15話
本日、10巻の発売日を迎えました!!ありがとうございます(*´ω`)
また記念イラストをXにて公開されましたので是非ご覧ください!
可愛いキャラクターたちで彩られた素敵なイラストを凪先生が描いてくださいました(*´ω`)
「効果があった、か……」
「はい。公国へは内密にではありますが、あれだけ広がっていては一部だけでもすぐに露見することはないと思われます」
例の子爵令息を公国へ移送する際、騎士らの中に影の人間を紛れ込ませていた。現時点ではまだ公都には辿り着いていないが、その途中も瘴気が広がっているところがあれば試してみて欲しいと指示を出していたのだ。そう、レンティアースから依頼された神霊水なるものを使って見て欲しいと。
侍女服に身を包んだままのアンナが膝を突き、執務室のソファーの座るアルヴィスの前にある。この場には二人以外はいない。人払いをしている中だからこそ、アンナも侍女としてではなく影の人間として振舞うことができるのだから。
「部下はそのまま隊に同行。公都の状況も持ち帰るようにと命令してあります。その後、公王とも接触する予定です」
「受け入れてもらえるかはわからんがな」
「承知の上です。ただあちらには負い目がありますから、こちらの要求をはねのけることはできません。それ以上に、藁にも縋りたい状況でもありましょうし」
可能性がほんの僅かでもあるのであれば、それを手に取ることを躊躇わらないだろう。既に危機的状況であるならばなおのこと、為政者として可能性を摘み取ることはしない。アンナの言葉にアルヴィスも頷いた。
足を組みなおしながら、アルヴィスは深く息を吐きだす。
「不本意、ですか?」
「そうじゃない。ただ……俺には待つことしかできないのだと、そう思っただけだ」
「国王である貴方がほいほいと国外に出向かれては困りますから」
アンナの言う通りだ。アルヴィスも、動くべきは王太子であり、国王は留まるべきだと考えていた。その考えが間違っていたとは思っていない。ただ国王としてではなく、一個人としてはこの眼で確かめたいし、自ら指示を出しで動き回りたい。それが許されないと理解していても。
「エリナもそうだ。俺はただ待っているだけ。ここで……報告を聞き、書類に目を通しながら、安全な場所から指示を出すだけだ」
「……」
「お前たちを危険な場所に追いやりながら、な」
そう口にしながら自嘲気味に笑う。守りを固めているとはいっても、エリナとて完全なる安全地帯にいるわけではない。スーベニア聖国は敵国ではないし、あの国がエリナに手を出すとは考えていないけれど、安息の地というわけでもない。そのような地に愛する者を追いやりながら、自分だけがここにいる。仕方ないとわかっていても、焦燥感に駆られてしまう。
「ですがそれが王となるということでしょう」
「あぁ」
「陛下の場合、理解していながらも既に折り合いはつけているのだと思いますが……もし、即位していなければ陛下はどうされていましたか?」
「今の状況でどう動いていたか、ということか?」
王太子のままでいた場合、アルヴィスはどうしていたか。それを考えようとしてから、アルヴィスは首を横に振った。考えたところで意味はない。そのような未来はなかった。都合よく動ける立場になったもしもを考えたからといって、今が変わるわけではないのだ。
「そうそう都合よく、世界が動くわけじゃない。考えるべきことは、あり得なかったもしもではなく、これから起こり得るもしもの方だ」
「そのように即断できるのであれば、悩まれる必要はありません。ただ……一つ申し上げるとすれば、貴方は動くと思いますよ」
「アンナ?」
「じっとここにいて、座っているだけの王ではない。それがアルヴィス陛下だと、俺は思いますから。いずれその時が来るでしょう」
まだその時ではないだけだと、顔を上げたアンナが笑う。アルヴィスも釣られるようにして笑みをこぼした。
「そうかもしれないな。我ながら、じっとしているだけというのは考えにくい」
「近衛騎士の皆様の苦労が想像できます」
「守られるだけの王になるつもりはないさ」
「本当に守らせてくれないから困った人なのですがね」
スッと立ち上がったアンナは頭を下げてから、アルヴィスに背を向ける。
「アンナ」
「私もこの後公国に向かい、部下と合流します。それまでは動かないで待っていてくださいよ」
「わかった。くれぐれも、気を付けてくれ……無事を祈っていると」
もう一度振り返ったアンナは、わざとらしく侍女服のスカートを左手で持ち広げてから、恭しく胸に右手を当て軽く頭を下げた。
「仰せのままに。全ては陛下のため……我ら影にお任せください」
「頼んだ」
「承知いたしました」
その瞬間、アンナは姿を消した。天井裏へと移動したのだろう。一人にしてほしいと人払いをしていたので、中から出てきたのは侍女とはいえ、一体何をしていたのかと勘繰られてしまう。言いくるめることなんて、アンナからしてみれば大したことはないのかもしれないが、逐一説明するのも面倒だ。
再び一人になった執務室で、アルヴィスはソファーから立ち上がると執務机の方へ足を動かす。書類の束は沢山あった。目を通さなければならない。だがどこか億劫になってしまう。
胸元に下げていたペンダントを取り出し、アルヴィスはぎゅっと握りしめた。
エリナがここを発ってからどれくらい経ったか。まだ帰路に着くことはない。それはわかっている。それでも目を閉じれば、微笑んでいるエリナの顔が浮かんだ。
「書類仕事ばかりしていると駄目だな。待つだけの時間がこれほど辛いとは思わなかった」
これまでは待たせる側だった。反対の立場に立たされたのは初めてのこと。だから余計に感じてしまうのかもしれない。ふとした時にエリナの声が聴きたい、そう思ってしまう。叶えられることはないというのに。
「……体調など崩していないといいが」




