第十六話 自立
私達が大天使国に逃げ帰ってきたのを見て、リショウは激怒した。
「戦わずして、逃げ帰ってくるとは何事ですか!」
「リショウ様。イフリートが敵に回っては、とても勝てません」
「たかが、精霊一匹ですぞ。勝てないとは情けない。ギリュウが可哀想ではないか」
ギリュウが可哀想! 私はギリュウのために戦っているのではない。それに、リショウもギリュウと同じでイフリートの恐さを知らない。
「私に従う者を無駄死にさせるわけにはいけません」
「何を言っている。上に立つ者のために部下が死ぬのは当然ではないか」
リショウは平然と言い放った。どうして、こんな者達のために命を懸けなければいけないのか。
私はリショウらと一緒に戦う事に虚しさを感じた。これ以上の議論は無駄である。
「とにかく、イフリートと戦うためには準備が必要です。一度、国元に戻ります」
私は、リショウとは手を切るつもりだった。
暫くすると、秀光やキノフジも帰還してきた。私はキノフジと抱き合って生還を祝った。
「乃菜。ちょっと話がある。二人になれるか?」
秀光がいつになく真剣な顔で私を誘った。
「いいわよ」
私達は人気のない丘の上に向かった。
「おじさん。まず、私から話しをさせて」
丘の上の草むらに腰を下ろした。丘の下には大天使国が広がっている。
「なんだ」
秀光も私の隣に腰を下ろす。
「おじさん。リショウはダメよ。リショウじゃ、この世界を治められないわ」
「そうだろうな―」
「そうだろうなって―。おじさん、周りが支えればどうにかなるって言ってなかった」
「あの時はそう思ったんだけどなあ……」
「おじさんには悪いけど、私はリショウと手を切るわよ」
「ああ、賛成だ。俺はあんたについて行くぜ。契約の首輪も消えて無くなった事だしな」
「何か拍子抜けね。もっと反対されると思っていた」
「俺もあんたと同じ事を考えていたからな。よし、次は俺の番だな。乃菜。あんたに見せておくものがある」
秀光は真面目な顔で一枚の地図を広げた。
「何? 日本地図? こんな物も向こうから持ってきたの」
私には珍しくもない日本地図を勿体ぶって見せる秀光の考えがわからない。
「乃菜。これは日本地図じゃない。この世界の地図だ」
「えっ。おじさん、何言っているの? これって、日本地図よ」
秀光の顔を見る。
「だから、この世界と日本は同じ形なんだ」
秀光の言葉に私は驚いた。そして、大きな驚きと共に、俄然、興味が湧いてきた。
「えっ。本当? 本当なの。じゃあ、今、私達って何処にいるの?」
「この辺かな」
秀光が京都の辺りを指さす。
「大天使国は京都かあ。じゃあ、ドワーフ国は岐阜あたりね。ゴブリン国は名古屋、ケンタウロス国は岡崎辺りで、ドライアド国は奈良……。……」
そこまで言って、私はある事に気が付いた。秀光は黙って私を見ている。
「この世界が、もし戦国時代の日本だったとしたら、ゴブリン国が織田、ケンタウロス国は徳川。斎藤がドワーフ。大天使は足利。フェアリーは浅井で、エルフが朝倉。それに、ドライアドは松永、アンデッド国は本願寺、賢者国は比叡山、ドラゴン国は武田よね。そして、今はないけどリザードマン国が今川……」
「気が付いたか。織田信長は今川義元を桶狭間の戦いで討って今川を退けた」
「私はギモトを討って、リザードマンを退けたわ」
「そして、織田は徳川と同盟を組む」
「ヘイゲンね」
「信長はその後、斎藤龍興から美濃を奪って岐阜と改めた」
「斎藤道三は息子の義龍に討たれたけれど、それは桶狭間の戦いの四年前。信長が美濃を取ったのは義龍の子供の龍興の代になってからよ。シンクロやギリュウとは少し違うわ」
「それでも、あんたはドワーフ国を手に入れた。それから、信長は、頼ってきた足利義昭を頂いて上洛し、義昭は将軍の地位についた」
「おじさんは、やっぱり明智光秀ね。私を殺すの?」
織田信長と足利義昭を結びつけたのは、義昭の家臣であった明智光秀だ。
「違うぜ。俺の名前は秀光だ。光秀とは逆。俺はあんたを絶対に裏切らない」
前にも聞いた言葉だった。
「信長はその後、朝倉義景を攻めるが、浅井長政の裏切りに会い敗走した」
「今の私みたいなものね。でも、少しずつ違うわ」
「細かい所は、確かに違うが、歴史は織田信長が生きた戦国時代に添って動いている。俺たちはそのためにこの世界に召喚されたんじゃないかと思うんだ」
「私に織田信長の役目をさせようとしているっていうの。それは無いわ。そんなの無理よ」
「でも、これまでは織田信長の代わりになってきたじゃないか」
「これからは無理よ。イフリートには勝てないもん」
「イフリートはどうにかなる。作戦は考えている」
「本当? でも、イフリートがどうにかなっても、ゴーレムやアンデッドやドラゴンと戦う事になるのよ。勝てるの?」
「まあ、どうにかなるんじゃないか。あんたが織田信長なら……」
「また、いい加減な―。おじさんは武智秀光で明智光秀に似た名前だけど、私の名前は織田信長と全然似ていないわよ」
「折田乃菜。オリタノナは、オダノナとも読めるよな。オダノブナガと被ってないか?」
「そんなの屁理屈よ」
「あんた、リショウと手を切るって言ったじゃないか。それは、あんたがこの世界を治めるって事じゃないのか? それが、ゴブリン達との契約だろう」
「それは、コブリンの住む世界を平和にするのが私の使命だけど……」
「とにかく、あんたが好まなくても歴史は動いて行くぜ。覚悟を決めろ」
「他人の一生を勝手に決めないでよ」
「歴史があんたを必要とするなら、歴史があんたを守ってくれる。契約の首輪の力だ」
「はあ―。契約の首輪の力なんて眉唾だって言ったのはおじさんじゃない」
「あー。博打には効果なかったなあ」
「もう、いい加減なんだから」
「あの頃は、俺も自分の考えに自信がなかったのよお。でも、あんたと一緒に行動して、日本の戦国時代をなぞって この世界の歴史が動いて行くのをこの目で見てきた。これからも きっとそう動くと考えるのが普通じゃないか?」
確かに、これまでの私が辿った軌跡は織田信長に重なる。もし、秀光の言う通りなら、これから周りの全ての国が敵に回り、未曾有の危機を向える事になる。
リショウと手を切るとなると、そういう事態も十分考えられ、それも覚悟しなければならない。
私は一晩考えた。結論は、自身の手で天下静謐をもたらす事だった。リショウに任せていては、決して天下は静謐とならない。
歴史とは関係なく、ゴブリンとの約束を果たすには、自分の手でこの世界を統一するしかないと思った。
私は今後の事を相談するため、主だった者、秀光、キノフジ、カツエ、リンツウ、ヘイゲン、アンシュウ、カゼン、ヨウテツを集めた。
「みんな。私はドワーフ国に帰えろうと思います。そしてリショウとは手を切るわ。意見のある者は言ってちょうだい」
「手を切るとは、リショウ様の命令には従わないという事ですか?」
リンツウが発言した。
「そうよ」
「それでは、リショウ様に従う国々と敵対する事になりませんか?」
「覚悟の上よ。私は、私の手で天下を静謐にする」
「乃菜様がそう言われるのなら、私に依存はございません」
そう言ったのはカツエだった。
「賛成」
「賛成」
「乃菜様にお任せします」
「賛成です」
その後、みんな口々に、賛意を述べる。他の皆もリショウやギリュウが嫌いだったみたいだ。
「分かったわ。それじゃあ、明日 出発するので、そのつもりでいてね」
次の日。私はドワーフ国の帰路についた。今までは、周りの状況に流されて戦ってきたが、これからは、私の意志で戦う。周りを私に従わせるための戦いだ。改めて決意を固めた。




