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閑話 他国からの来賓


 戴冠式の最も大切な儀である戴冠の儀を終え、立食形式のパーティーが始まった。だがこの会場にアルヴィスはいない。今は、大聖堂に出向いている。戴冠の儀を終えたことを女神ルシオラへと報告するために。ゆえにアルヴィスが戻るまで、この場を取り仕切るのはエリナだった。といっても、主役であるアルヴィスが不在の今は、会話と食事を楽しむ時間となっているので、堅苦しい挨拶などはアルヴィスが戻らなければ始まらない。それでも、来賓となった方々に挨拶をするのは当然のことだ。

 エリナは専属護衛であるフィラリータを伴い、来賓たちの下へと足を運ぶ。


「本日はようこそお越しくださいました」

「こちらこそ、このような場に参加できたこと大変貴重な経験をさせていただきました」


 エリナが挨拶をしたのは、ザーナ帝国皇太子であるグレイズだった。グレイズはパートナーとして一人の少女を伴っている。その存在については事前にアルヴィスから教えられていた。テルミナ・フォン・ミンフォッグ子爵令嬢。アルヴィスと同じ立場にあるという少女だ。庇護欲をそそるような可愛らしい容姿を持つ少女を見て、エリナの脳裏にリリアンのことが浮かんだ。どこか雰囲気が似ていたのだ。既にエリナと関わることはない相手であっても、エリナからしてみれば忘れることのできない相手でもある。脳裏に過った想いを振り切るようにしてエリナは笑顔を浮かべながら、深く腰を折った。


「マラーナ王国でのこと、陛下の危機にご助力いただいたと伺っております。遅くなってしまいましたが、本当に感謝してもしきれません。その節はありがとうございました」

「頭をお上げください。私はただ見ていることしか出来ませんでしたから。帝国としても、あの場でアルヴィス殿を失うわけにはいきませんでした。お互いの利害が一致したともいえるでしょう。ですからお気になさらないでください」


 ザーナ帝国として、ルベリア王国の王太子を助けることの方がメリットがあった。結果として両国の友好はより固いものとなり、アルヴィスとグレイズも次期国王同士という以上の関係性を持つことができた。


「私個人としても、アルヴィス殿とは良好な関係を築いていきたいと考えています。ただ、我が国が代替わりするのはまだ先になりそうではありますが……その理由がこの子でもあるのですけれど」

「あ、はい」


 グレイズがテルミナの手を引くようにしてエリナの前へと立たせた。顔を真っ赤にしている様子から、こういった場所は不慣れなのだろうと予測する。それでもやらなければならない。今は大事な外交の場。前に出された以上、やるべきことは一つ。テルミナも意を決したように前を向き、口を開いた。


「は、初めまして! テルミナ・フォン・ミンフォッグ、と申します!」

「エリナ・ルベリア・リトアードです。どうぞよろしくお願いいたします。テルミナ様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「は、はい!」


 元気のよい返答に、隣に立つグレイズから深い溜息が聞こえてきた。令嬢として見た場合、この挨拶は合格点を上げることはできないものだ。テルミナはそれどころではないだろうけれど、グレイズにはそれがわかっている。皇太子のパートナーとして連れてくるにしては、不釣り合いともいえるだろう。それでも連れてこなければならなかった理由。それはテルミナがグレイズの皇太子妃となるためだ。


「テルミナ様、お声はもう少し控えめに。挨拶をする場合は相手の立場にもよりますが、腰を落としつつドレスの裾を持ち上げて」

「は、はい。こう、ですか?」

「はい。大丈夫です」


 エリナと共にいるだけで注目は浴びてしまう。それでもこのままではテルミナが恥を掻くだけだ。ザーナ帝国には恩がある。グレイズにも恥を掻かせるわけにはいかない。


「申し訳ありません、まだ社交には不慣れなものでして」

「初めは誰でもそういうものですから」

「感謝いたします」

「……あの、ありがとうございます、エリナ様。その――」

「私たちはこの辺りで一度失礼させていただきます。あまり引き留めては他の方々に申し訳ありませんから」

「はい、それではまた後程陛下と共にご挨拶させていただきます」


 何かエリナに言いかけたテルミナの口を塞ぐようにして、グレイズは半ば無理やりにテルミナを引き離すようにして連れ立っていった。離れて行ってもテルミナはちらりとエリナの方を何度も見ている。それさえもグレイズに咎められていた。なんとなくだが、二人の関係性が分かった気がする。


「エリナ様」

「今はまだ軽い挨拶程度の場だから、私たちは他の皆様の下に参りましょう」

「承知しました」


 この場においてはフィラリータは令嬢としてではなく、騎士として存在している。当然、口を挟むことはない。それでもテルミナの振る舞いには思うところがあるのだろう。だがこれ以上の手助けはエリナにはできない。他にも挨拶をしなければならない方々がいるのだから。

 そうして挨拶周りをしていると、テルミナと同じくらいか少し年上くらいの少女が目に留まった。どうして目に留まったのか。それはその少女の雰囲気が周囲のそれと全く違っているからだ。この会場に入った時から気にしていた。それでも後回しにしていたのは、この少女が聖国からの客人だったからだ。来賓ではなく、客人。その立場も特別なものではなかった。少女も特段気にしている節もなく、食事を楽しんでいるようだ。エリナが足を運ぶと、食事を止めてこちらへ笑顔を向ける。


「楽しんでいただけていますでしょうか?」

「えぇ、聖国にはない食べ物も多いので、ついつい食べ過ぎてしまいました」

「お口に合ったようで何よりです」


 先ほどのテルミナとは違い、こういった場に慣れている。ほんの少し会話をしただけで、その所作といい、堂々とした立ち振る舞いといい、ただの少女ではないことはエリナにも感じられた。公的な立場を明示されていない以上、現時点においてスーベニア聖国の中枢に位置するわけではないのだろうが、ただの一般人であるわけもない。どことなくシスレティアにも似通った雰囲気から、立場を隠した上での訪問なのかもしれないとエリナは判断した。


「ルベリア王国は、穏やかな国ですね。この王都に来る前にも人々の顔を見てきましたが、その表情を見ればどういった国なのかがよくわかります」

「ありがとうございます」

「それに、王妃様もとても綺麗な方で驚きました。シスレティア陛下がお認めになったと聞いていたので、お会いできるのを楽しみにしていましたの」

「……とても光栄に思います」


 スーベニア聖国の女王の名を呼ぶということは、それなりに近しい関係なのだろうか。であるならば、その旨をアルヴィスが伝えてきてくれるはずだ。それがないということは、口外できない立場なのか。それとも……。


「……ふむ」

「え?」


 ふと少女の纏う雰囲気が変わった。表情が抜け、ピリッとした緊張感がエリナと少女の間に流れる。その鋭い視線を受け、圧力から身体が後ろに引きそうになるのを堪えた。


「一つ、告げておこう。贖い子はその先が短いことが多い。後悔せぬようにな」

「……⁉」


 静かに、その容姿からは想像できないほど低い声で伝えられた言葉。一体どういうことなのか。エリナが固まっていると、その間にその少女は去って行ってしまった。


「大丈夫、ですか?」

「え、えぇ……」



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