決断の声
「沙都美君と向き合ってみようと思うんだ」
「、、、、、、」
「亜紗美君の気持ちはとても嬉しいんだけど、まだ沙都美君の事が好きかどうかもわからないんだけど、、、」
「好きかどうかわからないなら、、、」
声にならない声で、おじさんに聞こえたかもわからない位の呟きだった
亜紗美の頬にはおじさんが口を開いた瞬間から頬に一筋の濡れた線が出来ていた
「自分のせいで、過去と向き合わないまま今まで生きて来たんだけど。20年近く人と真剣に向き合って来なかったんだけど。前に進んでみようと思って」
「なんで、私じゃダメなんですか?」
「沙都美君の健気さが、、、」
「私だって真っ直ぐ勇輝さんに向かってます」
続けて話そうとするおじさんの声を遮る
「わかってるよ。いや、そうあって欲しいと思ってるよ。沙都美君は人の目や自分の事を考えて行動している。君は人の目なんか気にせず純粋な心で行動している。僕への気持ちではなく、普段の2人を見ていてそう感じてる」
「なんで、、、、私じゃ、、」
「僕も今なんで沙都美君を選んでいるのか解らない。いや、本当は解ってるんだ。まだ沙都美君の事をどれほど好きかも解らない状態で彼女を信じて彼女と向き合ってみようという、自分のズルさが、、、彼女のズルさを必要としているんだ」
「私は勇輝さんがズルくても受け入れます」
「解ってるよ。だから、僕と亜紗美君が付き合って上手くいかなかった時。。。その時は2人が立ち直れない程に傷付く事になると思うんだ。僕は立ち直れなくて20年近く足踏みしてしまった人間だから。。。怖いんだよ」
「納得出来ません」
「、、、、そうだよね、納得出来ないよね。だから、だから、、、僕をこれで嫌ってくれ。僕は、今君にひどい事をしてるんだ。君を傷付けた事に僕も傷付いて罪の意識を貰ってるんだ。僕が自分を救うために」
「?」
「簡単に言うと、僕はどこまでも自分勝手という事だよ」
「わからない。まだ、勇輝さんを嫌いになんてなる理由が無い」
「君は可愛いよ、若いし。良い男が見つかるよ」
「それは聞き飽きました。勇輝さんのその過去を教えて下さい」
「、、、、ごめん。まだはっきり自分でも理解出来てない事が多過ぎて。人に話して自分がどう感じるか、、、怖いんだ」
「、、、!大好きです」
「有難う。。。」
おじさんは少し喋りすぎた。言い訳じみた言葉しか紡ぎ出せなかった。
もう、2人はお互いにこの言葉しか持っていなかった
帰り道、亜紗美はどうやって帰ったかも覚えていない
家に着いて電車で我慢していた涙が溢れ出した
「なんで、、、なんで、、、沙都美さんの方が好きだって言ってくれないの、、、なんで、、、沙都美さんのズルい部分も気付いているのに、、、なんで、、、」
正座を両サイドに崩した感じにペタリと床に座り込んで両手は床についたまま
涙は拭わず床にポタポタと落ちていた
どれ位そうしていたか解らない
ただ、瞼が重い
きっと腫れているだろう
『私はまだ、勇輝さんを嫌いになれない』
そう思いながらシャワーを浴びに向かった
おじさんは若い女の子を傷付けてしまった思いから、沙都美に連絡する事を躊躇っていた。
しかし、心がその重圧に耐えれず
家に着いた途端に沙都美にメールをしてしまった
《亜紗美君に「君とは付き合えない」と伝えたよ》
そう送り、沙都美がどう反応するか返信を見るのが怖くなりシャワーを浴びに向かった
『これで沙都美君に相手にされなかったら、ただのピエロだな』
そう考えて心に予防線を引く
常にモノを悪い方に考えておけば傷が浅く済むかも知れない
そんな絶対に幸せになれない考え方をしながらシャワーを浴びて頭を冷やす
シャワーから出てもしばらくスマホが見えない様にしながら寝る準備をする
目覚ましをセットして
布団に入る時
スマホの画面に触れる
沙都美からの返信は来ていた
《やっと私に落ちてくれるんですか?明日は逃しませんからね》
凄くハートの多いスタンプと共に送られて来たメールは嬉しくも有り
亜紗美にどう伝えるか苦しくも有った
『俺はこんなで幸せになれるのか』
そう苦笑いしながら
おじさんは瞼を閉じた