第十三話 妖精
フェアリー国は大きな湖の畔にあり、そこでフェアリー百人が合流した。フェアリー国の国王はイチョウという名だった。身長三十センチほどで背中の羽で空を飛んでいる。ほとんど戦力になるとは思えなかった。
イチョウも交えて、対オーク戦の軍議を開始する。
「皆さま、オークは五メートルを超える巨体。大きな斧を振り回して戦います。これと如何にして戦うか? 皆様のご意見を聞かせて頂きたい」
秀光が口火を切る。
「オークなんて、私達に任せてもらえれば、ちょちょいのちょいよ」
イチョウが軽口を叩く。
「イチョウ殿。失礼ながら、その小さな身体で何が出来まする。しかも軍隊は百名と聞いております。オークは五メートルの巨体で三千を超えますぞ」
カツエがイチョウをたしなめる。
「私達にはイフリートがいるわ」
「イフリート!」
リンツウが驚いた顔でイチョウを眺める。
「知っているの?」
私はリンツウに小声で訊いた。
「はい、噂だけ」
小声で答える。
「強いの?」
私の問いに、リンツウは真顔で頷いた。
「イフリート? 何ですかなそれは?」
離れた場所で、私達の会話を聞いていないリショウが口を挟む。
「知らないの。炎の精霊よ。貴方ほんとうに大天使の子孫?」
イチョウは自分達の自慢の精霊を知らないリショウに腹が立ったみたいだ。
「なんと失礼な!」
リショウが顔色を変えた。
「昔は大天使も召喚できたと聞いたわ。その背中の羽は伊達? 空、飛べる?」
「羽は空を飛ぶためのものではありませぬ!」
「空、飛べないの? もしかして、高所恐怖症? アハハハハ……」
イチョウはリショウを完全にバカにしている。リショウは顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「まあ、それならイチョウさんに先鋒をお任せしましょうよ」
私は慌てて取り成した。リショウはそっぽを向いて黙り込んでいる。
「ねっ。リショウ様。いいでしょ。ねっ」
私は必死でリショウの機嫌を取った。
「まあ、乃菜殿がそう言われるなら……」
リショウが渋々納得し、結局、先鋒はイチョウのフェアリー隊と決まった。
いよいよオーク国に向かって進軍を開始する。当初、私は甲冑を付けないでいた。
「なんだ。あんた、甲冑を付けないのか?」
秀光が不審そうに尋ねる。
「甲冑はどうも窮屈なのよ。私はこれがあるし……」
そう言いながら、契約の首輪を指さす。
「契約の首輪?」
「そう。これで私の運は凄く上がっているので、攻撃は当たらないのよ。弓矢なんか私の側をすり抜けて敵に当たったんだから……」
私は得意げに秀光に言った。運がよくなければ今の私はない。
「あんた。それ信じているのか?」
秀光は驚いた顔で私を見る。
「えっ、違うの?」
「俺も運があがるって聞いてよ―、博打に出かけたんだが、サッパリだった。ケツの毛までむしり取られてしまったぜ」
「本当?」
「本当よう」
「そう……」
キノフジを信じた私がバカだった。慌てて、甲冑を付ける。
軍隊は進行を開始したが、ここからは戦闘が始まるため、リショウは側近たちとこの地に残った。
軍隊は大きな湖の横を抜け、平原に出た。平原の向こうにはオーク軍が集結している。五メートルを超える巨体が密集し、そこは広大な丘のように見えた。
「イッパ! 大丈夫か?」
秀光は、火縄銃を構え銀狼に跨るイッパに声をかけた。イッパにとって、この戦いは初陣だ。さっきから震えが止まらないでいる。それは、恐怖のためか、武者震いなのか、本人もわかっていないだろう。
「はい」
イッパはそう答えるが、その声は切羽詰まっており、余裕は感じられない。
「そうだ! これを遣ろう」
秀光は懐からお守りを取り出した。
「何ですか? これ?」
「俺が前にいた世界の物だ。これを持っていると神様が戦いを勝利に導いてくれる」
「えっ! そんな大事な物、頂いていいんですか?」
「ああ。一緒に戦うんだ。俺が持っていても、お前が持っていても同じだろう」
「はい! ありがとうございます」
イッパは頭を下げた。
お守り。秀光が召喚される前に奥さんのためにもらったお守りに違いない。だとしたら、あれは安産のお守りだ。秀光は まったく調子がいい。
「あっ! 師匠! 震えが止まりました」
「そうか! しっかりと気張れよ!」
秀光の顔がほころんだ。
そうしている内にオークの大軍がゆっくりと動き始めた。
「それじゃあ、私達に任せてもらうわよ」
先鋒のフェアリー百体が前に出た。五十体ずつが一列になって、DNAの二重螺旋のように交差し、飛び交い球を作る。やがて、その球の中に十センチ程の赤い物体が浮かび上がった。フェアリーより一回り小さい。
「あれが、イフリート?」
私はその小ささにがっかりした。しかも、百人掛かりで一体だけ……。強いって本当?
「行け!イフリート!」
イチョウが叫ぶ。イフリートはオークに向かって飛んでいく。速い! 銀狼と同じくらいの速さだ。オークに近づくと、イフリートの身体が急に膨らみ、オ-クと同じ大きさになった。炎で自分自身の身体を形作ったのだ。
オークが斧でイフリートを切りつけるが、炎を切るだけで、またすぐに元に戻る。本体は十センチ程しかないのだ。いくら斧を振り回しても当たるものではない。最初の一体がイフリートの炎に飲まれて崩れ落ちたのが見えた。数体のオークがまだイフリートを囲んで、斧を振り下ろしている。仲間が倒れても戦意は全く衰えていない。しかし、イフリートはオーク達を次々と炎の中に呑み込んでいった。
「イフリート、凄いわ。うちの魔導士もあれぐらいの召喚が出来れば、もっと楽なのに!」
キノフジによく聞こえるように言ったが、キノフジは聞こえないふりをしていた。
オークはイフリートとだけ戦っているのではない。オークの大群が本隊に向かって動き出した。あたかも丘が動き出したように見えた。
キノフジが指揮する騎狼隊がオークに向かって走り出す。イッパもこの隊の一員して走っている。
「撃てー!」
射程圏内に入ると鉄砲と弓矢の一斉射撃を行った。的が巨大なだけ、ほとんどが命中したが、オークは全く怯まない。手負いとなりながらも、前進を止めなかった。
「キノフジ様。眼を狙います!」
イッパはキノフジの返事を待たず、一騎でオークの目前まで進み出てオークの片目を撃ち抜いた。オークはその場に倒れ込む。
「よし!」
イッパは笑みを浮かべ、次の銃弾の弾込めをしながら戻って来た。また、行くつもりだ。
「イッパ! 勝手な事しないで!」
キノフジは、その腕前を関心しながらもイッパを叱った。
この戦いは騎狼隊だけで戦っているのではない。騎狼隊が止めを刺す必要はないのだ。それより、一体でも多くのオークを手負いとし、後に控えるゴブリン槍隊に引き継ぐ事が重要だ。
それなのに、イッパが単騎で飛び出したため イッパに当たらないよう射撃できないでいる。
「す、すみません……」
イッパは、普段は優しいキノフジに叱られ恐縮した。素直にキノフジの言葉に従う。
騎狼隊は、銃弾と弓矢を打ち尽くすと後退し、続いて、タキマの弓隊がオークに対して斉射を始める。オークの身体には何十本もの矢が突き刺さり、銃創からは、血が噴き出ている。それでもオークは倒れない。
そこに、ゴブリン槍隊が駆けこんだ。勇敢にも、間合いを取りながら、倍以上の大きさのオークに対し、槍を突き立てる。銃弾と弓矢に加え、カゼンの槍の攻撃で、ようやくオークは倒れ出した。
ドワーフの歩兵隊は坑道を掘ってオークを迎え撃っている。モグラ叩きのように穴から顔を出してオークの足を剣で突く。オークは五分の一程しかない大きさのドワーフに翻弄された。
そこにドワーフ鉄砲隊と弓隊が射撃を開始する。オークは倒れない。射撃が終わり、ケンタウロス隊の出番だ。オークに向かい全速力で突入する。
ひとまわり大きいオークに対してケンタウロスは斧を振り上げ、よく戦った。力では負けるケンタウロスは、スピードでオークに対抗している。
ドワーフの足へ攻撃に加え、ケンタウロスの攻撃でオークは少しずつ倒れだした。
数時間後、ほぼ勝負はついていた。しかし、オークには恐怖心というものがないらしい。最後の一体になるまで向かってきて、そして全滅した。戦場を見渡すと、イフリートが通った跡は、黒く焦げたオークの死体が、点々と転がっている。イフリート一体でオークの三分の二を倒していた。
「イフリート戻れ!」
イチョウが命じると、イフリートは炎を消しフェアリーの元に戻ってくる。その周りをフェアリーは隊列組んで、再び球状に飛び出した。そして、イフリートは消えた。
「どう」
イチョウが自慢げに私達を見る。
「おじさん、エルフより最初からフェアリーに頼んだらよかったのに……」
「そうだな。俺もそう思う」
秀光も唖然としてイチョウを見つめてた。
私達はそのままオークの村に侵攻した。村に残っている者は、前線に出撃した者と打って変わって、おとなしかった。オーク軍の全滅を知ると、非常に悲しんだが、私達に刃向かう事もなく降伏した。
大天使国はもう直ぐそこにある。




