閑話 祖国と責務と
初登場のサリージュ視点のお話になります。
ルベリア王国の王城、そこにある来賓用の区画に招かれたサリージュ。客室は広く、寝室とは別に小さなサロンもあった。バルコニーからは王都を見渡すこともできる。だがここにいるのはサリージュと公国から連れてきた侍女二人。回廊と部屋を繋ぐ扉には、ルベリア王国の騎士が配置されていた。騎士が女性なのはルベリア王国側の配慮なのだろう。
「姫様、マルフ様は護衛隊へと用意された部屋に滞在されるそうです」
「そう……」
「お会いになられますか?」
「まずはルベリア王国側がお父様の意見をどう思っているのかを知ることが先でしょう。マルフ様はあくまで護衛騎士としてのお立場を優先しなくては」
バルコニーがある大きな窓。そこから見える景色を眺めながら、サリージュはここに来るまでに自らの身に起きたことを思い返していた。
ウェーバー公国がルベリア王国に対し贖罪の念がある。当時はまだ王太子であった現国王の暗殺未遂に手を貸したという罪が。自らの意志とは別に動かされ、罪に手を染めた。本来であれば、こちらの意向など無視されて当然だ。どのような面をしてルベリア王国に助けを求めるつもりなのかと、厚顔無恥にもほどがあると。それでもサリージュがここに来ることになったのは、どれだけ恥知らずとなっても構わない。ウェーバー公国の血を絶やさないためならば。ただそれだけである。
「公国も、このように青い空と白い雲……人々の笑顔が共に在りました。私たちはそれだけで良かったのです」
「……」
「ですが今の公国にはもう空を望むことさえできません。黒い靄がかかった空、薄暗い世界に閉ざされてしまったかのように」
いつから始まったのかなど明確には覚えていない。だが公王である父は、マラーナという国がルベリア王国の王太子を陥れたその日から始まったのではないかと言っていた。かつてはマラーナ王国の一部だったことが影響しているのかもしれないと。
「今私にできるのは、この血を絶やさないこと。叶うならばルベリア王家の血筋の中に受け入れていただくことでしょう。そこに私の意志は必要ありません」
そのためにここにサリージュが来た。公王は既に背水の陣を引いている。最悪の事態を想定し動いている。ならばその娘として、その意志を受け継ぐ者として動かなくてはならない。そうでなくては、ルベリア王国に来た意味がない。この国に、サリージュを守る義務も責任もない。ただ押し付けられただけなのだから。
「ウーラ、貴女も出来る限りこの王城の皆様と円滑な関係を築くようにお願いします。ここは公国ではなくルベリア王国です。私たちはこの国に恨まれることはあっても、助けてもらう資格などありません。どのような扱いをされても、決して荒事にしてはなりませんよ」
「承知しております」
「私のことも最低限で構いませんから、皆様のお手伝いができるのであればそのように動いてくださいね」
自分のことは自分で。元より誰かの手伝いがなければ生きていけないわけではない。ここに連れてきた侍女が二人なのも、それが理由だ。最低限でいいからと、父に何度もお願いして成し得たことだった。
「ルル、貴女もお願いします」
「はい、わかりました」
「サリージュ公女殿下、宜しいでしょうか?」
そこへ奥の扉、回廊へ続く扉側から声がかかる。ルベリアの騎士の声だ。サリージュはルルに目配せをし、扉を開けさせた。姿を見せたのはルベリア王国の近衛騎士だ。
「失礼いたします。私は国王陛下直属の近衛騎士、ディン・フォン・レオイアドゥールと申します」
「謁見の間でもいらっしゃったお方ですね。サリージュ・フォン・ウェーバーでございます。どうぞよろしくお願いいたします、レオイアドゥール殿」
向こうは騎士。こちらは公女。だが謁見の前にいた様相から判断するに、彼は国王の側近のような存在だろう。ならば礼を失するわけにはいかない。頭を下げるまではしないものの、サリージュは出来るだけ丁寧に対応する。対するディンは、右手を胸に当てて頭を下げていた。まるでそれが当たり前のように。
「お寛ぎのところ申し訳ありません。今宵、陛下が夕食を共にと。公女殿下が宜しければ」
「わかりました。ありがとうございます。是非ご一緒させてください、とお伝えくださいますか?」
「承知いたしました。では、その際には私がお迎えに上がらせていただきます。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
ディンがわざわざ来てくれるらしい。国王の側近に等しい近衛騎士。その彼をよこしたということから、ルベリア王国側はサリージュを来賓としてもてなしてくれているようだということがわかる。そのような待遇をしてもらう程の価値など、ウェーバー公国にはないというのに。
その真意がどこにあるのか。夕食を共にということであれば、彼から直接聞くのがいいだろう。回りくどいのはサリージュも苦手だ。せっかくの機会を与えてくれるのであれば、それを逃すことはない。叔父からその人となりは聞いているものの、実際にはどういう人物なのだろうか。謁見の間での会話は儀礼的なものに過ぎなかった。あれが全てであるはずがない。
ディンが去った後、サリージュはじっとその扉を見つめる。否、実際にはそれを見ていたわけではない。サリージュが見ているのは、ディンの先にいるアルヴィスという人物だ。




