閑話 初めての船旅
船って、足元がふわふわしちゃうんですよね……陸上に降りた時の安心感は半端なかったですw
「エリナ様、あまりそう身を乗り出しては危ないですよ」
「大丈夫よ、サラ」
ルベリア王国の港町、リュングベルを出てから一日。初めての海の上を経験していたエリナは、新鮮な気持ちで景色に嬉しい気持ちを抱きながらも、ほんの少しの寂しさを感じていた。
甲板にいると、直接海風を感じることができる。陸上にいる時とは違って、潮の香りがする風。いつもよりも冷たさを感じさせるそれは、エリナの髪を舞い上がらせていく。それでも初めて見る景色にエリナは目を奪われていた。ふと胸元のネックレスへ手が触れる。かつて、婚姻を結ぶ前にアルヴィスから贈られたものだ。
「とても綺麗な景色だけれど、それでもやっぱりルトとアルヴィス様と一緒に見たかった」
「エリナ様」
それが偽らざる本音である。今の状況でアルヴィスが国を留守にすることはできない。だからこそエリナがこうしてスーベニア聖国に向かうことになった。一見すると平和に見えていても、ほころびができている。そのために、少しでもエリナはスーベニア聖国から情報を得なければならない。
寂しさが消えることはないけれど、今は自分の役割に集中しなくては。エリナはそう己を奮い立たせた。エリナが気落ちしていては、周りの皆にも心配をかけてしまう。案の定、心配そうな顔でエリナを見ていたサラに、エリナは笑顔を見せた。
そうしてエリナはサラと共に甲板を歩く。船の端の方は近衛隊士らが警護していた。先ほどエリナは船の端から海を眺めるためにと少しだけ身を乗り出していた。傍にはミューゼもいたのだけれど、もうやめてくれと懇願されてしまえば強引に近づくことはできない。
「エリナ様はご気分の方はいかがですか?」
「私は大丈夫よ。そういえばフィラリータはどうしているの?」
「船室の方でまだ休んでおられます」
陸上とは違い、船の上は足元がふわふわした感覚がずっとついて回っている。この感覚をなんと説明すればよいのだろう。乗った当初は落ち着かなくて、柱に掴まっていた。一日経過して慣れもあるのか、エリナは大分歩き回ることも平気になったのだが、エリナの専属であるフィラリータが青白い顔をして今は横になっている。船酔いと呼ばれる症状だという。ずっと揺れている感覚が残っており、気分が悪いらしく、横になっていてもグルグルと回っているようで気持ち悪いと。
「小舟に乗ったことはあるとフィラリータも言っていたけれど、それとはまた違う感覚なのよね」
「そのようですね。今は薬を飲んでなんとか落ち着いてはいるようですが」
「それはハーバラ様のお陰ね」
「はい」
ハーバラはそのこういったことも想定して、何かあっても対処できるようにと事前に準備していたようだ。エリナもそういった話を事前に聞いていた。個人差があるため、船に酔うかどうかは実際に乗ってみなければわからない。近衛隊士の中には、小さな船に乗った経験がある者は多いが、大きな船ともなると途端に経験者が少なくなる。
「ルベリアの人たちはあまり船の旅はしないから、こういったことはあまり詳しくないでしょう」
「出る必要もありませんからかとは思います。ルベリア王国は穏やかな国ですから。そこに慣れてしまえば、わざわざ他国に向かうこともありません」
そもそも他国にいくにしても、船を渡る必要はない。ここから船で向かうとすればスーベニア聖国くらいだ。ザーナ帝国へも船で向かうことはできるが、多くの人間が陸路を使うだろう。そこまでの道も整備されている。不安定な地面に揺らされるよりもよほど快適だ。
「今はマラーナのことがあるから、海を使う人もいなくもないとアルヴィス様が仰っていたわ」
「そうかもしれませんね」
マラーナを通りたくない。だから海路を使ってザーナ帝国へ。そういった手段を使う人が増えていたという。エリナが乗っている船は比較的揺れが抑えられている方ではあるが、中には酷く揺れる船もあるらしい。
「この船に魔物が近づくことはありませんから、ご心配はいりませんよ王妃様」
「船長さん」
サラとの会話に割り込んできたのは、この船を任されている船長だった。恰幅の良い男性だ。聞けば、ルークとも旧知だという。
「今回は国王陛下のお力が宿った輝石を使わせていただいているんです。万が一にも、魔物に遭遇しないようにと」
「アルヴィス様が……」
「事前にルークのやつから渡されたものです。元々この船はたくさんの人を乗せるのに使っています。魔物との戦闘は極力避けたいのが我々の想いでもありますんで、近衛隊から融通してもらってはいたんですが」
船を使って移動する人はそれほど多くなくともゼロではない。そのために、近衛隊から安全な航海のためにとマナが宿った石を譲ってもらっているという。マナに長けた騎士も近衛隊には多い。かつてはそこに名を連ねていたアルヴィスは、マナの操作にかけては近衛隊の中でもトップクラスだった。国王となってからも、そういった協力をしていると。
「それは存じませんでした」
「陛下にとっては些細な作業なのかもしれませんな」
けれど、これほど離れていてもアルヴィスの力に守られている。エリナは遠く、ルベリア王国へと身体を向けた。
「ありがとうございます、アルヴィス様」




