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5話


「殿下、大丈夫ですか?」

「……」

「殿下?」


 手を下ろし、アルヴィスは目の前にある棚を見つめた。正確には、そこにある一つの書物を。

 ここに立ち入った時に放っていた光は収まっている。異常は解決したとみていいだろう。だが先ほどの邂逅は一体なんだったのか。あの空間は一体どこか。そもそもあの少女は本当にスーベニア聖国の人間なのか。


「どうかされたのですか殿下? 光は収まったようですが、殿下が触れて収まったということはやはり女神様の――」

「ディン。俺が触れてすぐに光は収まったか?」

「そうですが……」


 ディンからはアルヴィスが触れてすぐに動きが止まったように見えた。それもほんの僅かな間で、何か感じたのかと声を掛けただけだという。それ以上の異変は見られなかったと。


「あの何かあったのですか?」

「いや、何でもない。収まったのであれば、大聖堂も解放して問題ないはずだ。大司教」


 アルヴィスは入口へと振り返り、様子を窺っていた大司教へと向き直った。呼ばれた大司教は居住まいを正す。


「問題は解決した。だが原因となったこの書物は俺の方で預かる。構わないか?」

「それは……いえ、そうですね。その方が良いかもしれません。女神様も殿下が持つことを望んでおられる様子。それは殿下にお預けいたします」

「感謝する」


 大司教が判断を躊躇ったのは、前回アルヴィスが倒れてしまったからだろう。その懸念は理解できる。わかった上でアルヴィスに委ねてくれることには感謝するしかない。書物を手に取り、アルヴィスはそのまま大聖堂を後にするのだった。



 帰りの馬車の中で、アルヴィスは膝の上に置いた書物をもう一度開く。変わらず真っ白な頁ばかりが続く。触れても何の反応も示さなかったので、遠征前に見たものはあれ一度キリとなり、先ほどの少女との邂逅も今は起きることはなさそうだ。


「道具、だと言っていたな」


 ただの書物ではないと思ってはいた。少女の言い方では、帝国にも同じようなものが存在するのだろう。そしておそらくスーベニア聖国にも。仕組みはわからないが、少女は何かを伝えようとしていた。アルヴィスとテルミナへと。


「それにしても贖い子とは、よく言ったものだな……」


 女神からは吾子だと言われたが、あの少女は贖い子だと言った。その言葉の意味。決して好ましい言い回しではない。むしろ嫌悪感を抱かれても仕方がないような言葉を、敢えて使っていたように思える。当然、アルヴィスもその意味に気づかないはずもない。


「伯父上にどう説明すべきか。とんだ置き土産を残してくれたものだよ」


 とはいえありのままを説明するしかない。さほど時間もかからずに王城へと戻ってきたアルヴィスは、その足で国王の執務室へと向かった。既に通達をしていたためか、国王はアルヴィスを待っていたようだ。宰相と共に、アルヴィスを出迎えてくれた。


「アルヴィス殿下、お帰りなさいませ。お早いお帰りでしたが、既に問題は解決したのでしょうか?」

「あぁ」

「してアルヴィスよ、何があったのだ?」


 アルヴィスは大聖堂の奥にある書庫で起きたことをありのまま説明した。問題の書物を国王に見せたが、腑に落ちないらしく首を傾げるばかりだ。それも当然の反応だろう。あの光景を目にしていないのだから。


「余にはよくわからんが、他ならぬお前が言うのだ。それが真実なのだろう。しかし、本当に持ち出してよかったのか?」

「大司教には承諾を得ました。それに同じようなことが起きた場合、俺の手元にあった方がいい。そう思いましたので」

「お前が会ったというスーベニア聖国の次期女王、か」

「にわかには信じがたいことです。殿下のお言葉を疑っているわけではありませんが」


 宰相がそう思うのも尤もだ。実際に邂逅したアルヴィスでさえも、あれが本当にスーベニア聖国の次期女王だったのか信じ切れていない。シスレティアに似ている雰囲気を持った少女。威厳とは違うものを感じた。それこそシスレティアよりも強く。


「スーベニア聖国に確認をしてみることも可能だが、どうする?」

「それはやめておきましょう。彼女も、様子見だったのかもしれません。実際に何かがあるというのであれば、書簡なりが届くはずです」

「国としてであれば確かにそうだが……」

「もう一度邂逅することがあれば、その時にまた判断をしたいと思います。今はまだ、何も確実なことは言えませんから」

「そうか。うむ、そうだな」


 これで報告は終わりだ。アルヴィスは執務室を後にしようと背を向けると、宰相に呼び止められた。


「おまちください、殿下」

「宰相?」

「そろそろ日取りを決めたいと、陛下が仰せです」

「日取り?」


 何の日取りなのか。一瞬疑問符が浮かぶが、直ぐに何を指しているのかを悟る。国王を見れば深く頷いていた。


「お前に第一子が誕生する。それに合わせてが一番いい時期だろう」

「伯父上」

「国民もそれを望んでおる。こたびのマラーナの件も含めて、お前の無事な姿を国民に見せることにもなり、新たな王族を披露する機会ともなろう」


 アルヴィスと共にこの国の新たな風。それを披露する。その時期を定めた。アルヴィスは国王へ視線を真っすぐに向け、右手を胸に当てる。


「三か月後、お前に王位を譲る。良いな、アルヴィス」

「……承知しました」



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