人間たちを守りたいと、ルシオラたちも思ったんだろう。じゃないと、ルベリア王国は存在していない」
本当にスーベニア聖国の在り方を支持していたのであれば、疾うにルベリア王国は滅びているはずだ。
そして民の意識を操作し、そういう在り方を求めているのには目的がある。それこそがスーベニア聖国の本来の役割であり、女王はそれを監視するための存在なのだから。




