18話
アルティウムがルシオラを憎む理由とは。
予想通り、だったでしょうか?w
軽く食事を摂った後、アルヴィスは頭の後ろで腕を組み、それを枕替わりにするようにしてベッドに横になった。一人にしてほしいとエドワルドに告げたため、今部屋にいるのはアルヴィスだけだ。気怠さはあるものの、思考ははっきりとしている。多少の発熱の予兆があるので、今日は安静にしておけと書類作業まで止められてしまってはやることもない。とはいえ、眠るほどの体調不良でもないため、手持ち無沙汰でもあった。やれることといえば、頭を動かすことくらいだ。
「……大神ゼリウム、女神ルシオラ、武神バレリアン。公に名が知れている創世記に出てくる神としては彼らになるが、それ以外ともなればあまり取り立たされることもないか」
創世神話、俗に言う創世記も同じもの。その中でとりわけ目立つ存在である女神ルシオラ。そしてその傍にいて、ルシオラを守る存在でもある武神バレリアン。大神ゼリウムは女神ルシオラの夫君としては有名であるけれど、その姿はというと女神と共に描かれることが多い。幼子が好むような童話の中で、女神と共に世界を救った存在として描かれている。
誰もが初めて目にするお伽話の中では世界を救い神となったと描かれている大神ゼリウム。その絵姿は、長い白髪で口ひげを生やした大男だった。アルヴィスがかの地下で目にした絵姿とも、小さな身体で目の前に現れた彼、アルヴィスとも似ていた彼とは似ても似つかない。女神ルシオラはその姿通りに伝えられているけれど、大神ゼリウムは後世にその姿を伝えることなく消えたと言っていいだろう。その理由として考えられることは何か。女神と大神ゼリウムの子が、生き写しの様に似ているからか。それが子孫たちにも受け継がれているからなのか。
そこまで考えてアルヴィスは自嘲気味に笑ってしまった。流石に飛躍しすぎる考えだと思ったからだ。
「何を馬鹿なことを考えているんだ、俺は……未来のことなど、如何に女神といってもわかるはずが……」
『それはどうかな?』
脳裏に声が届き、アルヴィスはガバっと身体を勢いよく起こす。周囲を見回すけれど、そこには誰の姿もない。
「……」
『近くにはいないよ。けど、もう君は僕から逃れることはできない』
「どういう、ことだ……?」
『繋がったからね。尤も、こうして繋がったのは君が初めてじゃないよ。何百年前だったか忘れたけれど、その時の彼も同じだったからね』
声だけが届く異様な光景。近くにはいない。その言葉がどこまで信じられるのかもわからないと、アルヴィスは目を閉じて気配を探る。近くにいるマナの気配は、隣にいるディンとエドワルドのもの。その先の扉の前には近衛隊士が二人だけ。ならば近くにいないというのは本当なのだろう。
『君にも教えておいてあげよう。君が僕と似ていること、父と似ていることは偶然じゃない。だってこれはルシオラが掛けたルベリア王家への呪いなのだから』
「……呪い」
『ルシオラの願いを叶えるための保険。そのための呪い。それが高まった時に生まれてくるルシオラの血を強く受け継ぎし者。それが今回は君だっただけのこと。そう……君はルシオラの願いを叶えるための生贄だよ』
「……アルティウム」
目を閉じていると、嘲笑うようにこちらを見ている彼の姿が見えた。同じ顔でもアルヴィスとは雰囲気が全く違う。否そればかりか、これがあの絵姿に描かれていた幼子と同一人物だとは思えないほどにかけ離れているようにも見えた。
『ねぇ、もう一度機会をあげよう。僕と一緒に来ない? 嫌だろう? このまま利用されて死ぬのは』
「……」
『あの女は世界の為ならばどんな犠牲を払ってもなんとも思わない。そのために父だって利用したんだから。誰かを犠牲にしなければならない世界なんて消え去ってしまえばいい……』
ほんの少しだけ寂しさを覗かせる彼。何も知らないままであれば、もしかしたら首を縦に振ってしまいそうになったかもしれない。けれど、それは違う。彼が何をしようとしているのかはまだわからない。しかし彼の言葉には頷けない。
「……君にそんな言葉をいう権利はないだろう」
『何故だい?』
「君も利用したはずだ。マラーナ王国を、セリアン宰相を……あの国に住む人々を」
そう、彼は利用した。かの国を。それを忘れたとは言わせない。だが彼は目を瞬きながら首を傾げた。
『利用した? 僕が? 僕は唯力を貸しただけさ。国を救いたいと求める彼に道を示しただけ。まぁルシオラを殺してくれればもっと良かったんだけど、君は助かっちゃったしね』
「っ……」
『あの国は亡ぶ運命だったんだよ。それが少し早くなったかもしれないけれど、未来が変わったわけじゃない。それに彼を殺したのは君だろ?』
あの時、直接手を下したのはアルヴィスだ。それに間違いはない。己が何もしていないとは言いたくないし、それについては否定することもない。ただ彼の導きがなければ、もっと別の道が見えていた可能性はあったはずだ。分かり合えたとまでは言わないし、他国の人間であるアルヴィスに何ができたわけでもない。けれどセリアンが彼に出会っていなければ、少なくともカリアンヌ王女は生きていただろう。リリアンだって投獄されるようなことにはならなかったかもしれない。
『ふふふ、なるほど。流石ルシオラと縁を繋ぐだけはあるよ。ほんと優しいなぁ……反吐が出る』
「っ⁉」
急に圧が増した。身体が金縛りにあったみたいに動かない。彼は近くにいないことはわかっている。それなのに近づいてくるような感覚がした。その手が首に伸ばされる。いないはずの手が首に触れた。
『気に入らない。やっぱりここで殺してしまおうかな。徐々に浸食していくのも楽しいけれど、虫唾が走るんだ。君と会話をしているとさ』
「……俺は、まだ殺られるわけにはいかないっ」
『な⁉ ちぃ――』
右目が熱くなる。と同時に何かが解放された気がした。圧迫感が失われたところで、アルヴィスは目を開く。するとそこは先ほどまでいた自室であることがわかった。いつのまにか引き寄せられていたのだろう。彼の空間に。
「……助けてくれたのか、ゼリウム」
言葉に応えるように右目が熱くなったのがわかった。




