56.戦場に飛び込んで見よう
書き方を少し試行錯誤しつつ、安定したものを出せる様になればよいなと思ってます。
読んでくれた人に、何かを残せたら嬉しい限りです。
56.戦場に飛び込んで見よう
足が空回りしそうな程、慌て焦り急いで廊下を通り抜け、一番奥まった先にある、見るからに豪華で高価そうな扉にまでたどり着き、安心してついに絡まった脚の所為では無いが、転がるような体勢で扉を突き破り、部屋の中へと飛び込んだ。
扉も床も侵入者までも、何一つ傷つかずに済んだのは、別段奇跡的な幸運のためでは無く、這いつくばるような体勢で今にも泣きそうな顔を上げた、ミリアの種族特性故という、ロマンの欠片もない理由である。
「ひひひ姫様っ、事件です大変です暴動です、『アーヴンヘイムの大迷宮』に、冒険者が大挙して押し寄せてきてますっ」
クッションの山に埋もれるように、上位種の威厳が羞恥の余り逃げ出すような、だらしない姿で寝っころがり、脚と羽根をぱたぱた動かしながら本を読んでいたベルティータだったが、ぴこっと耳を跳ね上げ振り向いた顔を見て、ミリアは自分の失敗を悟った。
本を閉じ、幻の掛け声が聞こえるほど勢い良く立ち上がると、たった今ミリアが飛び込んできた扉に向かい、てててっと走りだす。
読書中は静かにクッションの山に埋もれていたイーとローも、もぞもぞ這い出してきて、ベルティータの後に続いて宙を飛んでいき、両開きの扉を体当たりでばーんと開き、ベルティータと一緒になって目指すは前庭である薔薇園。
「姫様マズいです、師匠に怒られますよっ」
ミリアの必死に止める言葉に、コクコクと頷きながらも止まる様子はなく、途中で転んで転がりミリアに追いつかれながらも走り続ける。
ゴーストであるミリアは、単純な物理攻撃では触れることも出来ず、武器で傷付けることが出来ない。
イコール、ベルティータを物理的に引き止めることも、出来ないのだ。
「第一、『アーヴンヘイムの大迷宮』に行って、姫様どうやって戦うつもりですかっ」
その言葉にベルティータはぴたりと足を止め、すぐ横に浮いている人魂へ向け、ぺったんこの胸を叩いて見せる。
『案ずるな、我にドラゴンブレスあり』
とばかりにドヤドヤするが、ただ涼しいそよ風が吹くだけで、使えば気絶するドラゴンブレスの、何をもってそんな風に自信満々な態度をとれるのか、ミリアには全く理解出来なかった。
ミリアのそんな数秒程度の思考停止という――ベルティータ本人が全く狙っていないままに創りだした――隙を見事に突いて、薔薇園中央に鎮座する噴水へ、駆け寄った勢いのまま地面を踏切り、とうっ!とばかりに両腕を伸ばした体勢で飛び込む。
着水する寸前、空間に赤黒い魔法陣が展開し、ベルティータのちんまい身体は、噴水の水に触れること無くその魔法陣に呑み込まれて消えた。
と同時に別の空間に描き出された、こちらも赤黒い魔法陣から吐出され、呑み込まれた時の勢いのまま、目の前にある誰かの後頭部へ、華麗にヘッドバットを決めた。
続いて飛び込んだイーとローも、左右に従って居た通りの位置に吐き出され、此方も別々の誰かの後頭部へ、見事な体当りをしつつも、鼻を抑えてしゃがみ込むベルティータの周りを、心配そうにふよふよ浮いて覗き込んでいる。
空間転移からの完璧な不意打ちで、一瞬にして後衛三人を無力化されたPTは、地に倒れ込む人体がたてる鈍い音に振り向き、そこに追いかけて来たゴーストの必死な表情と鉢合わせ、反射的に手にした武器を振るってしまう。
当然武器は全て、何の抵抗も無くミリアの身体をすり抜け、鼻を抑えてしゃがんでいるベルティータの頭上を通り抜け、切っ先が仲間の腕や脚を引っ掛け、恐慌状態に拍車をかける。
ごたつくPTを横目に見ながら、ミリアに急かされるままに、ぴよぴよ宙へととびあがって安全を確保し、見つけた壁面の横穴へともそもそ入り込む。
遥か下方で、何やら耳障りな声で叫んでいるが、ベルティータとしては不意打ちを仕掛けた相手と言うよりは、ともに不意打ちされた仲間である。
見解が別れた最大の問題は、鼻をぶつけた時に伸ばした手から放たれた例の黒い雷が、衝突で手を離した相手の高価そうな武器を破壊してしまった所為で、ベルティータがヘッドバットをかました相手は気絶しており、PTメンバーから非難されているのだ。
相手からして見れば、追い剥ぎにあった様なもの、如何に偶発事故とは言え、文句を言う権利くらいはある。
だが一人明らかに大騒ぎしているのが、パニックで味方を切りつけた男だったために、誰かに責任を押し付けて、自分のミスを帳消しにしようという小汚い思惑が透けて見え、滑稽を通り過ぎて哀れですら有る。
ちまい指でぴっと、大騒ぎしている男を指し示し、次いで二の腕を軽くぽんぽん叩いてみせ、ふたたび男をつっつくような仕草をするベルティータに、PTメンバーも段々と――掛かって来いでもなく、知った事かでもなく――何を言っているのか理解しだす。
状況不利を悟った剣士が、それ以上のアクションを封じるために、慌ててクロスボウを構えた為に、ベルティータがミリアに急かされ横穴を奥へと進んでしまい、その段になって漸く無邪気な竜幼女との言葉のないコミュニケーションが、バカの保身によって潰されたのだと残りの二人が理解する。
それがどれ程に奇跡的な機会を潰したのか、どんなに矮小で薄っぺらいもので潰されたのかを、時が立つごとに理解は深まり、結局後衛が目を覚ますと同時に転移魔法でダンジョンから抜け出し、それ以降そのメンバーがPTを組むことはなかった。
冤罪をうったえかけた後、ベルティータは横穴を四つん這いで――所によっては匍匐前進で――進み、開けた空間に出た瞬間、学習機能非搭載型であることを証明するように、周りも下も確認せずにぴょーいと飛び降りる。
「おっと……ってベルティータっ?なんでこんな所に」
まるで打ち合わせでもしていて、そこに落ちて来ることが最初から解っていたかのように、恐るべき超反応で目の前に落ちけくるベルティータを、切りかかってくる冒険者をシールドバッシュでノックバックさせながら、片手でキャッチしてたナインが驚きの声を上げつつ、周りを見回し肩車する。
瞬間……明らかにナインの雰囲気が変わった。
いままでとてふざけていた訳ではなく、適当に戦っていたわけでもない、自身が壁役であり倒れればPT全体の危機であることを、ナインは自覚しているしそれを誇りにも思っている。
防御面積は増え、食らって耐えると言う方法がとれなくなる上に、振り落とさないよう神経を使い、思考のリソースが割かれ、重量バランスが悪くなる――と、明らかにベルティータはお荷物である。
瞬時に飛んできた防御系魔法で、キラキラ輝くベルティータを見るまでもなく、ナイン一人ではなくPT全体で見ても、完全に足を引っ張られMP効率は低下し、戦力ダウンしているのは間違いない。
だというのに、動きも3、4倍良くなるために戦闘力はなぜか跳ね上がり、結果圧倒的に強くなるのだ。
しかし、今回はその実力を発揮することはなかった。
「……なんか内輪もめ始めたぞ、戦闘中だっていうのに」
ぴこぴこ耳を上下させながら、コクコク頷くベルティータが、ナインの上で同じように首を傾げる。
つんつんとナインをつついて後ろに下がるように指で示し、後衛と合流した所でアルリールの笑顔とジゼの困り顔に迎えられ、皆で壁際へと警戒しつつ下がる。
ぴょこぴょこふよふよと空中を跳ねるイーとローが、ベルティータの両肩にとまり頬に身体を擦りつけ、つぶらで真っ赤な眼が何かを訴えかけているが、腕も脚も翼もないそれは……新ベルティータ語など比べることも出来ない程、難解な謎かけ。
だというのに、ベルティータは無言のままにコクコクと頷き、掌を胸の前で2つ合わせたそこへと『取り出し』たのは、呪われ装備の端材。
二匹はそこへと頭からツッコんで、しばらくもそもそしていたが、再びふよふよ浮き上がった時には、ベルティータの手のひらの上には何も残っていなかった。
「げっ、そいつらの食事って、呪われ装備なのかよ」
思わず漏れたナインの呟きに、ベルティータはぶんぶんと首を振り、わちゃわちゃと訴えるが、残念な事にナインには伝わらなかった。
しかし、その場にはジゼもミリアも居合わせており、アルリールを筆頭にベルティータ語を理解出来ない面々の視線が、すかさず向けられる。
言うまでも無いが、当然ナインは冒険者同士の戦闘から目を切らず、未だに臨戦体勢を解いては居ない。
「ミリア、ベルティータは何と言って居るのですか?」
こういう時に、アルリールはジゼがミリアの師匠だからと、変な気を使い先にジゼに尋ねる、という様な行動はしない。
確実に理解して居るであろう相手が居るというのに、その行為は迂遠に過ぎ、何よりジゼが理解していれば良いが、そうでなければ二度手間だ。
アルリールに言わせれば、かける必要の全く無い手間であり、完全なる無駄という事になり、意味が無いどころか害悪である。
「物を食べる必要がそもそも無く、今回のこれも食事では無い、って姫様は言ってます」
アルリールとミリアの会話に、思わずという感じに、少し焦った声のジゼが嘴を挟んだ。
「ねえ、なんだかこの子達レベルが上がってない?」
この子達と言うのは、当然イーとローの二匹の事だが、ジゼのレベルアップ発言に、ミリアに集まって居た視線は、そのままイーとローにスライドした。
そもそも、元がなんレベルなのかを知ら無い事に、視線を向けてから気付き、二匹を経由した視線は、最終的にジゼへの問い掛けの色を強める。
「あがってるのは、JOBレベルではなくて、呪付物としてのレベル。『呪われ』程度だったのが、少なくとも『怨念』以上の禍々しさになってる」
今まで散々、ベルティータが着替える毎に、解呪させられて来た為、言われると本人は嫌がるが、呪われ装備に関しては、少なくとも日本サーバー内でなら、専門家を名乗っても良いくらいには経験を積んで居る。
そんなジゼがいうのだから、他の者が否定など出来よう筈もない。
「正解です師匠、冒険者を見て危機意識を持ったのか、強くなる方法を求めたみたいですその子達」
「確かに此処に来る冒険者は、軒並み高レベルの攻略組ですが、元泥団子の魔法生物が……危機意識、ですか。
つまりは、彼等と戦闘になると踏んで、自身の力不足を感じたと?」
比較検討し、戦闘をシミュレートした結果、相手の方が強いと『判断し』て、自身の強化を実行した?ただのNPCである魔法生物が?
それは、我々プレイヤーが関わったNPCだからなのか?……と、そこまで考えたところで、何を今更BABELに一般常識を求めているのか、と思わず笑ってしまった。
プレイヤーキャラクターとはいえ、レベル上げの為に『アーヴンヘイムの大迷宮』に来て、ダンジョンの改造まで許す運営だというのに、NPCが自身の強化を実行したくらい、なんだというのだ。
驚くならもっと前に、プレイヤーを対象にした抹殺クエストの発布や、闇の軍勢内での権力闘争をNPCが仕掛けて来た時で、少なくとも今では遅すぎる。
運営にとってもベルティータ姫は、生まれた時から関わっている注目の的。
その姫が作り出し、周りにおいている魔法生物なら、周りと変わっていても、何らおかしくはないではないか。
それとも全NPCが、思考し判断して、強化プランを打ち出し、実行する?……まるで、本当に生きているかのように?
頭を振って馬鹿な考えを追い出すと、ジゼは目の前の馬鹿な事態へと意識を向ける。
敵との戦闘中に、周りの冒険者をも巻き込んで、いきなり口論を始めたかと思うと、こっちの事を放り出して、何故か冒険者同士で戦闘が始まった。
はっきり言ってしまうと、『甘ったれの馬鹿』な行動、そっちの都合など此方には全く関係ない、言い争いが終わるまで待ってやる義理もない。
まとめて根こそぎ倒してしまえば良いだけ……なのだが、そうしなかったのは、ただ単にベルティータがわくわくしながら、冒険者同士の戦闘を見物しだしたからだ。
最近『ダーク・クラウン』では、有っても口論ばかりで、喧嘩自体めっきり見かけなくなってしまった為、スキルや魔法が飛び交い、武器を振り回す目の前の大喧嘩に、ベルティータも何処か興奮気味に見える。
どちらも敵だから、黙って争わせ生き残った方を倒せば良い、などと言う算段は頭のどこにもなく、純粋にただの野次馬。
基本的にベルティータは、BABELの戦闘システムも、スキルも魔術も全く何も知らない。
自分でやったこともなければ、将来出来るようにもならない為、ベルティータ本人も知ろうとしないし、誰も教えようとしない。
当然だろう、永遠に使える事のない魔術の説明を、戦士に延々と説明したとて、迷惑そうな顔をするだけで、喜ばれる事はなく。
もし相手が魔術を使える事を羨んでいたとしたら、親切で行った行為と解るだけに相手は見せないだろうが、心の奥には怨恨と軽蔑を抱いて隠す。
そうやって隠した恨みは、沈殿し心の底に沈んで、何時迄も取り除かれること無く、再起する機会を虎視眈々と狙う魔物と化すのだ。
人間の感情が如何に理不尽で、利己的な方面にどんなに脆いかを知っていれば、損ばかりするそんな行為は避けて触れず、それがわからぬ者は、『パラベラム』には入れなかった。
会話のキャッチボールも出来ず、自分一人満足するために投球練習を始める人間は――ことコミュニケーションによる人間関係のトラブルが、最大の危機管理を要するBABELにおいて――不要どころか害悪と判断され、然程時をおかず壁に向かって球を投げることに成り、それに飽きるか虚しさを感じるかしたら立ち去るか、自分の同類の球を延々受け続ける以外ない。
例えどれ程拙くとも、どんなに困難で伝わりにくくとも、コミュニケーションを取ろうとする姿勢が見える者と、最初からコミュニケーションを取る気がない者では、絶対的な差があり比べることすら烏滸がましい。
『ともに楽しむこと』は、前者としか共有できないのだから。
「ベルティータは、どの戦闘が一番見ていて楽しいのですか?」
すぐとなりに寄り添うように立ち、無意識にベルティータの腰の後ろに支えるよう、手を添えたアルリールの問いかけに、ぐるりと見回したベルティータが短い指を、ぴっとまっすぐに伸ばして示したのは、長い髪を舞わせながらひと時も止まること無く、素早い動きと派手なエフェクトのスキルで、ガンガン相手を倒していく二刀流の剣士
……の背後に見える、ベルティータの腰ほども有る腕をし、岩のような見るからに硬そうな腹筋を惜しげなく晒し、燃えるような赤毛と赤銅の肌をした、大剣を小枝のように振るっている――ビキニアーマーの戦士。
ベルティータは自分の両頬を人差し指で押上げ、アルリールに向けてくりんと顔を向ける。
「ああ、たしかに彼女は笑っていますが……」
「大雑把で力任せっぽいし、魔法もスキルも使わないから、正解?」
「……今の言葉の中には、褒め言葉がひとつも入ってないですよバカ9」
「でも、ベルティータは『惜しい』って言ってるけど?」
言われて上げたアルリールの視線の先、ベルティータはちまい親指と人差指で、僅かな隙間を作ってナインに見せている。
「わかった、見た目通りにパワー系で、相手の防御の上から叩き潰したり、ふっ飛ばしたりして、人に見せるような派手な強さなのに、本当に強いからでしょ?」
コクコク頷くベルティータに微笑みかけるジゼだったが、ナインが向けてくる怪訝な目に、思わず笑みに苦味が浮かぶ。
「こんなどう転ぶかわからない状況で、ジゼが雑談に積極的に加わってくるのは、ベルティータ中毒を発症したってことなのか?」
「敵との戦闘中に、肩車してそのまま戦闘するバカ9と違って、ジゼは馬鹿じゃないって事ですよ」
「あんまり姫様の前でバカバカ言わないでアル、教育上良くないわ」
ジゼの発言は、彼女が正真正銘ミリアの師匠であると言うことか、それともあくまで『おかあさん』としてのロールプレイなのか、なかなかに判断が難しい。
だが真実がどちらだったにせよ、表面に見えているものは変わらない為、アルリールもナインもそこには触れず、全く別の……しかし、この場の誰もが気になっていることを口にした。
「もしかして、冒険者同士が戦いだした理由が解らないのって、俺だけ?」
視線を向けず事も無げに、飛んで来た流れ矢を剣で打ち払い、流れ魔術を盾で受け止めるナインが、冒険者同士が背後で怒鳴り合う声にも、やはり振り向きもせず。
アルリール、ジゼ、ミリアと見回して、のしかかる様に上下逆さに覗き込んでくるベルティータとバッチリ目が合う。
耳をぴこぴこさせながら、ちまい人差し指がベルティータの鼻に次いでナインの鼻先を抑え、二本立てた指をちょきちょきと動かす。
自分一人だけが仲間外れではなかった、と最高の援軍を得たナインが、理由を考える事をやめて、ベルティータと二人で喧嘩の観戦の方に集中し出す。
「ミリアはわかったの、ユーレリアが仕掛けた罠を?」
「もちろんですっ!わたしも勉強したんです、侍女なら掃除洗濯料理は当然、暗殺から護衛、軍隊の指揮運用、作戦立案まで出来ないとダメだって書いてありましたから」
この子は一体何を読んで、どこに向かっているのだろう?
ジゼは、自分を師匠と呼ぶ半透明の少女を、酷く残念なものを見る目で見つめながら、漏れ出そうになるため息をなんとか咬み殺す。
少なくとも、自分で考えてだした答えに向かい、ミリアが努力しているのは間違いなく、たとえ努力の方向が間違っていたとしても、そのやる気を挫くべきではない。
第一、ゲームシステムでは無い、所謂プレイヤースキルと呼ばれる類の部分を、身に付けたと言うなら、それはミリアの無形の財産である。
使う機会が今すぐではない事など、瑣末事に過ぎない。
などとジゼが考えている事はつゆ知らず、ミリアは単純に自分への感嘆だと受け取り、ちょっとだけ腹立ち顔で答える。
「姫様を餌にした、『二虎競食の計』ですよねこれ」
2017.10.24
読後に題名を見て、だからか、と思って貰えたらちょっと嬉しいです。




