10.汚名を挽回しよう
相変わらずベルティータのレベルは1のままです。と言うか、レベルが2に成る方法は思いつきますが、2になったビジョンが浮かびません。
10.汚名を挽回しよう
人の多く集まっている方へと、瞬発的に駆けたアルリールとナイン。
耳に流れ込んでくる言葉の内容など、欠片も脳に引っかかろうともせず
頻りに足に絡み付いてくる、毛足の長い絨毯を蹴りつけるように、神経を焦れさせながらひた走る。
人垣を押しのけるほどの時間のロスも許せず、速度を落とさず隙間をこじ開けるように、最早体当たりやタックルと言っていいほどに強引に、人と人との間に無理矢理自分の体をねじ込み辿り着いた先で
ベルティータは・・・
椅子に座って
相変わらず脚をぶらぶらさせていた。
心臓が止まりそうな程に焦り、視界が狭まるほど慌てていた二人は、その元気そうな姿にほっと安堵の息をついた瞬間、どっと肩に疲れが押し寄せてくる。
だが、ベルティータの姿に違和感を覚え、その銀髪に映える漆黒の小さな王冠の存在に気づいた瞬間、感じていた疲労感が一瞬にして霧散し。
同時に、何故周りの者達が誰も、目を合わせようとしないのかも理解する。
アルリールにも、ナインにも、その王冠には見覚えがあった。
非常に繊細で美しい作りでありながら、同時に禍々しく輝く魔力がこもったそれは、先日ギルドのメンバー三十人以上で――つまりは、ほぼ全員で挑んだクエストで、敵のボスから出たレアドロップ品。
既存のどんな頭装備よりも美しく、また王冠と言う今までに無い形状の装備に、ギルドの女性陣は皆こぞって欲しがったのだが・・・最初に、アルリールが要らないと言い出した。
元々が可愛い装備に強い興味を示す方ではなく、寧ろ見た目よりは性能を重視するアルリールは、普段から他に欲しい人がいれば、見た目重視の装備は譲ると言うスタンスだった。
他の女性陣は、本当にいいの?と難度も尋ねながらも、アルリールが欲しがる程の性能を備えていないのかと、ちょっとだけがっかりもしながら、それでもライバルが減ったことを喜んだ。
・・・のだが、次いで『パラベラム』のサブマスであるジゼと言う名の白魔術師が、私もいらないと言い出したために、皆が訝しみだす。
ジゼはアルリールほどに、変わりものだと皆に思われては居らず。
少なくともこれだけ可愛らしい装備であれば・・・仮に自分の手に入らずともしょうがないか、と諦められる大人だとも評価されているが
今までのジゼとの付き合いから、手に入れる可能性を最初から放棄するほど、変わり者でもなければ、枯れているわけでもないい、とも思われていたからだ。
そこで改めて、皆が件の装備品を心を落ち着けよく調べた結果、二人が拒否した理由が直ぐに判明した。
『ダーククラウン』という、ひねりの欠片もない装備品名の下に、続く性能が非常識な内容だったのだ。
その見た目の良さに加え、装備可能レベルが1からとは思えない程に高い防御力があり、魅力の異常な上昇が目について見逃していたが・・・
『装備者のレベルを強制的に1にする』
今後はどうなるかは分からないが、現在レベルキャップは99である。そこに装備すれば誰であろうと強制的にレベル1にするという装備を紛れ込ませた。
つまり、今まで狩りをし、或いは特殊なアイテムで、コツコツと成長させて来た、時間と労力と消費アイテムを、全てパアにする罠を運営は仕掛けたということ。
のみ成らず、更に追い打ちの説明文は続く。
『魔法成功率マイナス1000%』
魔法行使には呪文詠唱が必要なこの世界で、魔法というものは、言い間違えや言い淀むことであっさり失敗する。
それは、敵の攻撃によってという要因だけに依らず、下手をすれば滑舌の悪さまでもがシステムには言い間違えとされて、魔法失敗などということも普通にある。
今更言うまでもないことながら、BABELはフルダイブ式のVRMMOである。詠唱も会話も、実際の発声器官を使用している訳では当然無い。
だが、言い淀みも、言い間違えも、滑舌の良し悪しも、事実としてたしかにあり、それによる魔法の失敗も結果として存在する。
勿論、世界各国のプレイヤー達もその点に疑問を抱き、考察や検証を積み重ねたが、どの論を以ってしても明確な結論に至らなかった為、『魔法の力で読み取ってるんだ』というジョークが一時期、主に海外のBABEL関連のwebサイトで大流行した。
閑話休題、ゲームでの魔術師達にとって、魔法成功率をあげるアイテムというのは、何にも代えがたい至宝である。
成功率を犠牲にしても、高速で術を発動させなければならない、という事態は往々にしてよく直面し、敵の行動によって魔法が成立した後の詠唱中断、などという事も戦闘ではあり得る話。
失敗し、ただ魔力を無駄に消費する・・・というだけであるなら、魔法職であるのなら大問題だが、それ以外にはさほど影響はない。
だが、思い出して欲しい。
・・・この世界の魔法は、暴発するのだ。
当然ながら、それは術を行使しようとしていた魔術師を中心に起こり、大概は後衛とされる魔術師や弓使いなどを巻き込むことに成るのだが。
時に、負傷によって後退してきた者の為に掛けた、治癒魔法が暴発してとどめを刺したり
高威力の攻撃魔法が、一瞬にしてパーティの後衛を一掃したり、という悲惨な事態も過去において魔法の暴発で起きている。
そして、言うまでもないことだが、その中心である暴発させた魔術師に、最も大きな効果を齎す。
では、マイナス1000%という数値は、どういうものであるかというのなら。
魔法を発動させたなら、どれほど成功率を上げる為のアイテムで身を固めていようが、まず間違いなく暴発する――魔術師を自爆専用爆弾に転職させるアイテム。
ご丁寧に暴発させる魔術師はレベルを1まで下げられており、まず間違いなく即死する。
・・・だけだとは信用できないのだ、その疑念は長くBABELをプレイしているものほど強い。
悪名高いBABEL運営のことである、装備者に対する魔法行使がプラス1000%されるかもしれない。
或いは、『帰還のスクロール』ような、『マジックアイテムを使用』しただけで、暴発させてくるかもしれない。
では、冒険の際には身につけず、見た目を楽しむための、ドレスアップアイテムとして使えばいいではないかという淡い期待は、揺らめき漂うドス黒く禍々しい魔力が根こそぎ刈り取ってくれる。
『ダーククラン』は、『呪われ』の上位に当たる『怨念』『血塗られ』を飛び越えた、最上位である『呪縛』ランク・・・伝承級の呪われ装備で、いうなれば『伝説の武器』などと同じレベルの代物。
他のランクの呪われ装備であれば、解呪さえ出来れば――難度の差はランクごとに跳ね上がって、『血塗られ』であればほぼ解呪不能なランクではあるのだが――装備から外すことが出来る。
しかし『呪縛』装備は、一度装備してしまえば『決して外すことが出来ない』という素敵な仕様で、結局誰もが間違って身に付けることを嫌がり。
ギルドハウスにある暖炉の上に、トロフィー代わりに飾られていたのだ。
そんなことを知る由もないベルティータは、全くの無警戒でそこらじゅうを探検した。
最初は薔薇園に行こうかと思っていたのだが、後で一緒に行くという約束を思い出し、探検の範囲は自然と屋内に限定される。
当然だが、いつもの通り派手に転んでは立ち上がり、っと繰り返す中で暖炉を発見すると同時に興味津々で近寄り・・・転んだ拍子に暖炉にぶつかり、落ちて来た『ダーククラウン』は外れなくなった。
「近くで眺めるくらいはしても、自分から手に取ることはないでしょうし。
装備品は弾くので大丈夫だろうと、安心していたのが失敗でした。
『呪われ』程度なら弾けたのかも知れませんが、『呪縛』という伝承級の呪いは、流石に弾けないのですね」
呆れとも自嘲ともつかない溜息とともに、ベルティータを抱き上げようと手を伸ばしたアルリールが、あまりに禍々しい気配に総毛立つ。
「その・・・ごめんなさい!」
一体何人の和唱による、謝罪の声だったのか。
ベルティータを囲んでいた女性陣のほとんどが、一斉に頭を下げた。
「ちょっと似てるねって話になって・・・そしたら皆悪ノリしちゃって」
それが誰の言葉なのか、確かめようという気にすら成らず、手を伸ばしたままの体勢で固まり、自嘲の笑いを浮かべていたアルリールの顔が引きつる。
ダークエルフの幼い少女は、アルリールがよく見知ったボロ布のような貫頭衣姿ではなかった。
長く尖った耳にはイヤリングが、細く短い指にはリングが、薄くまだ膨らみのない胸元にはペンダントが、骨っぽくほっそりした手首にはブレスレットが
褐色の肌に映えるように、銀糸の髪に沈まぬように、金銀に宝石を散りばめた輝く装飾品が、ギリギリ下品にならない程度に遠慮されて自己主張し。
ヒールの低いショートブーツから、ドレス、グローブ、ガーターベルトまで、見える所全てが白一色で統一された服は、隙間からところどころ覗く褐色の肌を、幼さを覆すほど艶かしく見せていた。
ダーククラウンの事にばかり意識が向いていて、全く気がつけなかった自身の失態に深く息をつき、頭を一つ強く振って上げたアルリールの眉間には深く皺が寄せられ。
それでも、相変わらず何を考えているのかわからないベルティータが、楽しそうに笑っているのを見て、眉間の皺もあっさり解かれていく。
「とにかく、足枷を外してくれた事には感謝しています。
まあ・・・怨念王女にしてくれたことと、差し引きゼロというところですが、本人が余り気にしていないことですし、それもいいです。
しかし、これは絶対に街になど一人で行かせられません、間違いなく攻撃されます」
なにしろ身を包むすべての装備が『呪われ』系で、近くに寄るまでもなく背筋がざわめく。
近寄ってみればはっきりと、オドロオドロしい魔力が漂っているのが、視覚的にも囚えられ。
その中心点となっているのが、無邪気に嘲笑っている四歳児なのだから、下手なホラーよりも見る者に恐怖心を抱かせるだろう。
「これはもう、なんとしても此処に置いてもらうしか無いな・・・
あの街のレベルなら、束でかかられても傷一つつけられるか怪しい防御力だけど、多分ベルティータは抵抗しないだろうから、想像するのも嫌な光景になるだろうし。
それにしても、誰だよこんなに『怨念』やら『血塗られ』やら後生大事にちゃんと持ってた奴、妙に可愛らしく合わせてるのが余計に腹が立つ」
言葉では怒っていながら、声も顔も緩んでいるナインに、周りの連中も深刻な諍いにはせず、見逃してくれるのだと悟り。
『はいはいっ!』『わたし、私っ!』と普段通りのノリですかさず返し、悪くなりかけた空気の首根っこをひっつかんでもとに戻す。
「この間のクエに出たラスボスをちび化しました!どうよ?みたいな顔しなくていいから。
褒めてないよ?本当に『汚名挽回』するとは思わなかったって、呆れてるんだよ俺?
高レベルの奴も絶対攻撃してくるぞこれ、なんか凄いアイテムドロップしそうだし。
攻撃してこないのなんて、この間のクエ経験して割が合わないって知ってる奴だけだろ」
ナインの発言を聞いて、苦笑いを浮かべたのはその場の半分ほど。
言うまでもなく、『この間のクエ』に参加し、最前線で――一番割の合わない場所で戦った、最高レベルの者たち。
彼らはそこで幾度も死に、全滅寸前にまで追いやられ、ダークエルフの複数パーティと複数パーティで戦うという、敵も味方も入り乱れ神経をすり減らす様な、前代未聞の大規模戦闘を経験していた。
アルリールとナインが、ベルティータをダークエルフパーティの襲撃から守りきれたのも、決して偶然というわけではなく。そんな戦場を生き残ったという自信と経験が、冷静さを保たせたからだ。
もっとも、最後は一回使い捨ての強制帰還アイテムで、戦闘中に無理矢理抜け出し、転移後は虫の息だったのだが、助けられ方は・・・
突然現れた男女二人組が、颯爽ととてつもなく強い敵に立ちはだかり、自分たちを助け名も告げずに去っていった。
・・・という、事実よりかなりドラマチックに、美化されて記憶していたりもする。
本人の与り知らぬところで『聖騎士ナイン』の名は、自分が思っているよりはるかに広い範囲で世界に伝わり。
実像を置いてきぼりに、虚像がまことしやかに人々の口から口に広がっていた。
知らぬは本人ばかりなり、と言うよりはむしろ、知らぬが仏というところか。
それがどちらにとってかは、言わぬが花というもので。
兎にも角にも、ギルド『パラベラム』の女性陣に拠る悪戯心の結果。
ベルティータは、完全なるお荷物キャラとしての確固たる地位と、安全で快適な住処に、可愛く頑丈な衣服を手に入れることになったのである。
☆ ☆ ☆
何がそんなに楽しいのか、銀の長い髪を揺らし、脚を相変わらずぶらぶらさせながら、ベルティータは声のないままに笑いながら、小さな体を右に左に、口を開いたり閉じたりしている。
ログインすると、ラウンジの一番奥まった椅子のところまで歩いて行き、肘掛けに確り捕まってから豪華な布張りの椅子にもぞもぞ這い上がって、五分ほどそうするようになった。
最初は何かの儀式だろうか?と、皆遠巻きに訝しんでいたのだが、どうもよく見ていると微妙に毎日違っているような気がする。
妙にゆったりと揺れている時もあれば、目に見えて昨日より早く揺れている日もあるのだ。
それが歌を歌っているのだと、ギルドの皆が理解したのは、ベルティータがそうし出してから一週間たった頃であった。
一体何を歌っているのだろうと、揺れる幼い少女を取り囲む廃レベルキャラ達。
実際は、孫娘を見守る老人のような温かい目で、廃プレイヤーがベルティータの姿を見て、仕事の疲れや不満、BABEL内での獲物の取り合や運営の金策潰しなどで、ささくれだった心を癒しているという、不健全さの欠片もない光景なのだが。
ベルティータの怨念装備、主に『ダーククラウン』からにじみ出る禍々しいオーラと、廃プレイヤー達の全身を固めたレアや超高級装備が醸しだす存在感とが相まって。
邪神の神託を告げる巫女に群がる、世界崩壊を目指す悪の怪人達にしか見えない。
すっかり『パラベラム』の名物と言うよりは、日常の光景になりつつ有ったある時、七人のギルドメンバーがその部屋に集まり、たまたま全員がかなりな高レベルキャラであったため、中の一人が深く考えもせずにこう言った。
「曲名を当てた奴が、一日姫を護衛する騎士役を拝命できる。
外れた奴らは六人で腕を磨きに行く、っていうのはどうだ?」
暇つぶしに思いついただけの冗談だったのだろうが、その一言がきっかけとなり、『パラベラム』で一日の始まりの歌占いが、爆発的に流行りだした。
もちろん七人は曲名を当てることが出来ず、ベルティータに頼み込んで、その後三回も歌を繰り返してもらい。
それでも当てることが出来なかった為に、賭けは成立せず笑って別れた。
などということはなく、当然親の総取り。
全員から銀貨五枚ずつという、信じられない高額なペナルティが自発的に供出され、ギルドの色々な職人に七人全員で無理に頼み込んで、その日の内にベルティータ専用の――王侯貴族もかくやという程の豪華な椅子がラウンジに据えられた。
当然、リベンジを果たすために、七人はそのままそれぞれに金稼ぎに奔走し。
翌日、ベルティータがログインしてくる前に、全員がラウンジに集っていた。
不敵な笑みを浮かべあいながら、それぞれ銀貨を十枚づつテーブルの上に出しあい、真剣な表情でベルティータ専用椅子の前に並んで正座する。
その日は全員で、銀貨七〇枚という高額な本を買い求めに出かけ、何十冊と有る分厚い博物図鑑一式を、七人で手分けして抱えて帰ってきた。
歴史書、書籍を収める為の本棚と、ラウンジに豪華な備品が日に日に増えていき。
供託金が一人金貨一枚という、低レベルから見れば卒倒しそうな額になった所で、エイトから待ったが掛かり。
男のプライドを掛けた戦い、と言う名の意地の張り合いは、誰が勝っても禍根を残さないため、というエイトの説明に皆納得し。 銅貨一枚という、心付けにふさわしい金額へと、実に三千分の一にまでさげられた。
レベルが高いということは、それだけエイトとの付き合いが長いということであり。
エイトが口にしなかった本当の理由に賛同し、自分たちの悪ノリを止めたというのが正解だろう。
それからは、参加者が廃レベルや高レベルに偏ることもなく、ギルドの皆が参加する形に戻り。
何がどう捻じ曲がって伝わったのか、女性陣の間では、正解すると恋が叶うだの、素敵な相手とパーティを組めるだのと、良くわからないおまじないのような付加能力が発見され。
ラウンジに集まる人数は一気に倍増し、アルリールとナインが顔を出さなくなる以前よりも、ギルドハウスには人が溢れるようになった。
もちろん、歌占いに参加する者ばかりではなく、ギルドマスターであるエイトのように、銅貨一枚は置くもののそれを見守る者達。
熱くなりすぎた者に、色々な意味で冷水を浴びせかけて凍りつかせるアルリールや、引っ掻き回して、上手くまとめてしまうゼフィリーのような調停役と、大人な面々に護られて上手く回っていった。
だがそれはあくまで表面上、人が二人以上いれば派閥は生まれ、対立は起こるのだということは、現実にしろ仮想現実にしろ、逃れられない業とも言えた。
「――という具合に、私のところには、小さな不満が雪崩れ込んで来ているわけだけど。
サブマスとしては、嫌われ役になって不平分子を頭ごなしにお説教するのと、そういう不平分子をまとめて引き連れて、このギルドから分離独立させるのと、どっちをするべきかしらね」
色の濃い金髪をポニーテールにまとめた、凛々しい顔立ちの美女が、つまみ上げた果物を口に放り込みながら、どうでも良い世間話の様な口調で、隣に座る相手に、視線も向けずに話しかける。
「分離したとて同じ事、不平不満を言う輩は何処へ行こうと、どの様な境遇になろうともそれを口にする。
不平分子を切り離したとて、切り離した先のみならず、残った方でも不平は尽きぬよ。
それが、人というものだ」
岩のような巨体に似合わぬ、静かで理知的に過ぎる声に、ポニーテールを揺らしながら声を殺して一頻り笑うと、相手の腰のあたりを軽く叩き、幾度も頷く。
「巨人族のあなたに言われると、人って小さいと思い知らされるわね本当に。
あなたを見ていると時々思うわ、特殊個体はランダムに押し付けられるんじゃなくて、心が基本種族に収まらないプレイヤーが、キャラクターデータを変質されて特殊個体になるって仮説。あれ実は案外本質を付いているんじゃないかって」
「人を化け物か規格外品のように、面と向かっていうものではない。
それがしからすれば、エイトやジゼの如き細やかな心遣いが出来、癖の強い者の集団を自ら纏めようと動き、実際に纏められる者達の方が余程特殊に見える。
つまりは、そういうことであろうよ」
まあそういう事にしておきましょうか、と薄く笑いながら自分から折れ。
無理に結論を求めること無く、ジゼがチラリと隣りの巨人を見上げる。
この、妙な話し方をする巨人とは、ギルドの中でもかなり長い付き合いだが、未だに相手の底が見えてこない、という点ではエイトよりも得体が知れない。
二人共、自分の意見を持っていないわけでも、言わないわけでもないのだが・・・
単純に、私が未熟者ってことなのかしらね、これは。
「それで、あっちの芝の周りで起きるぼやの対処はどうしようかしらね。
何かいい案はない、『大賢者』グライフ」
ベルティータを指さしながら、自分を見上げてそう呼びかけてくるジゼに、巨人は初めて顔を顰めてみせる。
「知力ステータスが低い種族の前衛職には、中々に痛烈な皮肉。
賢き者と言うのなら、アルリールやバルダークに助言を求めるべきであろう。
白魔術師の最高位であるジゼに、重戦士のそれがしが何を賢しげに言えと?」
グライフの職業は重戦士、巨人族という特殊個体が選べる特殊上級職で、一撃の物理攻撃では並ぶものがないが、所謂『脳筋』と呼ばれる・・・ただひたすらに攻撃をするだけの役割で
本人が言う通りに、頭をつかうべき職業でもなければ、それに向いた種族でもない。
賢者等と言われても、褒め言葉よりは皮肉にしか成らないのだが・・・BABELはあくまでプレイヤーの居るゲーム。
ステータスがいかに高かろうが、知恵がつくわけでも、知識が突然広く、或いは深くなる訳でもない。
つまりは、グライフの返事は、ジゼの言葉に対するささやかな抵抗。
「あら、冷たい事言うのね、友達が困って相談を持ちかけているのに。
ぼやを放っておいて、手の付けられない大火事になってから、ギルドの皆で仲良く路頭に迷えっていうのね?」
ふむん、と顎にてをあて顎髭を撫でるグライフ、その仕草は妙に堂にいっていた。
しばしの沈黙を挟んで、岩のような顔から、深く静かな声が、短く答えを告げる。
「グリーングリーン」
一体何を言い出したのだ?見上げるジゼの顔には、はっきりとその思いが現れたが。
次の瞬間、耳に届いた小さな手を叩く音に振り返り。
グライフの告げた言葉が、何なのかを理解する。
声無く歌っていたベルティータが歌うのを止め、グライフに向かって微笑みながら、頷いたのだ。
歓声に沸き立つラウンジの中に踏み入り、ベルを頭の上に載せて帰ってきたグライフを、呆れた表情を向けてジゼが迎える。
正確に言うのであれば、驚きすぎて呆れるしか無かったのだが。
ジゼがグライフに持ちかけた相談の内容からしてもわかるように、二人はベルティータからかなり距離をおいた場所で、個人会話をしていた。
個人会話であるのなら、対象者にしか聞こえないのだから、距離を取る必要はない・・・などという事はない。
置かれた距離は、即ちその事を二人は確りと理解していた、という証でもある。
誰かが二人を注意して見ていれば、目線や口を閉ざすタイミングで、話題がベルティータについてであることを悟られかねない。
経験によってそれを学んでいた二人が、特定させないためになした防衛手段が、すなわち距離である。
もっとも、ジゼは周囲の視線がベルティータに向いていると信じきって、ベルティータを指さしていたりと、実際のところそれほど神経質に隠そうとしていたわけでもないのだが。
防衛のために取った距離を、グライフはあっさり覆してみせた。
ベルティータの目の前に張り付き、曲名を必死に当てようとしていた者達に
そんな彼らに、遠くからネガティブな視線を送っていた者達に
そして、この距離を設定したジゼに対して。
解らないなどと思わないことだ、と。
「本当、あなたは得体が知れなくって、一緒にいて楽しいわ『大賢者』グライフ。
こんにちは、ベルティータ姫。ここから出られなくて退屈してないか心配だったから、とびきり楽しい人に今日一日貴女のナイト役を買って出てもらったわ。特等席ねそこ・・・でも落ちない様に気をつけて。
素敵な頭装備、結構似合ってるわよグライフ」
グライフの頭の上に、腹ばいに乗っかるベルティータに笑いかけながら、ジゼが軽い口調でグライフに嘯くと、ベルティータは楽しそうに、グライフは少し困ったように。
それでも二人同時に、ジゼに向かって笑い返した。
2012.09.22
2016.09.15改




