第十一話 秀光
私がドワーフ国王になってから一年が過ぎようとしている。ゴブリン国やケンタウロス国はドワーフ国を真似ることで、大きく発展していた。火縄銃も製造に成功し、試作機が出来てきている。
温泉リゾードは大好評で、ゴブリン国やケンタロス国にも、同様の施設を建設予定だ。スラム街も少しずつ良くなってきている。スラム街の問題を解決する特効薬はなく、経済を発展させて底辺を持ち上げるしかない。
交易はドワーフ国、ゴブリン国、ケンタロス国の三国間でのみ行っている。鉄や回復薬を十分に信頼できない国々に渡すには不安がある為だ。ギリュウが全て間違っていたわけではない。
そんな折、
「リショウ様のお使いの方が、乃菜様に面会を望まれています」
キノフジが執務室に入ってきた。
「リショウ……。大天使の血を引くとかいう……」
「お使者のお名前は、武智秀光と伺っております。お見受けした所、乃菜様と同じ魔獣様ではないでしょうか」
「武智秀光……。魔獣……。日本人……?」
本当に日本人だろうか?
「お、お通しして」
声が少し上ずった。執務室から応対の間に移動する。そこは、板敷の間で一段高い所に座った。当然 隣にはチャーがいる。キノフジが秀光を連れてくるまで、ドキドキしながら待った。
少しして、キノフジが一人の男を連れて入ってきた。キノフジは私の右後方に座り、男は一段下の間に座った。
「リショウ様の名代として参りました武智秀光でございます」
頭に白髪が混じっている。四十才ぐらいか。背は低いが、がっしりとした体格。顔つき、名前から日本人に間違いない。契約の首輪もしている。
「折田乃菜です。今日はどういうご用向きでしょうか?」
「この世界は長らく戦乱が続いております。これを治めるには大天使の復活しかございませぬ。リショウ様を大天使の地位に着けて頂きたく、まかり越してございます」
この世界の平和のためか。私はゴブリンに平和をもたらすため召喚された。平和になるのなら悪い話ではない。しかし、なぜドワーフ国に来たのか?
「リショウ殿はエルフ国を頼っておられると聞いています」
「仰せの通り、エルフ国を頼っておりましたが、彼らでは埒が明きません」
エルフを見限ってドワーフ・ゴブリンに乗り換えるって事か。
「ガーゴイルは空を飛ぶとか……」
「守りをしっかり固めれば、勝てない敵ではございませぬ」
まあ、お互いに利用し合って、ウイン・ウインになればいい。
「わかりました。前向きに考えましょう」
「はっ。有り難き幸せ」
秀光は深々と頭を下げた。そして、しばらくして、頭を上げるとニヤリと笑った。
「いや―、驚いたね―。ドワーフとゴブリンの二国治める国王が、こんなに若いお嬢ちゃんだとはね―。あんた、日本人かい」
秀光の態度は急に砕けたものに変わった。リショウの名代は終わりのようだ。
「そうよ。貴方も日本人?」
「そうだよ。リショウを大天使にするため召喚されたんだ。あんたは?」
「私は、天下を静謐にするため」
「それじゃ。リショウが大天使になって、この世界を治めたら、お互いの目的は達成するわけだ。まあ、仲良くやっていこうじゃないか」
「そのリショウは、大丈夫なんでしょうね。変な男じゃない?」
「ああ。気のいいお坊ちゃんだな。我儘なところもあるが、悪い男じゃない。周りが支えてやれば、どうにかなるさ」
「それよりも、乃菜っていうのは、変な名だなぁ……。俺は、ひばりとかルリ子とか言う名前が好きだぜ」
初めて会って、人の名前をディスるなんて、失礼な男。それにリショウの事より私の名前の方が大事なのか?
「なによ。武智秀光って名前も明智光秀みたいじゃない。主君の織田信長を殺した裏切り者の名前だわ」
「俺の名前は秀光。光秀の逆だ。だから絶対、人は裏切らない。俺を信じろ」
やけに真面目な顔で言う。何か意味深だが、今はそれより大事な事がある。
「まあ、それはこれから追々判断するわ。それより、エルフはどうしてガーゴイルに負けたの?」
「ああ。それだがなあ。ガーゴイルは空を飛ぶんで、弓の得意なエルフを頼ったんだがな。ガーゴイルはエルフの弓の届かない所を飛んでくる。それで急降下して、爆玉を落とし、また急上昇して弓が届かない所に昇っていくんだ」
「勝てる方法はあるの?」
「爆玉はそんな強い殺傷能力があるわけじゃない。しっかりと防具を身に着けていれば防ぐ事ができる。それと、ガーゴイルが爆玉を落とすために降りてきた時がチャンスだ。この時は弓矢が届く。その時を狙うんだ」
「それが、分かっていて、どうしてエルフは動かないの?」
「知るもんか!」
吐き捨てるように言う。
「せっかく、一度戦って色んな事が分かったのによ―。あいつら、動こうとしないんだ。準備中だとは言うんだけどよ―」
安易に考えていた仕事が、一度、戦って厄介さが分かって、やる気を失ったという事か。
「キノフジ。あれを持ってきて」
キノフジは一度下がり、火縄銃を持って帰ってきた。キノフジは「あれ」だけで私の考えが分かるようになっている。
「おじさん。これどう思う」
秀光に火縄銃を差し出す。
「ほ―。火縄銃かい。昔、使ってたのに比べたら、おもちゃみたいなもんだが、いいじゃないか。何丁ある?」
秀光は、銃を使った事があるらしい。
「まだ、試作機の一丁だけだけど……」
「三百丁用意しろ」
秀光は顔に不敵な微笑みを浮かべた。




