09.ギルドを訪問しよう
こんな変な話、読んでる人居るのだろうか?
どこら辺を気に入ってくれて
どこら辺は気に入らないのだろうか?
などと悩みもしたのですが。
結局、書きたいように書くしか出来ないので、気にし過ぎないで行こうかと。
その上で、読み手の方に楽しんでもらえたなら、嬉しい限りです。
09.ギルドを訪問しよう
中央に小さな噴水があり、それを取り囲むように広がるよく手入れされた薔薇園。
柔らかく暖かい陽光に照らし出されるそこは、耳に遠く届く小鳥のさえずりと相まって、のどかな午後を絵にした様な光景。
転移魔法による出現を、この地点にしたのは偶然なのか、それともこの光景を突然目の当たりにした反応を予想して、敢えてアルリールが選んだのか。
アルリール本人を除き、誰にもわからないことではあるが、それをしておかしいとは思えないほどに、此処へと誘ったアルリールの呪文詠唱は淀みなく。
下手な術者によって送られた時のように、出現直後に落下するといった、無様な事態に成ることもなく。
いつの間にか、そこに立っていたと言う表現以外にない、実に静かで穏やかな一瞬の旅であった。
ミリアは目の前に建っている、白大理石で造られた大きな館を、ワンドを握りしめ腰の退けた格好で、口を半開きにしたまま、魂でも抜けたような表情で見つめていた。
ずらりと並ぶ上下可動式らしき窓から、時折覗く人影は一つや二つではなく。
足下は剥き出しの土ではなく、綺麗に刈り揃えられた芝生、人の動線には石を敷き詰められた小路
その小路の脇に、所々控えめに立っているのは、庭園灯だろうか
もちろん今は点灯してはいないが、視界にうるさくないデザインで庭の雰囲気に溶け込んでおり、夜間点灯した光景もきっと幻想的なのだろうと、容易に想像できる。
いろいろな意味でのレベルの差というものを、まざまざと見せつけられ。
一歩を踏み出せずに居るミリアの背を、軽く押すようにして促しながら、ナインが建物の正面へと無言のまま視線を送る。
つられて振り仰いだそこには、既に他の皆がそこまで移動を終えた姿があった為、自分が思っていたよりも長く呆気にとられていたのだと、ミリアは気付かされた。
皆・・・といっても、アルリールが腕に抱えたベルティータを離そうとはしなかった為、ダークエルフの少女の移動は自由意志とは言いがたく、輸送が正しいのだが。
それを直様悟れるほどには、ミリアは幻想の庭より戻りきれては居なかった。
アルリールの行動は、正解であったろう。
腕の中の幼い少女は、暴れはしなかったものの、その光景に金色の大きな瞳をキラッキラに輝かせながら、アルリールの腕の中で難度も身じろぎし。
そうして抱き上げていていなければ、上を向いたまま、美しく鳴き軽やかに飛ぶ小鳥を追いかけ。
気付いた時には、薔薇の生垣に飛び込んで、身を包む唯一のボロ布を布の残骸へと変えてしまうだろう事は、その場の誰もが容易に想像でき。
尚その上で、ところどころに薔薇の棘で引っかき傷を作り、服も髪も絶妙に薔薇へ絡ませた半裸を晒して、嬉しそうに笑っているに違いない。
後ろ髪を引かれ、何度も繰り返し薔薇園を振り返るベルティータに、アルリールもついつい、後で一緒に行きますか?と、甘やかしてしまうのに
誰も彼もが苦笑いを浮かべつつ、自分も当然参加するものとして確認すらしないのだから、アルリールを笑えた義理ではない。
全員が館の正面、両開きの大きな扉の前に立ったところで、ナインが少し強めにノッカーを二度鳴らす。
「ナインだ、アルと姐御もいる。
友人二人を中に入れたいんだが、ギルマスかサブマスどっちか聞こえたら許可してくれないか」
実際の所、態々許可を取らなくとも、ギルドメンバー以外がギルドハウスに入れない、などというシステムは無い。
ただし、アルリールとナインの二人は此処一週間以上、ギルドハウスに顔を出していなかった、ということが一つ。
礼儀の上で、家主かそれに代わる者の許可を受けてから中に入るのが当たり前、というのが一つ。
そしてなにより、メンバー以外が許可無く建物内部に足を踏み入れると、大音量で警報が鳴り響くように、とあるメンバーが面白半分に改造した、ということが一つ。
しばらくすると、落ち着いた男の声が、扉越しでくぐもってはいるものの、はっきりと返って来る。
「ナインの友人というなら許可したいんだが、ミリアと言う名前以外、我がギルドのメンバーでない者の名前はこのエリアには見つからない。
もう一人の名前を教えてくれないと、私にはどうしようもない」
言われて、首をひねるナインの後ろから、アルリールが代わって返事をする。
その反応の速さから、予めその答えが返って来るのを予測していたのだろう。
つまりは、ナインがダークエルフの少女・ベルティータの名前が、キャラクター表記上ではなく自称であるということをど忘れしている、と確信していたということでもある。
「半角スペースでもない空欄が選択できる箇所があると思いますが、それです。
それから、これは強制ではなくあくまでお願いですが・・・館内に居る全員の武装解除をお願いします。
勘違いや操作ミスで有ったとしても、武器を構えた瞬間此方は攻撃します。それがミスであるかないかを、一々判断したりはしませんので」
アルリールの一方的なお願いと言うよりは、戦線布告や挑発とも取られかねない警告の言葉に、ナインがツッコミを入れ無いことで、館の内の気配が驚きながら、断続的に館内から金属の触れ合う音が暫く続く。
声の主の男・・・ギルドマスターが中にいるメンバーに指示をしたのだろう、とアルリールは小さく頷いた。
そして同時に、ギルドマスター本人は、武器を手放さずに居るだろう・・・とも予測していた。
自己責任であれば、武装を解除しなくとも構わない、先程のアルリールの警告はそういうことだと、正確に理解している事に疑いすら湧かない。
彼は馬鹿ではないし、万一のことを考えない愚か者でもない。
程なくして、蝶番が軋む音とともに扉が重々しく開き、そこに見えた友人達を穏やかで深い声が迎えた。
「ようこそ、我『パラベラム』のギルドハウスへ」
そこには平服の腰に飾帯で剣を吊った、長身の男が立っていた。
金髪は綺麗に撫で付けられ、およそ暴力というものから最も縁遠い柔和な空気を身に纏い。
優しげなほほ笑みを湛えていた男は、アルの腕の中に抱き上げられているベルティータの姿を見ても、驚くことも警戒することもなく、目に見える事実をそのままに受け止めてみせるのみならず。
さあどうぞ、と拍子抜けするほどあっさりと、その存在を受け入れてみせた。
ベルティータは、アルリールに片腕で抱き上げられたままな事に気付き、脚を振って下ろしてくれるよう態度で訴えかけるも、全くその要望が受け入れられないと知るや
抱えられたままの状態で、ギルドマスターの金髪優男に対し、丁寧に両手を前で合わせてお辞儀する。
「久しぶりに顔を出したっていうのに悪んだが、部屋を一つ貸して欲し・・・」
ナインが困り顔で、片手を拝むように上げたまま口にした言葉は、黄色い悲鳴の壁にあっさりと阻まれ、続く怒涛の足音の波に呑み込まれた。
人間、エルフ、ドワーフ、背の高いの低いの、細いの太いの、まるで博覧会のように様々な女性に取り囲まれ、伸ばされた手に髪をなでられたり、頬をつつかれたりと一瞬にしてもみくちゃにされる。
「まあ、自業自得と思って少し我慢してくれないか。
危害を加えられることはないだろう、何しろみな武装解除には従ったのだからね」
リーダーの男が苦笑交じりに洩らした言葉に、アルリールは短く舌打ちしながら、腕の中に仕舞いこむようにベルティータの小さな体を抱え込み。
周りから亡者の腕の様に伸びる手達から、可能な限り庇おうとするも、数の暴力の前には完全に庇い切ることは出来るはずもなく。
顔に手を当てながら、自分の脇を通り抜けて一瞬でベルティータを取り囲んだ女性陣の、濁流のような勢いにナインが天を仰いでぼやいた。
「やっぱりこうなったか・・・」
ゼフィリーに咄嗟に引っ張られ、濁流に呑み込まれ押し流される事を、ギリギリで回避できたミリアは、余りの衝撃と暴力的なまでの勢いに。
見る間にぐったりとしていくベルティータを、ただ茫然と見守ることしか出来なかった。
「そろそろ皆少し落ち着こうか。
少し頭を働かせれば解るんだが、その子が嫌がればアルは絶対に、二度と此処へは連れてこなく成る。
逆に、その子が来たがればどうかな?アルも断り切れないんじゃないかと私は思うが。
少なくとも、今のようにもみくちゃにされてぐったりしているのに、追い打ちを掛けるような者達の居る所に、来たがったりはしないだろうね」
怒鳴って注意するわけでも、手を叩くなどして自分の方に意識を向けさせるでもなく。
穏やかな声で語り掛け、ベルティータに群がる全員の動きを、一瞬にして止めてしまい。
何らそれ以上の言葉を必要とせず、アルリールとベルティータの周りから、黄色い嬌声と人の波が、驚くほどあっさりと引いていく。
人酔いしかけているベルティータに、小さく会釈して脇を通り過ぎ、金髪ギルドマスターはミリアの下へと歩を進めた。
「初めまして、私はエイト、君を歓迎しますミリア。
もしこのギルド『パラベラム』が気に入ったら、是非参加して欲しい」
優しい笑みでそう言われ、ついつい頷いてしまいそうに成るミリアが、我に返り周りを見回す。
エイト自身は平服でわかりにくいが、どう見ても自分は場違いな低レベル者で、まわりはレア装備に身を包む高レベルの者達ばかり。
はっきり言って自分は足手まといにしか成らず、此処で頷いてしまえば、社交辞令を真に受けた愚か者でしか無いだろう。
思いが顔に出ていたのか、エイトがミリアに首を振ってみせる。
「レベルもサブスキルも職業も、何も縛りはないんだ、そういうギルドではないからね。
それに、全員が高レベル者というわけでもない・・・っと、余りしつこく勧誘しても悪いかな」
良かったら考えておいて、とミリアに最後にそう言いながら、ナインの方へと向き直る。
「話合いに部屋を貸すのは構わないが、条件を付けさせてくれ。
一つ、私もその話し合いに参加させて欲しい
二つ、名もなき妖精のお嬢さんに、我がギルドメンバーの、汚名を返上する機会が欲しい」
ナインがアルリールへ無言で視線を向ける、こういった時のアルリールの判断は、今まで間違ったことがないと、ナインは絶対的な信頼を抱いている。
アルリールがゆっくりと目を細めていき、目を閉じきったところで小さく頷くのを見て、ナインもエイトに向き直り力強く頷き返した。
「OKだ、ただし『汚名挽回』なんてことに成らないように、くれぐれも注意してくれ。
そうなったら、悪いけど俺は即座にここから逃げ出す」
胸を張って堂々と、逃亡宣言するナインが、ちらりと横目でアルリールを示すと、エイトも重々しく首肯を以って賛同の意を示した。
☆ ☆ ☆
一般的な木製のカップではなく、白磁らしき可愛らしく上品なティーカップに淹れられたお茶を一口飲んで、ミリアが改めて周りを見回す。
先ほどの玄関ホールから奥に進んだ先の、幾つも並んだドアの中の一室に案内されたのだが・・・
そこにたどり着くまでの床は、毛足の長い映画やテレビの中でしか見たことのない赤絨毯が敷かれ。
外から見た時に想像していたよりも、遥かに奥行きのある建物の廊下は天井が高く、随分と幅のある贅沢な作り。
所々にある、壁が曲線を描いている部分には、絵画が、或いは花が飾られ、品のいい椅子も備えられ、談笑出来るスペースとなっている。
掃除をするのが大変そうだなぁと、妙に庶民じみた感想を抱くミリアを笑うかのように、埃一つ落ちていない廊下。
そこに並んでいる、白く塗られたドアの取手は、金色でくすみ一つなく。
窓のない内廊下を、大理石の壁にかけられた魔法の光が灯るランプが、白々と照らし輝いていた。
通された部屋は大きすぎず、中央に大きなテーブルの置かれた会議室のようだが、備え付けられた家具も調度品も、廊下より更に一段レベルの高いもので揃えられている。
何よりミリアの目を引いたのは、天井より吊り下げられたシャンデリアだった。
一体どれだけの手間と資金を掛けたのか、昼の光が窓より取り込める為、シャンデリア自身は光を灯してはいないというのに、それは宝石のように美しく輝いている。
この部屋に来るまでに、『パラベラム』というギルドの、実力とスタンスが訪問者には充分伝わる、そんなつくりになってる。
少なくとも、レベル上げと戦闘だけをしているギルドではないことはよく解った。
サブスキルの中で、『石工』『木工』『宝飾』『鍛冶』の凄腕がいることは間違いなく、もしかしたら『絵画』や『採掘』『採取』『裁縫』そしてこのカップ・・・『陶芸』まで自前なのかもしれない。
「では、説明ではなく考察へ移りましょうか」
アルの至って冷静で理知的な声に促され、僅かに皆が思考の為に言葉が消える。
ゼフィリーには二度目になるが、ミリアがダークエルフの少女――ベルティータと言う名前だと、アルに正式に紹介された――について、自分の知る限りのことを、できるだけわかりやすく説明し終えた所だが。
現在、当の本人であるベルティータの姿は、この部屋にはない。
途中で補足や質問などが有ったため、ゼフィリーに話した時よりも、時間は随分と長く掛かり。
ベルティータが、言葉を話せないと言う内容を婉曲的に説明された際、エイトが黙ってアルリールの膝に座り、脚をぶらぶらさせていたベルティータに向かって
「貴女はここにずっと座っていて、退屈ではないですか?」
ストレートにそう聞いたのだ。
言われたベルティータが、扉に方に向いて外に出たそうな顔をした為、アルリールもしぶしぶ自分の膝の上から解放した結果、目を輝かせながら館の探検に出かけてしまった。
それ故に、本人を前にしては少々話しにくい様な、突っ込んだ内容で応答が繰り出せたというのもある。
「さっきのミリアが言うてた内容なんやけど、どう考えてもおかしい」
切り出したのはゼフィリー、一度目では省略された部分にどうにも引っかかっているらしい。
「街の外でるとトレイン状態で敵が嬢・・・ベルやっけ?んところに向かってくるんやろ?それも高速湧きで。
んならな、ちっと悪知恵働くやつなら街の奴ら集めてノーリスクの狩りしようとするやろ」
言っているゼフィリーの表情が物語っているが、本人は絶対に、賛成も参加もしない類の代物。
ミリアもゼフィリーと直接話しをしていたので、性格や人となりを多少はわかっていたが、それでもそう言い出したゼフィリーに向ける目は、非難の色が湧くのを止められない。
簡単に構図を説明するならば、こういうことだ・・・
敵の目標であるベルティータを、囮にして敵をおびき寄せ。
敵の矛先が自分には向かってこないのを利用して、防御も戦術も回復も考えず、最大火力で敵を叩けばいい。
ベルティータを自パーティに入れる必要なんて無いし、態々協力を頼む必要すらない。
縄で縛り付けるなりして、何処かから吊り下げてでもおけばいいだけの・・・生け贄
倒せるだけ敵を倒したら、ダークエルフが来る前にさっさと撤収すればいい。
最悪、ベルティータが死のうが関係ないし、レベル1なのだデスペナルティもない。
恨まれようがさっさとレベルを上げて、こんな街から出ていってしまえば、二度と会うこともない。
何しろ相手は永遠にレベル1、一生この街から出ることは出来ないのだ。
つまりは・・・使い捨てのEXP高速回収装置。
「貴女は頭の回転は悪くありませんが、やはり馬鹿です。
論理的な積み上げでいくら完璧でも、実際には成立しません。
何故なら、その方法は成功する、或いは成功したという保証や実績がなければ、低レベル者は尻込みして動けません」
感情的に真っ先に喰い付いてくるかと、ゼフィリーはアルリールを警戒していたのだが、そこに返って来たのはあくまで淡々とした、いつもの通りの――『氷の魔女』と呼ばれる彼女の、冷静過ぎる声での論理的な回答。
その事が、ゼフィリーに見せる事象認識。
つまり、アルリールは既にそこを、可能性の一つとして検討していたと言う事実。
「その上、それを実行するのは人間で、心や感情があります。
いくら敵性種族の外見をしていようが、幼い少女を生贄にするという行為は心理的ストレスになります。
それは一部例外を除き、ごく一般的な人間にとって、経験値を楽に得るというリターンよりも大きいのです。
そんな行為を実行する者と参加する者の間に、信頼関係は無いでしょう・・・つまり、成功などするはずがないのです」
いや、そうではなく・・・
成功などするはずがないと、悟れぬ愚か者達の暴挙から護るために、一週間以上も見守っていたのだ、と。
「人間の行動は揺らぐ、と言うのは解る。
でも、アルの意見に全面的に賛成する為に、もう一つだけ確認させて欲しい。
ベルティータといったね、彼女は本当にプレイヤーキャラクターなのかな?」
誰もが最初に心に抱く疑問、されど誰にも口に出すことは出来ず・・・直接確認することなど、出来よう筈もない。
名前もなく、言葉も話せず、敵性種族で、見たこともないジョブ。
武器も防具も装備できず、狩りにも行けず、どころか・・・街でプレイヤーキャラクターたちに敵視され。
憎悪の視線を投げかけられ、聞こえるように嫌味を言い続けられ、ミリアははっきりとは明言しなかったが・・・時に暴力を振るわれたりしながら。
笑顔を浮かべ、楽しげに街を走り転び続ける・・・これの何処に、プレイヤーキャラクターであると思える要因があるのか?
プログラムされたままに反応するNPCでないと、誰が言い切れるのか?
「あん子は人間が動かしとるキャラや。
AIが人間のふりしとるんとちゃうで、それはウチが保証する」
「私も、ゼフィリーさんと同じ意見です。
たしかにちょっと無邪気すぎるし、感性も他の人とは違いますけど、あの子には好奇心があります
街中で犬とか猫とかよく追いかけてますし、お花の匂いを嗅いでたり・・・なんだろう、ひどく人間くさいんです、他の人達より」
二人が即座にそう答え、エイトがその答えに笑顔で頷いた。
しかし、ナインはそれを納得する答えを得たための、同意の印としての首肯とは受け取りはしなかった。
心に何かが引っかかっていたし、なにより、こういう場合に即座に応えるだろうアルリールが、沈黙を守っていたからだ。
エイトの問い掛けは、単純にベルティータがNPCではないか、という疑問を呈しているだけではなく、更に深くを突いている、それを瞬時に悟ったのはアルリールだけ。
人間は心や感情があり、心理的なストレスで揺らぐというのならば・・・
ベルティータは何故、そこまで酷い扱いをされていながら、未だにBABELにログインしてくるのだ?
彼女がプレイヤーキャラクターだというのなら、一体人間とプログラムの差とは何なのだ、と言う一種哲学的な問い。
故にアルリールは、沈黙を守る。
この問掛けに対し、感情論や感覚での答えに、エイトは意味を見出さないだろう。
言い換えるならば、エイトは四人に対しこう言っているのだから。
君たちの生き方を、此処で示してくれないか?
アルリールが、そしてナインまでもが沈黙を守ったことに、少し唐突すぎたかな、と漏らしながらエイトが苦く笑い。
不躾にそんな質問をしたことに、四人に対して軽く黙礼をしてから、目を開き口を開く。
「これから私が口にする仮説は・・・」
エイトの言葉は、部屋の外から掛けられた、大声によって遮られた。
大声というのは間違いないのだが、誤解を生む表現でもある。
ドアを閉じたことにより個別のエリアとして区切られた室内には、大声程度では声は届きようがない。
それはシステム上、そういうものなのだ。
であるのに声が聞こえたということは、エリア会話ではなく、ギルド会話に向けて流れた声
故に、ギルドメンバーではないミリアには全く聞こえることのないその声は、悲鳴や叫びといえるほどに焦燥にこげついていた。
だが、幸いな事に女性の細く高い声は、ミリアに対してのものではなく、今正に言葉を発しているエイトに向けての呼びかけ。
パニックに陥り、エリア会話で延々叫ばれたとしても、エイトはもちろんミリアにも聞こえることはなかったと考えるならば、その叫びを上げた女性が理性を残していたことは、幸いと言ってよいだろう。
「ギルマス!ちょっといま直ぐ来てっ、大変なの、あの子が!」
次の瞬間には、飛びつくようにドアノブを捻ってナインが開いたドアの隙間を、アルリールが駆け抜けていた。
ゼフィリーと、それにつられて事態を全く把握できないミリアが慌てて立ち上がる中、ナインの姿もドアから廊下に消える。
慌ただしい空気の中、エイトだけが静かに椅子に座ったまま、外で呼びかけていた相手に向け、静かに穏やかな声で語りかけた。
「落ち着いて、何があったのかを説明してください。
ギルド会話だけではなく、このエリアでの会話モードでも聞こえるように」
2012.09.21
2016.09.15改