閑話 マナと契約
10巻、お手にとっていただけましたでしょうか?
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「ということをグレイズ様から言われたのですけど、エリナ様は何かわかることありませんか?」
「そう、ですね」
突然テルミナから会いたいと言われ、ハーバラと共にテルミナを出迎えたエリナ。スーベニア聖国にきてテルミナやグレイズと挨拶は交わしたけれど、込み入った話をするほどの時間はなかった。無論、帝国からわざわざテルミナが呼ばれたことも気にかかっていたので、渡りに船ではあるのだけれど、如何せん突然すぎてこちらの心構えができていない。加えてテルミナからもたらされた情報が、こちらの想像の上を行く話題だったので、エリナの戸惑いはかなりのものだった。
「テルミナ様、まずは落ち着いてお菓子でもいかがですか?」
「あ、はい。いただきます……」
「エリナ様も、まずはゆっくりと喉を潤しましょう? 今は何事もまずは受け止めることが必要だと思いますわ」
「ハーバラ様……はい、ありがとうございます」
半ば突撃に近い形でテルミナはやってきたので、まだ用意された紅茶にさえ誰も口をつけていなかった。お茶会ではないのでおかしいわけではない。それにテルミナの話しぶりは、何かに焦っているようにも見受けられたので、まずは黙って聞くべきだと判断した。おそらくそれはハーバラも同じ。だからこそテルミナの話が一区切りしたので、一息を吐こうと提案してくれたのだ。
ティーカップに手を伸ばし、紅茶を口に含む。仄かに香るハーブが心を落ち着かせてくれた。喉を潤してからエリナは深呼吸をする。
「グレイズ皇太子殿下は、私にお話をと仰ったのですよね?」
「はい。エリナ様にはお伝えした方がいいって」
もしここにアルヴィスがいたのであれば、きっとこの話はアルヴィスへと告げられたのだろう。だが今はここにアルヴィスはいない。だからエリナに伝え、持ち帰ってほしい。その上でアルヴィスへと伝えて欲しいということか。グレイズとは先の戴冠式の折に会話をした程度で、その人となりをエリナは人伝手でしか知らない。グレイズがどういう意図を以てこの話題を提供してくれたのかなど、今のエリナには知り得ることはできないだろう。けれどもこれだけでは些か情報が足りない。何かのピースが足りない気がした。
「テルミナ様は、皇太子殿下のお話を聞いて何か思ったことはありませんでしたか?」
「ふぇ? 私、ですか?」
「はい。テルミナ様は武神様と契約しておられます。その上でお気づきになられたことなどがあれば教えていただけますか?」
テルミナに対しても、今のエリナに多くの情報はない。帝国の貴族令嬢だが子爵家の末っ子であったために貴族社会に疎いことは知っている。武神と契約を交わしたことも影響しているのか、騎士からは武芸についてもかなりの実力者だとも。ドレスに身を包み、可愛らしい雰囲気を持つ今の姿から想像もつかない。
「うーん、よくわからないんですよね。私はバレリアン様とお話をしているわけでもないので、たぶんアルヴィス陛下とは違う感覚なんだと思います」
「……アルヴィス様はルシオラ様とお話をしている、と?」
「違うんですか?」
さも当然のようにテルミナが告げる。ルシオラとアルヴィスが会話をしている。確かにそう思われるような言動には心当たりがあった。不思議とアルヴィスは多くのことを知っている。文献からでは得られない知識を持っている。それがルシオラからもたらされたものだとすれば、納得のいくことも多い。ただなんとなく、エリナはそれをルシオラから告げられた言葉だと思い込んでいた。アルヴィスは女神ルシオラの契約者だ。だからこそその言葉を聞くことができるのだと。本当に会って話をしているという想像はしていなかった。
戸惑うエリナを見かねたのか、ハーバラが代わりに口を開く。
「テルミナ様は何故武神バレリアン様がお話されないのかを知っておられるのでしょうか?」
「えっと、確かあまり干渉するのは良くない、みたいなことだと思います。契約をすると言うのはマナを一緒にするというか、契約者のマナを増幅させたりするってことはそこにも干渉するからとか、グレイズ様が理由を考えていたみたいですけど、よほどマナの波形? が似ていないとできないことだって」
グレイズは人が持つマナについて研究をしているという。だから武神と契約したテルミナはその研究に力を貸しており、その過程で得た結果がそうだと。
「私の場合は、マナが好みだったから契約したみたいなので、あまり干渉することはしないんだろうって」
干渉することで及ぼす契約者への影響を鑑みて、ということだろうか。そうであればバレリアンという武神はテルミナに力を与えるのみであり、それ以外には何もしていないというのだろう。確かにアルヴィスとルシオラとの関係とは違うようだ。
「そういうことであれば、アルヴィス陛下とテルミナ様は契約している事実は同じでも、実際の内容は違うということなのでしょうね」
「アルヴィス様がルシオラ様と契約したのは、ルベリア王族だというのが理由だと伺っています」
ハーバラの言葉にエリナが付け加える。これまでの歴史でも女神ルシオラと契約したのは、多くがルベリア王族だ。そしてルベリア王族は女神ルシオラの子孫だとも言われている。血族であればマナの波形が似ることもあるのだろう。
「あ、でも性別が違うのは結構大きいみたいなので、波形が同じであっても反発しあうはずだってグレイズ様が話してました。だから余計にルシオラ様とアルヴィス陛下が契約したことが面白いって。もしかしたらその反発を防ぐようなからくりがあるのかもしれないとも言ってました」
初耳の情報だ。そもそもルベリア王国では、神の契約者が出たということで騒ぎ、崇めているだけでそこに付随する物事を考えていない。ただ過去にいたから今回もそうであろう。その程度でしかなかった。けれども、本当は理由が存在するということであれば。アルヴィスが契約者となった理由が、ルベリア王族であること以外にもあるとすればそれは何か。思い当たることはない。でもたぶんそれは当然なのだろう。この件に関しては、アルヴィスの態度は頑なであるのだから。もしかしたら、それを知ることが今回のエリナが成すべきことなのかもしれない。
「……皇太子殿下は優れた研究者なのですね。そういったお話を聞いたのは初めてです」
「私もですわ。ルベリア王国では人に対するマナの研究はさほど盛んではありませんもの」
「あの人はただの変人です」
口ではグレイズを褒めたたえながら、エリナの思考は別のところにあった。明日、エリナは改めてレンティアースと会うことになっている。問いかけなければならない。彼女が何者であり、何故この国にエリナを呼んだのか。そして、アルヴィスとルシオラとの関係性についても。
笑みを浮かべながらも、エリナは膝の上に置いてある両手を強く握りしめていた。




