6話
昼食を食べてから、アルヴィスは執務室の椅子に深く腰掛けていた。そのまま机の一点を見つめるように微動だにしない。その様子を訝しんだエドワルドがアルヴィスの前に立つ。
「アルヴィス様、どうかされましたか?」
「エド」
「先ほどからそのように。陛下の下からお帰りになってからです。陛下と何かあったのですか?」
「あったと言えばそうなんだが……」
歯切れが悪い。そのようなことアルヴィスとてわかっていた。無論、特段口を閉ざす必要はない。いずれ王城内にいる人間には周知されることだ。アルヴィスは深呼吸をしてから、エドワルドを見上げる。
「先ほど、伯父上から通達された」
「通達、ですか? 一体何を?」
「三か月後、退位すること。そして俺に王位を譲ると」
「っ⁉」
三か月後というのは国王と宰相の中では決定事項なのだろう。正式な日取りもそう遅れずに決まるはずだ。
「そうですか。そろそろだとは思っておりましたが、正式に決まったのですね」
「そういうことだ」
「それで、何故アルヴィス様はあまり浮かない顔をしていらっしゃるんです? 陛下の退位がそう遠くないことなどわかっていたはずでしょう?」
「……あぁ」
エドワルドの言う通りだ。この立場に置かれてから、既にわかっていたこと。エリナと婚姻を交わしてから、さほど時間を置かずに国王が退位することも。己が即位することも。
「では一体どうして、そのように」
「何故と言われると困るんだが……立太子した時は、正直戸惑いの方が大きかった。今はそうだと覚悟しているし、王になるのが嫌というわけでも怖いわけでもない。俺が懸念しているのはそっちじゃないんだ」
「それでは何を?」
「俺が即位する時、それはリティもキアラも複雑な立場に置かれる。キアラは俺が守るつもりだが、リティについては正直どこまでできるか見通せない」
「……アルスター卿とのことですね」
アルヴィスが即位すれば、リティーヌは王女ではなくなる。縁戚関係にはあるものの、リティーヌ自身もここに残ることを望まないだろう。つまりはあと三か月ほどの間に、環境を整えなければならない。リヒトとのことは、ああいう場で宣言したことで国王も受け入れざるを得ない。ひとまず婚約という形まで取り付ければいいと考えていたのだが、その時期を早めなければならなくなる。
「こういう時、確かに貴族ってのは面倒だな。あれこれ体裁を整えなければならない。リヒトが嫌がることなどわかっているのに」
「アルヴィス様」
「シオに後見を頼みたいところだが、あいつもまだ爵位を継いだわけではない。さすがに爵位を持たない相手に後見は頼めない。かといって、他に頼めるかと言えば難しいところだ」
研究室の所長も貴族ではあるが、王女の相手となる人物の後見というと少々立場が弱い。何よりも、当人に負担をかけることをリヒトも望まないはずだ。シオディラン相手ならともかくとして。では他にリヒトを見知った相手であり、なおかつ立場的にも後見となるにふさわしい人物となると……。
「あまり父上を頼りたくはなかったが、そうするしかないか」
「ではベルフィアス公爵家に王女殿下を?」
「いや、リヒトの後見を頼む。リティについては、当人に確認するのが一番だろう。下手にこちらが動くよりもその方がいい」
リティーヌはずっと後宮の籠の中で過ごしてきた。側妃である母親の言う通りにしながらも、その中で自分のやりたいことを見つけていった。その中で得た研究者としての顔。アルヴィスもそれを尊重してやりたい。
「その辺りも含めて、一度リティとリヒトと話をした方がよさそうだな」
「そうかもしれませんね」
「地盤さえ固められればあとは二人に任せるだけだが、せめてそれまでの道筋だけは作っておくさ」
こうしたことに気を配れるのも今だけかもしれない。アルヴィスが即位するにあたって、今の貴族家当主の中でも動きがあるはずだ。元々、国王の退位に合わせて後継に譲るつもりであるという話はよく聞いている。しばらくはルベリア王国全体が慌ただしくなるだろう。
「まさかとは思うが、このタイミングだったのは偶然なのか?」
「アルヴィス様?」
ふと脳裏によぎったのは、スーベニア聖国の次期女王の存在だった。




