閑話 隠された意図
「テルミナ? どうかしましたか?」
「……何でもないです」
部屋に戻ったテルミナは、よほど浮かない顔をしていたのだろう。やけに心配そうな声でグレイズが声をかけてきた。だが今、テルミナの頭の中は困惑でいっぱいである。寝室へと入りベッドに向かって倒れこむ。柔らかな布団に包まれながらも、頭の中ではレンティアースに告げられた言葉が何度も繰り返されていく。
『貴女たちはルシオラを――』
一体どういう意味で言ったのだろうか。テルミナには見当もつかない。そもそもそういった考えること自体がテルミナは苦手である。苦手なことはとことん避けてきた。ただ、最近ではそうもいかなくなってきているのだけれど。その原因の一端となっているのがこの人だ。
「テルミナ、具合でも?」
「……」
流石に今の様子が普通ではないことはグレイズも勘づく。これがエリナだったならば、何でもない風を装っていつも通りに接するのだろうけれど、生憎テルミナにはそのような技術はない。何となく苛立ちを覚えて、傍にあった枕をグレイズへと投げつけた。難なく受け取ってしまうグレイズに対し、口をとがらせてしまう。
「レンティアース殿と何を話してきたのです?」
「グレイズ様、私はやっぱりあの人嫌いです」
「……以前は苦手だと言っていたのに、今度は嫌いですか」
苦手だったのは、得体のしれない感覚の所為。今でもそれは抜けていないし、苦手なのは当然そうなのだけれどそれ以上の感情が溢れ出てくる。
「テルミナ」
「わかってます。ちゃんと伝えますけど、でもきっとグレイズ様だってわけわかんないと思います」
グレイズに隠し事はしない。そもそも考えるのはグレイズの仕事であり、テルミナの仕事ではないのだから。すべて押し付けてしまえばいいのだ。そうすればこの不快な感情も幾分か和らぐ、気がする。
「それで、何をお話してきましたか?」
テルミナはグレイズへ、レンティアースが告げてきた内容をそのまま伝える。そこに含まれる意図のことはわからない。ただそう言われただけだと。黙って聞いていたグレイズは、眉間に皺を寄せて考え込むように腕を組んでいた。こういう時は黙って待つしかない。グレイズが口を開くまで。
「……」
ベッドへと仰向けに寝転がりながら、テルミナは深く溜息を吐いた。この宮殿はどことなく窮屈だ。狭いという意味ではない。そこにある空気がテルミナには合わない。原因はわかっているけれど、口では説明できそうにない。何故なら、原因であるそれが本当は何なのかが、今のテルミナにはわかっていないから。
「テルミナ、今の話はエリナ殿と共有した方がいいかもしれません」
「何でですか?」
「貴女たちと、レンティアース殿は仰った。つまり、それはテルミナと武神バレリアンに対しての投げかけと考えていいでしょう」
複数形で問いかけられたもの。バレリアンは答えられないし、テルミナが彼女に問いかけることもできない。ただ二人の間で感覚は共有されている。あの時、テルミナは一瞬大きな嫌悪感に襲われた。レンティアースに対してのものだった。バレリアンの想いみたいなものが流れてきたのかもしれない。バレリアンはルシオラに対し強い思慕を抱いていた。ゆえにレンティアースの問いかけは、到底受け入れられるものではなかったのだろう。
「でもエリナ様に伝えても……」
「女神ルシオラがこの世に顕現しているわけではありません。ですがその存在は強く意識せざるを得ない。誰よりもアルヴィス殿がそれを強く感じているはずです。それに……それ以上に引っかかりを覚えることがあるのです」
「ひっかかり、ですか?」
どこが気になるのだろうか。テルミナには全くわからない。ルシオラを消したい理由がレンティアースにあるのだとすれば、確かに危ないのかもしれないけれど、そもそもルシオラは女神だ。人が手を触れることもできなければ、その目に映すことだってない。そんな相手をどうしようというのか。
「神様を消すことができるのか、とかですか?」
「いいえ。何故、女神ルシオラの名前は多く出てくるのに、大神と呼ばれるゼリウムの名が出てこないのかということです」
「へ?」
「スーベニア聖国は大神ゼリウムを主神と崇める国。それが各国の共通認識です。ですが、ここに至るまで、その名を口にする者はほとんどいません。宮殿の中も案内していただきましたが、絵姿一つない。それはあまりにも不自然です」
「そう、ですか?」
不自然だとグレイズは言う。崇める相手の姿を求めてしまうのは当たり前のこと。現に、女神ルシオラの像は各地にある。バレリアンとて絵姿は絵物語の中にも残っているし、表現されている姿は違えどその姿を見ることはできた。人は崇め、敬う存在を形に遺したがるもの。実際の姿ではなくとも、想像上の存在として形に遺すものだ。
主神と崇めるのであれば、祈りを捧げる対象としてのモノがあって当然ではないのか。だがそれらしきものはこの宮殿にはない。女神ルシオラの像もないけれど、それは主神ではないのだからと納得するとしても、大神ゼリウムすらないというのは宗教国家として不自然だと。
「人は形あるものにこそ依存します。姿かたちがないものに対して、感情を抱くことは難しいものですから。最も簡単な手段がその存在を遺すことなのです。どこにいるかもわからない存在より、その場にある存在の方が想いを乗せやすい。だからこそ各地に絵姿や像があるのです」
「よくわかりませんけど……」
「例えば、今この場でこれから名前も知らぬ誰かの功績を伝えられ、その人を称えるようにと言われます。一方で、アルヴィス殿が魔物を討伐し国の危機を救ったとします。どちらが貴女は称えたいと思いますか?」
グレイズの例で言うと、知らない人と知っている人。立てた功績は知らない人の方が凄いのだろうけれど、だがそれで終わりだ。でもアルヴィスは知っている人。そちらの方が称えたい感情が強くなってしまうのは確かだった。
「次に会えば、きっと貴女も彼を称える言葉を述べる。ですが見知らぬ人に対しては聞いたその場で終わるかもしれません。有難さを、凄さを感じるのは身近な方です。大神ゼリウムは主神として崇められていますが、それだけです。何を成したかなんていうのは多くの人が知りません」
「言われてみればそうですね」
「実際により多くの信者を持っているのは女神ルシオラです。それはより多くの人々が女神ルシオラを身近に感じているからともいえるでしょう。つまりそうなるようにと先導した者がいるということになります」
「へ?」
大神ゼリウムよりも女神ルシオラが崇められるようにと、意図的に動いた者がいる。グレイズが言いたいことはそういうことらしい。
「ですがスーベニア聖国は大神ゼリウムを主神としている。糸を引いているのであれば、スーベニア聖国の仕業だというのが濃厚ですが、それならばわざわざ主神に据える必要がないのです。その意図が読めない。何かしらの隠れ蓑にされているとは思いますが、そこがちぐはぐに思えてなりません」
「……」
「大神ゼリウム、彼が一体何をして神となったのか。その理由が鍵を握っているのでしょう」
大神ゼリウムが神となった理由。テルミナが知っているのは教会で学んだことだ。でも女神ルシオラの夫君であることくらいしか知らない。女神ルシオラの功績は慈愛と豊穣の女神として、瘴気を初めて浄化したと記されていた気がする。その後も、人々を救うために尽力したと。あくまで物語での中だから事実かどうかはわからない。けれど、その中にもゼリウムという存在は名前くらいしか出てこなかった。
「……バレリアン様は知っているのですか?」
そう何気なくつぶやくと、チリリと頭の奥が痛むような気がした。




