7話
少しだけエリナとイチャ付かせたかったんです!
その二週間後、国王が退位する時期は春。新たな年へと変わったルベリア王国の各貴族家当主へとその旨が通達された。
「春頃にはこの子が生まれているかもしれないですね」
「あぁ。重なることもあるかもしれない」
執務の合間に王太子宮へと戻ってきたアルヴィスは、エリナと共に中庭を散歩していた。変わらずゆったりとした服装をしているエリナだが、以前よりも動きがゆっくりになってきている。特師医からの助言も素直に聞き入れ、激しい動きはしないものの庭を散策することが毎日の日課だ。
アルヴィスが常に同行できるわけではないが、こうして時間が空いている時は共にいるようにしている。最近は夜遅いことも多いため、ゆっくりとエリナと過ごせる時間も減ってきているからだ。なるべく傍にいた方がいいというのは、特師医からも言われていることだった。その理由はエリナのお腹の子にある。アルヴィスはお腹の子のマナが動きだすのを感じ、そっと手を添える。落ち着けと言い聞かせるように。
「ありがとうございます、アルヴィス様」
「いいや、この程度くらいしか俺にはできないからな」
「そんなことありません。こうして一緒に居てくださるだけで――あ」
ふとエリナが立ち止まり、腹部を優しくさする。どこか嬉しそうにはにかみながらエリナが顔を上げた。
「エリナ?」
「この子は本当に活発な子になるのかもしれません。アルヴィス様と一緒だと、よく動き回るんです。きっとお父様が大好きなのですね」
そんな風に微笑まれても答えに困る。どう反応していいのかわからずに、アルヴィスは頬を掻いた。
「その、痛まないか?」
「はい。もう慣れてしまいました。それに……こうされると、ちゃんと生きていることを感じられて、実感できるんです。むしろ嬉しく思ってしまいます」
順調に育っているという我が子。服装で覆い隠している部分は多いけれど、そのお腹が大きくなっていることをアルヴィスは知っている。公の場に出ることは避け、執務も最低限。今エリナが優先すべきなのは、お腹の子を守ること。それがわかっているので、エリナも執務をやりたいなどということは口に出さない。その分をアルヴィスが請け負っているとわかっていても。
「それにお忙しいのに、アルヴィス様の手を煩わせるようなことになってしまって……私がもう少しマナの力に長けていれば良かったのですが」
「気にしなくていい。そもそも俺の力が強すぎるのが原因でもある。女神との契約もあって、以前よりも力は強くなってしまったしな……」
「アルヴィス様」
マナの力に敏感になった。感覚が鋭くなった。普段の生活ではさして問題にすることではない。そもそもマナの力の強さは、王族の妃に求められるものではなかった。ただアルヴィスとエリナの差が大きすぎただけだ。それは決してエリナの所為ではない。
「エリナ」
「はい」
アルヴィスはエリナの腰に手を添えて抱き寄せると、そのまま額に口づけを落とした。
「無事に生まれてきてくれればそれでいい。俺には傍にいることしかできないから、せめてそれくらいはやらせてくれ」
「それだけだなんて、そのようなことはありません。傍にいてくださるだけで、私は十分すぎるくらいです」
そういいながらエリナが両手をアルヴィスの頬へと伸ばしてきた。エリナの両手に包まれながら、アルヴィスはエリナの額に己のそれをくっつける。
「ありがとうエリナ。ただ無茶だけはしないでくれ。君と、子どものことだけを考えてくれればいい」
「それは――」
「アルヴィス様、そろそろお時間です! お戻りください」
茂みの奥からエドワルドが呼ぶ声が届いた。予定の時間を少しだけ過ぎてしまっていたようだ。アルヴィスは溜息を吐きながら、エリナから身体を離す。
「それじゃあ俺は戻る。サラ、エリナのことを頼む」
「かしこまりました」
離れた場所で見守っていた侍女、サラに声を掛ければ心得たというように姿を現す。その奥にはフィラリータたちも立っているのがわかった。不満そうな表情でアルヴィスを睨みつけていることに、アルヴィスは相変わらずだと苦笑する。
「いってらっしゃいませ、アルヴィス様」
「行ってくるよ」
最後にエリナの頬に手を当ててから、アルヴィスはエリナに背を向けて歩き出した。
中庭の入口ではエドワルドが複雑そうな表情をして立っていた。時間を過ぎていることを怒りたいが、エリナとの逢瀬を邪魔したくもない。声に出して呼んだことも申し訳なく思っている。そんなところだろう。アルヴィスはエドワルドに近づき、肩にポンと手を置いた。
「悪かった。すぐに戻る」
「いえ」
「気にしなくていい。呼んでくれて助かったよ」
「……はい」
「戻るぞ、エド」
やるべきことは多くある。戴冠式まで二月ほど。来賓も迎えたいが、昨年のマラーナ王国で起きた国葬の件もあり他国から来賓を招くことは慎重にならざるを得ない。害された当事者がアルヴィスだからだ。帝国からは招く予定ではあるが、その他の国をどうすべきか。遺恨を残していないという意志を示し招くことも可能だが、こちらから招待をすれば断ることなどできないだろう。かといって何もしないわけにもいかない。王族に準ずるものを招くのは避けるとして、これまでの建国祭と同様に外相を招き、後日改めてという形にするのが穏便か。この辺りはまだ調整が必要だろう。
「しばらくはゆっくりできそうにはないな」
誤字脱字報告、いつもありがとうございます!!




