10話
その日の晩餐では、別邸にいるミリアリアとヴァレリアも含めて賑やかな時間を過ごした。当然のことのようにレオナは参加していない。この点について、誰も疑問を唱える者はここにはいなかった。それはエリナも同じだ。
夕食が終わった後、エリナと共にサロンへ向かう途中でアルヴィスはオクヴィアスに声をかけられ、足を止める。
「どうかしたんですか、母上?」
「伝えておくことがあるの。レオナのこと」
アルヴィスとエリナは二人で顔を見合わせた。レオナの立場は二人とも知っている。だからこそ来ない理由にも見当がつく。オクヴィアスがわざわざ何かを言う必要などない。そんな困惑を読み取ったのか、オクヴィアスは困ったように笑う。アルヴィスにとても良く似た顔だ。
「レオナも公爵家の一員ですもの。立場はどうあれ、家族がそろう場所なのだからいても不思議はない、と私は思っているの。それに、アルにとってもレオナはとてもお世話になっているのだから、挨拶くらいはしたいでしょう?」
「……それは、まぁ……」
一瞬、言葉に詰まってしまった。何気ない会話だとしても、オクヴィアスはすべてを知っていると言っているように聞こえたのだ。なんとなく気まずさを覚えるのは、過去のアルヴィスが実の母より義理の母を頼ったからだろうか。頼ったというのは言い過ぎかもしれないが、それでもアルヴィスはレオナの方がより長い時間を過ごしていた気がするのだから、第三者から見ればそう見えるだろう。
「アル、いいのよ。貴方をそうさせていたのは私だもの。気にすることはないわ」
「母上」
「だからこそ、ぜひ貴方からきちんとエリナさんを紹介しなさい。レオナは別邸のテラスにいるはずよ。ヴァレリアたちはまだこちらにいるから、いってらっしゃいな」
今なら弟妹たちに引き留められることも、時間を取られることもなくレオナと話ができる。そういうことだ。確かに夕食は終えたが、まだ空は茜色。時間だけならば十分に余裕がある。しかし別邸までは、同じ敷地内といっても少し距離があった。かといって身重のエリナを連れて馬に乗るわけにもいかない。
迷っていると、エントランス側からラクウェルが姿を現す。
「馬車は用意してある。行ってきなさい」
「父上……ありがとうございます。エリナ、行こう」
「は、はい!」
お膳立てをされているというならば向かわない理由はなかった。アルヴィスはエリナの手を取って、エントランスへと向かう。ベルフィアス家の侍従長へエドワルドへ伝言を頼むと、そのまま馬車へと乗り込んだ。
「あのアルヴィス様、先ほどお義母様が、レオナ様にアルヴィス様がとてもお世話になったと仰っていましたが、それは一体……」
「……逃げ場だったんだ、レオナ殿のところは俺にとって」
「逃げ場、ですか?」
「あぁ。そう表現するのが一番正しい気がする」
そうアルヴィスが言葉にしたところで馬車が止まる。別邸に着いたのだ。扉を開けてアルヴィスが先に馬車を降りてから、エリナへ手を差し出す。二人が降りると、御者は頭を下げて馬車と共に去っていった。
ベルフィアス公爵家別邸。本邸と比べればこぢんまりした印象があるけれども、貴族家の屋敷としては十分な大きさがある。アルヴィスにとっては見慣れた屋敷だ。
「ここが別邸、ですか。とても大きいですね」
「曲がりなりにも王族が住む場所だったからだろうな。先代の公爵がどういう人だったかは知らないけれど、ベルフィアス家は常に臣籍降下した王族が受け継いできた家だから」
「そうですね」
屋敷の扉を開けば、執事姿の老人が立っていた。この別邸の管理を任されている人物で、アルヴィスもよく知っている人物だ。
「よくおいでくださいました、アルヴィス様」
「久しぶりだな、マール」
「はい、お久しぶりでございます。大きくなられましたな……」
「……」
最後にここを訪れてから、そこまで変化はないとは思うが、否定することはしなかった。彼からすると、アルヴィスはまだまだ子どもだとわかっているから。
「マール、俺の妃のエリナだ。エリナ、彼は別邸の管理を任されているマール・ツヴァイクだ」
「エリナ、です。よろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます。マール、とお呼びください。まさか、生きているうちにアルヴィス様の奥方をこの目に見る日がくるとは思いませんでしたが」
目じりを拭う仕草をするマールに、アルヴィスは溜息を吐く。感動はしているかもしれないが、泣いているわけではなく演技である。アルヴィスとて、妻となる相手をここへ連れてくる日が来ることは想定していなかったので、マールの言葉を否定することはできない。それでも大げさな仕草をされれば気恥ずかしい。
「演技はいいから、レオナ殿のところへ案内してくれ」
「嘆かわしいことを仰る。この爺は本当に感動しておるのです」
「わかったから……それはもういい」
「うふふ」
そうやり取りをしていると、隣にいるエリナが笑い出す。
「エリナ?」
「すみません、なんだかアルヴィス様の反応が珍しかったもので。とても楽しそうだなと」
「からかわれているんだよ」
「でも楽しそうです。それに……いえ何でもありません」
ふと何か気になったらしいエリナが言いかけるものの、それ以上言葉を続けることはしなかった。アルヴィスが怪訝そうに顔を向けるが、エリナは首を横に振る。ここでいうことではないということだろうか。
「今はレオナ様のところへ向かいましょう」
「あ、あぁ。そうだな」
確かにエリナのいう通り、ここへ来たのはレオナに会うため。まずはそれを先に済ませなければならない。
「ではご案内いたします。こちらです」
別邸の構造は把握している。アルヴィスも知っているテラスへの道筋そのままにテラスへと案内された。庭園を見ながら座っている女性がいる。そう、彼女がレオナだ。
マールが傍まで近づき深く腰を折った。
「レオナ様、アルヴィス様とその奥方エリナ様をお連れいたしました」
「ありがとうございます。マール、お茶の用意をお願いしますね」
「かしこまりました」
マールはレオナ、そしてアルヴィスたちへお辞儀をして、その場を去る。残されたアルヴィスはレオナへと近づいた。すると、座っていたレオナが立ち上がりこちらへと体を向ける。
「アルヴィス殿下、そしてお初にお目にかかりますエリナ妃殿下。レオナ、と申します」
アルヴィスとエリナへ視線を交互に向けて、レオナは深々と頭を下げた。




