7話
それから日々は過ぎ、あっという間に出立の日を迎えた。今回の視察は同行者が多い。エリナだけでなく、第二王女キアラも一緒だ。別々の馬車で向かうことも考えたが、今回はキアラとエリナ、そしてアルヴィスは同じ馬車で移動することとなった。護衛という点から見れば、その方が好都合だったからだ。
「わぁ! ここが王都の外なのですね、エリナお姉様!」
「えぇ。この先は――」
目を輝かせながら馬車の外を見つめるキアラ。隣に座るエリナに話しかけながらも視線は常に外に向けられている。エリナも嬉しそうにキアラへと相槌を打ちながら、キアラにこの周辺について説明をしていた。向かい側に座る形で二人を眺めていたアルヴィスは、自然と頬が緩む。
両親から離れて馬車での移動も初めてだろうし、王都から出るのも初めてのキアラにとって何もかもが真新しく映っているのだろう。キアラにとっての世界は王都だけ。王都の入口である門を出た先は初めて見る世界。エリナの説明を聞きながらキアラはそれでも楽しそうだ。
「エリナお姉様はこの先の街へ行ったことがありますか?」
「ありますよ。でもあまりゆっくりしたことがないので、私もご案内することはできませんけれど」
「そうなのですか? ではアルヴィスお兄様は知っていますか?」
会話の矛先がアルヴィスへと向けられてしまう。名指しされれば答えないわけにもいかないと、アルヴィスは苦笑しつつ答える。
「それなりに行ったことはある街だが、詳しいという程ではないな。立ち寄ることはあっても泊まることはないから」
「そうなのですね」
今回はエリナの体調と、キアラの初めての遠出ということを踏まえて休息する時間を多く設けている。アルヴィス一人ならば素通りする街へも立ち寄る予定だ。
「興味があるなら少し街並みを見る程度なら歩いてみるか?」
「いいのですか?」
「長時間は無理だし徒歩になってしまうが、それでもいいなら構わない」
服装もフードを被るなどして周囲を気にする格好をする必要はある。本当に歩くだけにはなってしまうが。
「私、行きたいです!」
「私は待っていますので、お二人で行ってきてください」
「エリナお姉様は一緒に行かないのですか?」
「はい。でも帰ってきたらお話を聞かせてくださいね。楽しみにしていますから」
キアラに笑みを向けていたエリナがアルヴィスの方を見て頷いた。アルヴィスもそれに頷きを返す。アルヴィスに自衛の手段はあっても、エリナとキアラは違う。近衛隊士が守るにしても大事にはしたくないので人数も最低限。エリナは己の状況と照らし合わせて待機していた方がいいと判断した。アルヴィスも当然エリナを連れていくつもりはなかったし、エリナが付いてくると言い出すとも考えていなかった。
「でも私だけ――」
「外の世界を知るのはとても楽しいことですし、キアラ様にとっても大切なことだと思います。せっかくの機会ですから」
「……」
「キアラ」
それでも納得がいかない様子のキアラに、アルヴィスが声をかける。申し訳なさそうな寂しそうな、そんな表情をしたキアラにアルヴィスは告げた。
「お兄様?」
「エリナも観に行きたいだろうが、それは今は無理なんだ。だからその分、キアラが見てきてそれをエリナに伝えてほしい。その方がエリナは喜ぶ」
「本当、エリナお姉様?」
アルヴィスの言う通りなのかと、キアラはエリナを見上げる。エリナはそんなキアラの手を取った。
「はい。教えてくださると、私も嬉しいです」
「わかりました!」
納得したキアラを見て、アルヴィスは再びエリナと顔を見合わせた。ベルフィアス公爵領への視察が名目ではある。だが、キアラを同行させた一番の目的は王都の外の世界をキアラに見せること。それがキュリアンヌ妃の希望だ。ならばキアラが興味を示したものがあれば可能な範囲で動いてやりたい。出発前にそんな風に話したアルヴィスに、エリナは賛同してくれていた。これもその範囲内である。
その後、目的の街へ到着してアルヴィスとキアラは街を散策する。買い物をするでもなく、本当にただ歩いただけ。それでもキアラは終始楽しそうにしていた。馬車に戻るなり、エリナにずっと話しかけているくらいには。
そうしていくつかの街を通り、二日が経過した。見えてきたのは、アルヴィスの故郷であるベルフィアス公爵領。久々の姿に、本当に帰ってきたのだとアルヴィスは感慨深い気分になった。
帰ってくるつもりはなかった。学園に入学して、卒業して……そのままこの地とは別れるつもりだった。それをこうしてもう一度足を踏み入れることになるとは。
「アルヴィス様?」
「いや……何でもない」
アルヴィスが抱く複雑な想いなど、エリナにはお見通しかもしれないが。何も言わないアルヴィスに、エリナがそれ以上聞くことはなかった。
ベルフィアス公爵領都、ベルラント。その領主屋敷、ベルフィアス家に一行は向かっていった。




