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ぼくはそっと目を閉じた。するとぼくの世界は真っ暗な闇に閉ざされた。それからぼくの心はその闇の中にあるとても深い穴の中に落ちていった。……とても暗く、……とても深い穴の中に、ぼくはいつも通り、ひとりぼっちで落ちていった。そこには『ただ痛みだけが存在していた』。『痛みだけがその世界を支配していた』。
「きみの気持ちはとてもよく理解できます。わたしも同じです。わたしも他人の視線を受けると、人ではなく、一個の意思を持たない物になってしまう人間でした」闇の中に睡蓮さんの声が聞こえてきた。(優しい声だった)ぼくはその声を聞いてゆっくりと両目を開いた。
……、ちかちか、と天井の明かりが点滅した。
「この場所にはきみとわたしだけがいます。……二人っきりです」と睡蓮さんは言った。
……、がたんごとん、と列車の走る音が聞こえてきた。
ぼくはなぜかとても強い眠気に襲われるようになっていた。よく考えてみれば、ぼくはもう随分と長い間、眠っていなかった(前に眠ったときのことを、うまく思い出せなくらいだった)。たまりにたまった眠気がここぞとばかりにぼくに戦いを挑んできているようだった。……眠い。このまま睡蓮さんの大きくて柔らかい胸の中で目を閉じて、眠ってしまいたかった。そうできればどんなに幸せなことだろう。……そんなことをぼくは思った。




