8話
夕食を共に、ということでアルヴィスは王城内にある来賓区画からほど近い場所に晩餐の用意をさせていた。国王の執務室に近い場所ともなれば、それだけサリージュを重要視しているとも見られかねない。軽視しているわけではないが、サリージュはただの預かり人だ。あくまでその立場を崩さないために、敢えて中央の位置から外れた場所を指定した。
ディンに連れられて姿を見せたサリージュは、謁見の間に現れた時とは違う装いで現れた。紺色のドレスに桃色のケープを羽織っている。落ち着いた雰囲気はしているものの、何かを決意したように表情が強張っている。
「お招きありがとうございます、陛下」
「いえ、こちらこそご足労いただき感謝する」
向かい側(といっても長いテーブルを挟んでではあるので距離はあるのだが)へ座ったサリージュとグラスを掲げるようにして乾杯をし、食事を始めた。ここまでの道のりやルベリア王国への印象など、当たり障りのない会話をしつつ、ゆっくりと時間は流れた。結局、食事を終えるまでの会話に、公国に触れることはなかった。サリージュも敢えて触れないようにしているのかもしれない。
食事が終わった以上、ここに留まる必要はない。アルヴィスはディンを呼び、サリージュを部屋まで送る様にと指示する。
「承知しました」
「ではサリージュ公女、ごゆっくりお休みを。私はこれで」
「あの!」
アルヴィスが立ち上がったところで、サリージュが声をあげた。その声に改めてサリージュへと視線を送る。ここに来た時と同じように、その表情は強張っていた。
「何か?」
「もし、可能であればもう少し陛下とのお時間をいただけないでしょうか。不躾なお願いをしているのは重々承知しております」
改めて話をしたい。そう告げられてアルヴィスは隣に立つディンと顔を見合わせた。もちろん二人だけでということはできない。サリージュもそれは理解しているはず。少し考える素振りを見せてから、アルヴィスはサリージュへ頷いてみせた。
「わかった。では移動を。ディン、お前は公女の部屋に連絡を頼む」
「はっ」
ここにいる近衛隊士はディンだけではない。レックスも傍にいる。公女の部屋に顔を出したのはディンだったため、連絡役としての指示を頼むことにした。サリージュは自らの護衛をここには連れてきていない。侍女も同じように。ルベリア王国を信頼しているからか、それとも護衛を連れてくるまでもなくサリージュ自身が自衛の手段を持っているのか。公女という立場にしては、迂闊な行動を取っているとしかアルヴィスは思えなかった。だからこそここでアルヴィスとの時間を求める理由もわからない。一体何を考えているのか。それを知る方がまずは先だろう。
応接室へ移動して、向かい合う形でソファーへと座る。先ほどよりも二人の距離は近くなった。その表情も読み取りやすい。離れた位置にはレックスがいる。ディンはまだ戻ってきていないため、室内にいるのは三人だけだ。
「それで、私にお話があるとのことですが公国のことですか? それとも公女ご自身のことで?」
回りくどい言い方はせずにアルヴィスは問いかけた。食事をしながらの会話では触れることのなかった話題だ。敢えて避けるようにしていたとアルヴィスは受け取っていた。いずれ話はしなければならないことだけれど、まだサリージュにとって整理できていないことなのかもしれないと。まだ話をしたくないというのであれば待つ。滞在期間がどれだけ長くなるかはわからないが、時間は十二分にあるのだから。
しかしサリージュはアルヴィスとの時間を求めた。つまり話をしたいということ。その話題ともなれば、公国やサリージュの今後について以外には考えられなかった。
「両方です。私のことも、公国についても……それをきちんと私の口から説明するのが、こちらの無理な願いを聞いてくださった陛下に対して通すべき筋だと思っております」
「そうですか」
「まずはきちんと謝罪を申し上げたく」
「それは不要だ。何度も言うようだが、既に謝罪も礼も受け取っている。その上で公女を受け入れたのはこちらだ。公女自身が罪の意識を負う必要はない」
ウェーバー公国がどれだけアルヴィスに対して罪の意識を持っているのか。それはよくわかっていた。今回の件も身の程知らずだとは思っていない。それとこれとは別問題だ。罪が消え去ったわけではないけれど、ウェーバー公国も巻き込まれ利用されただけに過ぎないことをアルヴィスは良く知っていたから。
「その上で、公女が私に話をということであれば構わない。だが謝罪や礼をということであれば、この場は不要とさせていただく」
「……陛下の御心に心より感謝いたします。では私のことについて、今後のことをご相談させてください」
「わかった」
公国のことではなく、サリージュの今後。ルベリア王国としては保護という名目で滞在してもらうつもりでいる。向こう側にもそう伝えていた。
「私はこの国に骨を埋めても構わないという覚悟でこちらに参りました。二度と故郷の地を踏めなくなることも承知の上です」
「……」
「陛下が側妃という存在を求めていらっしゃらないということは伺っております。承知の上でお願いをいたします。何の見返りもなく保護していただくほどの価値は私にはありません。陛下にとっては見返りではないかもしれませんし、邪魔者に過ぎないことは私もわかっております。その上で、形だけでもお傍に置いていただけないでしょうか?」
サリージュはウェーバー公国の第一公女。万が一にでもウェーバー公国の公王らに何かが起きれば、ウェーバー公国はサリージュのものとなる。その時、アルヴィスの妃の一人であればルベリア王国がそこに介入することができると。マラーナの国土を放棄している時点で、ルベリア王国側がそれを利点として考えていないことなどわかっていること。だがそれ以外にサリージュがルベリア王国に保護してもらうための、対外的な理由が見当たらない。サリージュが言っているのはそういうことだった。善意で保護などしてもらえる関係ではないのだからと。
「形だけといっても、公女はその後誰の下にも嫁ぐ権利を失うということになる。ルベリア王国の王族には離縁が認められていないことは存じているか?」
「存じております」
「……公王にそう命令を?」
「そう受け取っていただいて構いません」
公王の意志でもある。ウェーバー公国の総意でもあるということだろう。アルヴィスは断りを入れた。だが公国の現状を鑑みて、サリージュだけでも助けてやりたいという想いに応えただけだ。ただウェーバー公国からしてみれば、サリージュの言う通り見返りが一切ない状態で助けてくれるなどということはあり得ない。一人の人間同士であればまだしも、これは国家間のやり取り。これを容易に切り捨てることはできない。だがアルヴィスは約束を反故にしたくなどない。初めから答えは決まっていた。その上でサリージュのために出来ることは何か、別の手段を考える必要がある。
「私に公女を迎えることはしない。何度言われようと、私には王妃だけで十分だ。ただ公女の言い分も理解している」
「陛下、では……」
「まずは公国側の状況を公女が知っている範囲で教えてもらいたい。その上で最悪の状況に陥った場合についても考える方向で」
「もったいないお言葉です。私が知る範囲は限られておりますが、お役に立つのであればすべてお話いたします」




