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「きみには選択肢があります」と睡蓮さんは言った。
「『このまま列車に乗って、わたしについていくのか、それとも列車を降りて、ひとりぼっちで、この真っ暗な世界に残ることにするのか』の選択肢です。それを今から、きみに決めてもらわなくてはなりません」睡蓮さんはそう言った。
「ぼくが、自分で決めていいんですか?」とぼくは言った。「もちろんです。これはきみ自身の人生の選択なのですから」と睡蓮さんは言った。
……ぼくは悩んだ。『こんなことは、生まれてはじめて』だった。ぼくが悩んでいる間、睡蓮さんはじっとぼくのことを見ていた。ぼくの答えを待っているのだ。ぼくは焦った。(古代魚から、睡蓮さんにはついていってはだめだと言われていたのに、ぼくは迷ってしまっていた)そしてしばらくして、ぼくは怒られることを覚悟して、「すみません。すぐには……、決められません」と正直な気持ちを睡蓮さんに言った。でも、睡蓮さんは怒らなかった。それどころか優しい顔をして微笑んでいた。ぼくはそのことにまず驚きを覚えた。どうして睡蓮さんは優柔不断なぼくのことを怒らないのだろうと不思議に思った。
「ええ。これは大切な選択ですからね。今すぐに決めることはできないかもしれませんね」と睡蓮さんは言った。
「でも、時間はありません。なので、きみが選択を決める手助けになるかどうかはわかりませんが、少しだけわたしにお話をさせてください」と(緊張しているぼくを見て、安心させるようにして笑ってから)睡蓮さんは言った。「お話?」とぼくは言った。「ええ。お話です」と睡蓮さんは言った。「本当はこういうことはあまり良くないことなのですけれど、わたしは『個人的にきみに興味がある』のです。だからすこしだけわたしからお話をしてあげます。きみにだけに」
「ぼくにだけ、ですか?」「そう。きみにだけに、です」と言って睡蓮さんは優しく微笑んだ。
天井の明かりがちかちかと点滅した。




