14話
前日のお話です。
王立学園の卒業式が無事に終わり、いよいよといった風に王城内も騒がしくなってきた。浮足立ってきたとも言える。いよいよ明日に式が控えているからだろう。
そんな城内の空気に当てられたのか、アルヴィスは私室の窓際に寄りかかりながら外を見ていた。窓の下を見下ろせば、近衛隊や侍女たちが動いている姿が見える。近衛隊が見回るコースでもあるため、彼らがいることは不思議ではない。少しばかり浮かれているようにも見える彼らの姿には苦笑いが出てしまうが。
彼ら近衛隊や侍女たちが行っているのは、最終準備だろう。エリナを王城へ迎えるための。この部屋はアルヴィスの私室ではあるが、婚姻後に暮らすことになる部屋はここではない。王太子夫婦へと用意された一画へ移動することになる。後宮よりは手狭ではあるが、二人が暮らすには申し分ない広さがある。使用人たちを含めても、十分すぎるほどだ。内装などに、アルヴィスは一切の口を挟んでいない。そこで一番長い時間を過ごすのは、エリナだ。ならば、彼女が過ごしやすい内装の方がいいだろうと、その辺りはイースラと王妃へと一任してある。初めて足を踏み入れるのは、エリナと同じ時というわけだ。
「こちらにいらっしゃったのですか」
「エド?」
扉を開ける音がしたかと思うと、そこにはエドワルドが立っていた。その腕には資料を抱えている。
「てっきり執務室にいらっしゃると思ったのですが」
「あぁ、悪い。今向かおうと思っていたところだ」
今は昼過ぎだ。昼食後に一息吐きたくて、アルヴィスは私室に来たのだが思いの外時間が経っていたらしい。窓際から身体を起こすと、アルヴィスはエドワルドの元へ歩み寄る。そして腕に抱えていた資料を取った。
「これは追加か?」
「いえ、近衛隊より最終確認をということで預かってきました」
「そうか、わかった」
今回の行事は、アルヴィスも主役の一人。だが、迎える側でもある。結婚式というのは、大体が花嫁のためにあるようなものなのだから。
最終確認として渡された資料に目を通しながら、アルヴィスはエリナのことを考えた。もうそこまで式の日は来ている。彼女はどのような想いで過ごしているのだろうかと。リトアード公爵家でも、準備に忙しい日々を送っているのだろうか。とはいえエリナが準備するものなど、ほとんどないだろうが。
「アルヴィス様?」
「いや、何でもない」
「もしかして、緊張されています?」
「……俺がか?」
エドワルドの指摘に、アルヴィスは一瞬反応が遅れた。緊張など、生まれてこの方ほとんどしたことはない。強いて言うならば、騎士団に入団するときのテストは多少なりとも気を張っていたかもしれないが。
アルヴィス自身はいつも通りに過ごしている。公務もこなしているし、こうした準備にも手を緩めることなく動いているつもりだ。
「何となくですが、いつもより考え事が多くなっているように見受けられます」
「そう、だろうか?」
「ご自分ではお気付きではないかもしれませんが、落ち着かないときはいつも首に右手を当てています。今日は特に多いですよ」
自覚がないが、エドワルドが言うならばそうなのかもしれない。そう思いながら、意識してみると確かに首回りに手を当てていた。半ば無意識の行動だ。アルヴィスは手を下ろして、ため息を吐いた。
「いよいよですから、仕方ないと思います」
「かもしれないな。こういった大規模な行事は裏方にいることが多かった。表に出る様になって、少しは慣れてきたと思ったが……結婚式は別物だな」
「当然です。……この先、他の側妃を召し上げられたとしても、こうして式をされるのは今回だけでしょうから」
「そういうこと、エリナの前で言うなよ」
「わかっております」
今は、まだ早い。アルヴィスはそう考えている。それはエリナの心情だけでなく、アルヴィス自身にとってもだ。いつかは必要だとわかっているが、まだお互いに時間が必要だろう。
公爵家に生まれた以上は、相手を選ぶことは出来ない。今は王族に変わったが、それでも相手を選ぶことが出来ないことに変わりはなかった。その相手にアルヴィスは好意を持った。それだけでも、僥倖といえるだろう。加えて、相手からも好意を抱かれているともなればこれに勝るものはない。結婚というものに、興味があったわけでも理想を持っていたわけでもないが、これだけは恵まれていると思った。
「……ジラルドに感謝すべきなんだろうな」
「え?」
「こっちの話だ。ほら、いくぞ」
「何か腑に落ちませんが……まぁいいです」
先を歩くアルヴィスを追いかけてくるエドワルド。これが、独身でいられる最後の日となる。この事実が、少しばかり擽ったいと感じてしまうのは、アルヴィス自身が明日を楽しみにしているからなのかもしれない。
まだかよ、って思った方がいたら申し訳ありません。
次がいよいよになります!!
いつも誤字報告等ありがとうございます!ご指摘くださりいつも感謝しております。