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眠っている風は死体のような顔をしていなかった。生きている人間の顔をしていた。呼吸も感じる。いつもは動かない風の小さな胸も、今日は小さくだけど、上下に動いていることがはっきりとわかった。
ぼくの鼓動はどきどきしていた。
ぼくは窓の外に目を向けた。するとそこにはぱらぱらと小さな雪が降り出していた。夜空が晴れていたのはどうやら本当に、『ほんの一瞬の出来事』だったようだ。だから窓の外に星は、もう見えなくなっていた。
……もしかしたらあの星は、ぼくに与えられた最後の希望だったのかもしれない。
あの星に向かって、『元の世界に戻りたい』と願えば、今頃ぼくは、元の世界で、いつもの見慣れたベットの中で、この長い不思議な夢から目覚めていたのかもしれない。
再び暗い雲によって閉ざされてしまった、真っ暗な雪の降る冬の空を観察して、そんなことをぼくは思った。
ぼくの眺めている前で、雪は次第にその強さを増していった。
後悔してるのかい? と声が言った。ぼくはなにも答えなかった。
ずっとぼくの耳に聞こえていた、びゅー、という外の風の音は小さくなり、今度は病室の中の音が大きく聞こえ始めた。ごー、という鉄製のストーブの中の炎が燃える音。それから柱時計の文字盤の上でかちかちという時を刻む二つの針の進む音。ぼくは視点をずらして窓ガラスに映る自分の姿を確認した。そこには一匹の黒猫がいた。黒猫は相変わらず緑色の瞳をしていて、じっとぼくのことを見つめていた。
それからぼくは再び風の寝顔に目を向けた。その顔の上にぽつぽつと数滴の水滴が落ちた。
一瞬、ぼくはそれは天井からの水漏れだと思った。
……、しかし、それは水漏れではなかった。




