苦言を呈す
「母さん、いい加減にしろよ。家出して聞いた子を泊めるなんて。今度は本当に誘拐犯にされるぞ」
来宮は実家の柱に寄りかかりながら、小声で苦言を呈していた。それを亜耶はアイロンをかけながら聞き流している。
「声が小さくて聞こえませーん」
亜耶のとぼけたようなその返事に来宮は怒りをあらわにする。
「じゃあ大声で言っていいんだな。母さん!いい・・」
「やめなさい!奈由子ちゃんが起きるでしょ!」
「だから・・・。」
来宮はこれ見よがしに大きなため息をつく。実は亜耶が少年少女を自宅に連れてくるのはこれが初めてでは無かった。「子ども食堂」と題して貧困家庭の子どもや両親が共働きの子どもなどを集めて食堂を開いたりしているのだがそこで一度、虐待から子どもを救ったことがあった。しかしその時は自宅に泊めたりはしておらず、食堂を開いている時に身体の痣を見つけて通報したことによる救出だった。
「帰りたくないっていう子を返すわけにはいかないでしょ。それに」
「あのね。確かにそうだよ。虐待は意外に身近な所にあるんだとこの前分かった。でもさ、あん時だって最初はあの子の親に被害妄想だとか誘拐犯だとかいろいろ言われただろ。それなのに、今度は泊めたりして。これは誘拐犯って言われても反論できないよ」
「聞いて。彼女、凄く遠くから来たそうよ。そんな子をさすがに追い出せないじゃない」
「遠くって?」
「滋賀県の村って言ってた」
「は?滋賀?ここまで何時間かかんだよ。中学生だろ?嘘だろそんなの・・・。いや、嘘でも本当でも、そう言う場合はどこか児童相談所とかの公的施設に連れていくのが正しいと思う」
「そんなことしたら・・・。家に連れ戻されちゃうでしょ」
「未成年だから仕方ないだろ。もしそこで虐待の事実などがあればきちんとした対応はしてくれるだろうし」
「叶えてあげたいのよ。逢わせてあげたいのよ。せっかく来たんだし」
「んん?何の話?」
「もういい。分かったわよ。明日、坂原君に相談に行って、それから考えるから」
「は?坂原に?何を?」
「彼女が言っていることが本当ならきっと見つかるはずだから。家に帰るのはそれからでもきっと遅くない」
「いや、遅いだろ。ほんとお節介もいい加減にしろよ。母さん、父さんが死んでからちょっとひどい。単なる母さんの自己満足だよ。そういうの、偽善って言うんだよ。」
「・・・。偽善だっていいじゃない。子どもを大切にすることは誰のためにだってなるんだし。」
来宮は少し言い過ぎたと思った。それまでとぼけた感じで話していた亜耶の口調が急に変わったからだった。ここで父の話を持ち出したのは我ながら反則だったと思った。来宮の父は数年前に突如、心筋梗塞で他界した。その父は中学校の教師だった。来宮が黙ったのを見て亜耶は再びとぼけた口調で話し出す。
「とにかく。あんたの言ってることは分かった。明日、明日ね。どうにかするから。あんた、今日泊まるんならさっさと風呂に入りなさい!」
亜耶はそう言って来宮を半ば無理やり風呂場に押し込みため息をついた。




