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戦帝のアレス  作者: ゴッタ弐
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読み切り

 辺境の村唯一の飯屋は、昼の時間ともなれば煙草の香りと煮込みの匂いが入り混じり、木製の椅子と机が軋むほどの賑わいを見せる。

 その隅、擦れたカウンターに腰を掛ける少年と30代半ばくらいの男の姿があった。

 少年の名はアレス。年齢は十三歳で孤児院で暮らしている。

 背丈の小さい、しかし眼差しだけは大人びた少年だ。

 彼は両手で広げた雑誌に夢中で、口元を緩ませていた。

 隣で酒を煽る無精髭の男はセシル。浮浪者のような風貌に似合わぬ豪快な笑い声を響かせ、少年の話に適当な相槌を打っていた。


「見ろよ、セシル! ほら、この人! めちゃくちゃ綺麗だろ!」

 

 アレスが雑誌を見ながら呟く。そこには、光を弾くような銀髪ショートを持つ女騎士の姿があった。

 冷ややかな瞳、磨き抜かれた甲冑。その姿は村の少年が一目で心奪われるには十分だった。


「こんなに綺麗な人がいるなら、オレ王国騎士団にでも入ろうかな~」

 言葉の端々に夢と、そして思春期特有の「モテたい」という欲望が滲んでいる。


「おう、頑張れアレス。騎士団に入るための動機なんてなんでもいいぞ。ワハハハ」

 セシルは豪快に笑い、盃を干した。興味があるのかないのか分からぬ態度に、アレスは軽く唇を尖らせる。


 と、その時だった。

 重々しい鉄靴の響きと共に、騎士鎧に身を包んだ一団が飯屋に入ってきた。

 差す光を背負って現れたその姿は堂々とし、村の客たちは一斉にざわつく。

 その中心に立つのは、一見して「爽やか」と言える若き男――クズン。

 整った顔立ちに人懐っこい笑みを浮かべ、軽く手を上げて「こんにちは」と女店主に声を掛ける。


「我々は、王都から派遣された騎士です。近くに盗賊の住処があるかもしれないとの報を受けやってきました。しばらくお世話になります」


 クズンは柔らかな声音で告げる。


「へぇ~盗賊ねぇ。そんな噂は聞かねえけどな。」

 

 セシルが片肘をつきながら茶化すように返す。その目は細められ、どこか退屈げですらあった。

 しかし、クズンは余裕の笑みを崩さない。


「村人たちを守るのが、我々の務めですから」


 そう言って、女店主に爽やかに微笑む。女店主は顔を真っ赤にして頬に手を当て、完全に心を奪われてしまった。

 アレスはその様子に思わず溜め息を吐く。


(……チッ。騎士様だけど、イケメンかよ。ったく、これだからイケメンは嫌いなんだよな)

 

 胸の奥に小さな苛立ちを抱えながらも、口には出さない。

 やがてクズンたちは滞在の旨を告げて飯屋を後にした。残された店主は夢心地で彼の背中を見送り、周囲の村人たちもどこか浮き立った様子を見せていた。

 そんな空気をよそに、昼食を終えたアレスとセシルは店を出る。

 玄関先でセシルが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「なぁ、アレス。あのクズンとかいうイケメン、もしかしたらユリアも惚れちまうんじゃねぇか?」

「シスターに限って、そんなことはねぇよ! てか、馴れ馴れしくシスターのことを名前で呼ぶなよ」


 アレスは即座に怒声をあげ、拳を握りしめる。

 胸の奥でふつふつと嫉妬の炎が燃え上がる。シスター――彼にとって母であり、憧れであり、何よりも大切な存在。

 その人が、あんな優男に心を奪われるなんて耐えられなかった。

 苛立ちを隠せないまま、アレスはセシルと別れ、孤児院へと足を向ける。

 その胸には、熱くも苦い感情が渦巻いていた。


◇ ◇ ◇


 村を歩き、孤児院へ戻ってきたアレスは、玄関先で目を疑った。

 そこに立っていたのは――さき程、飯屋に現れたばかりの男、クズン。

 クズンは柔らかい笑みを浮かべ、まるで古くからの友人であるかのようにシスターと談笑していた。

 白衣のような修道服に身を包んだシスターは、穏やかな笑みで彼の言葉に頷いている。

 その背後には、孤児院の少女たちが群がっていた。小さな瞳を輝かせ、頬を染め、まるで王子にでも出会ったかのようにクズンを見つめている。

 アレスの胸の奥が、ズキリと痛んだ。


(やっぱりか……。こういうイケメンが現れると、みんな簡単に惚れちまうんだ。)


 クズンが孤児院から去ったのを見計らってアレスが孤児院へと帰宅する。


「おかえり、アレス。」


 シスターが気づき、優しくアレスに声を掛ける。

 その声に普段なら心癒されるはずなのに、今日はどうにも胸が落ち着かない。


「うん、ただいま。シスター」


 短く返すと、アレスはムカムカしたまま孤児院の中へと入った。


◇ ◇ ◇


 孤児院の裏庭。

 井戸の近くでアレスより一つ年下の少女リッカが洗濯物を干していた。

 彼女はアレスと同じ孤児だが、他の少女たちのようにイケメン騎士に夢中になることなく、黙々と仕事をこなしていた。

 アレスが顔を見せると、リッカは少し驚いたように目を丸くする。


「あ、アレス。おかえり!」

「ああ。……なんだよ、お前は騎士様に興味がないのか?」


 リッカはわずかに肩をすくめ、洗濯物を絞りながら視線を逸らす。


「興味ないよ、あんな人。どうせ顔が良いだけでしょ」


 その言葉に、アレスは思わず目を瞬いた。村の女たちも、孤児院の少女たちも、皆クズンに夢中になっていた。だがリッカだけは違った。

 小さな誇らしさを覚えたものの、それを言葉にはできない。


「あ! アレス」


 リッカは何かを思いついたように声を上げた。


「もしも、アレスが騎士になれたら、シスターだって振り返ってくれるんじゃない?」


 その言葉は、アレスの心に突き刺さった。

 モテたい――その欲望は確かに彼の原動力だった。だが、ただの妄想で終わっていた夢に、リッカは小さな希望を与えてくれたのだ。


「ま、まぁ考えとくよ。」

 照れ隠しのように頭をかきながら答えるアレス。心の奥で、本気で「なってみせたい」と思った。


◇ ◇ ◇


 翌朝。

 孤児院の玄関先で、シスターが馬車に荷を積み込んでいた。王都への用事があるという。


「留守の間は、アレスとリッカに任せるわね。なにかあったら村長さんか、セシルを頼るのよ?」


「セシル? なんであいつなんかに……。まぁ、わかったよ」


 アレスは渋々返事をする。あの浮浪者のような男が本当に頼りになるのか、いまいち判断できなかった。

 一方のリッカはというと、真面目に頷き、シスターを見送る。

 その背中が村の道に消えると、アレスとリッカはしばし沈黙した。

 風にそよぐ修道服の裾の名残が、心にぽっかりと空白を残したようだった。


◇ ◇ ◇


 数日後。

 巻き割りに行くという、アレスを見送ったリッカは村長の家へと訪れようとしていた。

 しかし、リッカの視線の先には、何故かクズンたちの前でひざまずく村長の姿があった。


「なぁ、村長さん。金目のものはこれだけか? 村に手を出して欲しくなければ、あるもの全部出すんだな」

「や、やめてくれ、クズン殿……」


 リッカは異変を感じ、一目散にアレスの元へと駆け出すのだった。


◇ ◇ ◇


 森の奥。アレスは薪を割りながら、汗を拭っていた。

 額から滴る汗と共に、心の中に鬱々とした思いが広がっていく。


(オレは……モテたい。けど、どうしたら……。クソ、オレもあのクズンみたいな顔で生まれておけば……)


 斧を振り下ろすたびに木が裂ける。しかし心の迷いは晴れなかった。

 その時――。


「アレス!」


 木立をかき分け、リッカが必死の形相で駆け込んできた。


「村が……村が襲われてる!」

「はっ!? いったいどういうことだ、リッカ。詳しく説明しろ」

「うん。あのね…、この前村に来てたあのクズンって男。実は盗賊だったらしいの…」


 アレスは目を見開く。咄嗟に斧を掴み直し、声を張り上げた。


「リッカ、お前は街道を走って、そろそろ王都から戻ってくるシスターにこのことを伝えに行け! オレは……村へ行く!」


「でも――」


「いいから早く行け!」


 強い口調に、リッカは唇を噛んで頷く。そして駆け去った。

 アレスは斧を握りしめ、村へ向かって全力で駆け出す。


 胸の中で、恐怖と共に、燃えるような感情が渦巻いていた。


(クズン……あいつがやったんだな。だったらオレが、村のみんなを守ってみせる!)


◇ ◇ ◇


 村の中心へと駆け戻ったアレスの目に映ったのは、地獄絵図だった。

 広場では村人たちが呻き声を上げながら地面に転がされ、盗賊たちが金品を次々と奪っていく。

 昨日まで立派な騎士鎧に身を包んでいたはずのクズン一味は、その虚飾を脱ぎ捨て、粗野な凶器を剥き出しにしていた。


「やめろ! 俺たちの食糧を……!」


 勇気を振り絞って立ち向かった村人が、クズンの部下に容赦なく殴り倒される。血が砂埃に染み、悲鳴が響いた。


「ハハッ、弱いなぁ村人ども!」

「金と食糧をありったけ出しやがれ!」


 怒号と笑い声が交じり合い、村の景色は一瞬にして荒廃の色に染まっていた。

 その中心に立つクズンは、口元に余裕の笑みを浮かべ、まるで芝居でも演じるかのように周囲を見回す。


「まったく……人の良い村だな。俺たちを疑いもせず受け入れるとは。騙すのも骨が折れると思ったが、案外ちょろかったな。がははは」


 アレスは怒りに顔を真っ赤にし、斧を構えた。


「この……クズ野郎っ!」


 足を止める暇もなく、少年は盗賊団の中央へと飛び込んだ。

 振り下ろした斧が唸りを上げ、盗賊の武器とぶつかり合う。火花が散り、周囲の盗賊たちが一斉に少年へ視線を向けた。


「おいおい、ガキが武器なんて持ちやがって!」

「お頭。この小僧、どうします?」


 クズンは悠然と歩み出ると、アレスを見下ろしながら口角を吊り上げる。


「ほう……お前はあの時の孤児院のガキか。まさか俺たちに立ち向かうとはな。」

「黙れ! 村を、孤児院を、俺が守る!」


 全身の震えを押し殺し、アレスは叫んだ。

 だが、クズンは軽蔑するように鼻で笑う。


「ワハハハッ……ガキの癖に、何ができる。」


 その言葉が終わると同時に、クズンの姿が一瞬にして消えた。

 気付いた時には、すでにクズンの足がアレスの腹部を蹴り抜いていた。


「――ぐはっ!」


 空気を吐き出しながら、アレスの身体は地面を転がり、砂煙を上げる。斧が手から滑り落ち、村人たちが悲鳴をあげた。


「アレス!」


 誰かが叫ぶ声が耳に届いたが、視界は霞み、立ち上がることすら困難だった。

 それでも彼の瞳には、決して折れぬ炎が宿っている。


(……負けねぇ。俺は、みんなと守るんだ……!)


 地面に手をつき、震える足で必死に立ち上がる。

 クズンはそんな姿をあざ笑うように肩をすくめた。


「哀れなガキだ。だがまぁ、見世物としては悪くない。」


 彼は再びアレスへと歩み寄り、その顎を軽く蹴り上げた。

 倒れ込みながらも、アレスはなおも立ち向かおうとする。だが、次の瞬間――視界がぐらりと揺れ、暗闇に飲み込まれていった。


 盗賊たちの笑い声だけが、荒れ果てた村に響き渡る。


◇ ◇ ◇


 陽光を背に、王都から戻ってきたシスターの馬車が村の外れに差し掛かった。荷を持つ手を放さぬまま、彼女は遠目に煙が立ち昇るのを見て眉をひそめる。

 すると、馬車の前に突如現れた少女リッカが必死に声を張り上げた。


「シスター! 村が……村が襲われています!」


 馬車を降りたシスターは、修道服の裾を翻しながらリッカと共に走り出す。その胸には焦燥と怒り、そして子供たちを守らなければならないという強い使命感が渦巻いていた。


 そして――村の中央広場に辿り着いた瞬間、彼女は凍り付いた。

 そこには、土埃の中で蹲るアレスの姿があった。唇から血を流し、体は泥と汗にまみれている。

 その頭を無造作に踏みつけ、見下ろしているのはクズン。


「くっ……!」


 シスターは思わず駆け寄ろうと気持ちがはやる。その瞬間、シスターの腕をリッカが掴む。


「シスター。このままじゃ、アレスが……」


 クズンは振り返り、にやりと笑った。


「おや……これはこれは。俺の目当てのご登場だ。」


 彼の瞳に、いやらしい光が宿る。


「シスター。このガキの命が惜しければ……俺の女になれ。」


 その言葉に、広場の空気が凍り付いた。

 村人たちは声を失い、シスターは毅然と顔を上げて睨みつける。

 だが、その眼差しの奥にほんのわずかな迷いが生まれたのを、アレスは見逃さなかった。


(やめろ……! そんなの、絶対許さねぇ!)


 立ち上がろうとするも、体は言うことを聞かない。膝が崩れ、砂に突っ伏した。


 その時――。


「そりゃ、無理な話だな。」


 気の抜けたような声が、静まり返った広場に落ちた。

 声がしたところを見ると、村の通りに並ぶ屋根の上。

 そこには、人間が一人横たわる影があった。

 無精髭を生やした浮浪者風の男――セシルが、片腕をつきながら寝転がりながら空を眺めていたのである。


「なっ、お前……。いったい今までどこにいた!」


 クズンが怒声をあげる。

 セシルはのんびりと上体を起こし、頭を掻きながら答えた。


「いやぁ……そこで昼寝してたらさ、村が騒がしくなっててさ。それで、ふと起きてみたらこの有様だ。

ま、要するにちょっと事の成り行きを見てた。」


 その言い草に、村人たちは唖然とする。シスターでさえも一瞬言葉を失っている。

 だが次の瞬間。

 セシルの表情がわずかに鋭さを帯びた。


「――まぁ、そろそろ見物は終わりにするか」


 そして、さらに次の瞬間にはセシルが目にも止まらぬ速さで跳躍し、シスターとリッカの前へと豪快に着地していた。

 腰の剣を抜き放つと、その刃に炎が宿った。真紅の火花が走り、轟音と共に炎が噴き上がる。

 盗賊たちが怯えたように後退る。


「な、なに……!」

「炎……剣が燃えてやがる……!」

「き、貴様。魔法剣の使い手か……」


 セシルは面倒くさそうに剣を振るった。

 その瞬間、炎が奔流となって盗賊たちを飲み込み、次々と地面に叩き伏せていく。

 剣筋は決して荒々しくない。ただひと振り。けれども、それが終わると盗賊たちが次々と地面に倒れ伏していくのだった。


「バ、バケモノだ……!」


 次々と仲間が沈められる光景に、クズンの顔が歪む。


「こ、こんな奴と戦えってられるか!」


 咄嗟にアレスを解放し、距離を取ると、腰の袋から煙幕玉を投げつけた。


「覚えてやがれっ!」


 黒煙が広がり、視界が閉ざされる。煙が晴れた時には、クズンの姿はすでになかった。

 セシルは肩を竦め、剣を鞘に収める。炎はふっと消え、ただの浮浪者の姿へと戻った。


「お、おいっ、セシル。クズンを逃したのかよ!」


 アレスが顔を上げ、ツッコミを入れる。

 セシルは酒場で見せたのと同じ気の抜けた笑みを浮かべて答えた。


「まぁ、大丈夫だろ。どうせ指名手配されてすぐ捕まるさ」

「大丈夫なわけあるか! あいつはどうせまた別の村を――!」


 必死に叫ぶアレスに、セシルはまるで相手にしていないような軽い調子で肩を叩いた。


「お前、いい根性してるじゃねぇか。ガキのくせに斧持って突っ込むなんてな。オッサン、ちょっと感心したぞ。」


「なっ……!」


 アレスは言葉を失う。命懸けで挑んだ自分の行動が、まるでからかわれているように思えて、怒りが再び込み上げる。


 だが――心の奥底では、セシルの力に圧倒されていた。

 あの炎の剣。圧倒的な実力。どんな騎士物語にも劣らない「本物」が、目の前にいる。


(……すげぇ。やっぱり、ああいう力がある奴はみんなを守れるんだ……。)


 胸の奥に芽生えた憧れを、少年は素直に認めざるを得なかった。

 広場に横たわる盗賊たちを拘束しながら、アレスはセシルの背中を見つめる。

 その姿は、泥にまみれた少年の心に、確かに一つの決意を刻み込んでいた。


 広場には、縄で縛られた盗賊たちがずらりと並んでいた。

 村人たちは傷だらけになりながらも、なんとか笑顔を取り戻し、盗賊どもが這いつくばる姿を見て安堵の息をついていた。

 アレスは汗と泥にまみれた体で、縄を締めながら盗賊の残党を拘束していく。


「これで……全部か……。」


 肩で息をしながらも、心の中は妙な充足感で満ちていた。

 自分はまだまだ弱い。だが、それでも立ち向かい、守り切ったという事実が胸に残っていた。


 その時――。


 村の入り口から、ひときわ冷ややかな気配が近づいてきた。

 銀の髪が風に揺れ、月光を弾く。無表情のまま歩むその姿は、少年の憧れを具現化した存在だった。


 ソラ――王国第七騎士団副団長。

 彼女は無言で縄に縛られた男を引きずっていた。血に汚れた顔を晒すその男は、ほかでもない盗賊団の頭目、クズンだった。


 広場にいた村人たちがざわめき、驚きに目を見開く。

 アレスもまた、信じられぬ思いで呟いた。


「……まさか……雑誌に載ってた……あの銀髪の女騎士……! たしか、第七騎士団の副団長って……」


 ソラは縛られたクズンを地面に放り捨てると、真っ直ぐセシルのもとへ歩み寄った。

 そして一言、冷ややかに告げる。


「――団長。また仕事をサボって放蕩三昧ですか。探すのに苦労しましたよ。」


 その一言に、村人たちがどよめいた。


「だ、団長……!?」

「この浮浪者みたいな男が……王国を守護する騎士団長様だって……!?」


 セシルは頭を掻き、気まずそうに笑った。


「はは……バレちまったか。」


 村人たちは一斉にざわつく。

 誰もが信じられなかった。いつも酒ばかり飲み、豪快に笑う浮浪者風の男が、実は王国第七騎士団の団長だという事実を。


 アレスは呆然とその光景を見つめていた。

 あの力、あの余裕――すべては本物だったのだ。

 しまいには、現在進行形で隣に美人騎士を侍らせているという事実にアレスは内心驚きを隠せなかった。

 といより、セシルがソラに慕われているという様子にかなり嫉妬していた。


◇ ◇ ◇


 やがてセシルは、村人から馬車を借りると、淡々と盗賊たちを積み込み始めた。


「よし。じゃあ、こいつらは王都に連れて帰るか。……おっと、村長さん。村の復興は頼んだぞ」


 軽口を叩きながら、まるで大事ではないかのように背を向ける。

 その姿は、英雄というよりもただの旅人のように自由で、豪放だった。


 アレスは思わず声を張り上げた。


「なあ、セシル!」


 団長と呼ばれた男は、振り返ることなく片手をひらひらと上げた。


「ん? なんだ?」


 アレスは真剣な瞳で問いかける。


「セシルみたいな奴でも……王国の騎士団長様ってやつは、その……。モ、モテるのか?」


 一瞬、静寂が広がった。

 だが次の瞬間、セシルはニヤリと笑い、低く答える。


「――当たり前だろ。」


 その言葉に、アレスの胸が熱くなった。

 怒りでも嫉妬でもない。燃えるような憧れと希望、そして決意。


「だったら……俺もいつか、騎士団長になってみせる! 待ってろよ、セシル!」


 声を張り上げ、まっすぐに誓う。

 セシルは振り返らずに笑い声を残し、馬車と共に去っていった。

 広場には夕陽が差し込み、アレスの顔を照らしていた。


◇ ◇ ◇


 それから三年後。

 孤児院の前には、少年少女たちに囲まれ立つ青年の姿があった。

 背丈は伸び、あどけなさを残しつつも、瞳には確かな光が宿っている。

 その手には、一枚の羊皮紙。王国から届けられた「騎士団試験」のお触れだった。


 アレスは荷を背負い、振り返って孤児院を見つめる。

 シスターの温かな笑顔。リッカの不器用な優しさ。子供たちの笑い声。

 すべてを胸に刻みながら、彼は歩き出した。


「よし……待ってろよ、セシル。俺だっていつか騎士団長になってみせる!」


 モテたいという少年らしい欲望を抱きつつも、その一歩は確かに未来を切り拓くためのものだった。

 青年アレスの旅立ちと共に、村の空に新しい風が吹いた。


 ――戦帝のアレス、完。

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