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391 小鳥の水墨画

 小鳥の水墨画


 展示会が終わって、少し落ち着いてきたところで、硯は今度は小鳥の水墨画を描くことにした。

 いろいろと迷ったのだけど、小鳥にした。(硯は小鳥が、とくに雀が大好きだった)小鳥は子供のころからよく硯が描いていた水墨画のテーマだったし、もう一度、初心に帰るってわけじゃないけど、……、展示会で自分の満足する水墨画が描けて、新しいスタートを始める、この機会に自分の水墨画をあらためて、もう一度、まっさらな目と心で、見つめ直してみようと思ったのだ。

 そんなことを思って、硯は小鳥の水墨画を描き始める。

 ちらっと横を見ると、そこには墨がいる。

 墨はというと、とくに普段と変わったこともなく、いつも通りのんびりとした顔をしていて、ゆっくりと筆を綺麗に動かして水墨画を描いていた。

 その墨の水墨画を描いている姿だけで、まるでその風景自体が一枚の水墨画になりそうな感じがした。墨は明らかに、展示会のあとで、今までよりもさらに一段上のところに昇ったような雰囲気があった。

 そんな墨を見て、きっと墨は高校を卒業するのと同時に、美術大学には行かずに、水墨画家になるのだろうと硯は思った。

 硯の描いた小鳥の水墨画は、基本に忠実な描きかただけど、どこか、かわいさや小ささを少し強調したもので、本当に小さな子供を描くようにして硯は小鳥を描いた。

 描き終わった水墨画を見て、われながら、よく描けたと思った。

 墨に見せると、墨も「うん。すごくいいと思う」と言ってくれた。(やった!)

 墨は硯の隣で、白い月の水墨画を描いていた。

 暗い夜と雲の中で輝いている白い大きな月の水墨画。

 それはとてもシンプルだけど、とても美しい水墨画だった。

 ……、すごい。やっぱり墨はすごいね。

 もう、こんな水墨画がこんな風に自然と描けちゃうんだ。私と墨は同じ年なのに。……、まだ十六歳なのに。子供なのに。

 ねえ、墨。

 あなたはなにを見ているの?

 私には見いえていない、どんな風景を墨はいつもその心の中で見ているんだろう? それを知りたい。できれば、私も同じように、そんな風景を墨と一緒に並んで見てみたい。

 墨の横にずっといたい。

 そんなことを、墨の描いた白い月の水墨画をじっと見ながら、硯は思った。

 それから硯はふと、墨の白い月の水墨画から目を動かして墨を見る。すると、墨はじっと先に硯を見ていた。思わず、視線と視線が重なって、硯はちょっとだけ、どきっとした。

 どうしてだろう? なんだかきゅうに墨がずっと、大人っぽくなったように見えた。

 それから硯は、少し息抜きに遊びとして、草花の水墨画を描いた。

 年老いた三毛猫の草花のことは子供のころからよく練習として(そのころは草花も深津家にやってきたばかりの元気な子猫だったけど)水墨画に描いてきた。でも、最近はずっと描いていなかったから、久しぶりに草花を描いてみようと思ったのだ。すると、なんだか自分がずっと昔の草花をよく描いていた小学生の子供のころに戻ったみたいな感じがして、思っていたよりも、とても楽しかった。

 縁側に寝っ転がって、じっと草花を見てて、わかっていたことではあるのだけど、草花。お前もずいぶんとお年寄りになったね、と本当に心から硯は思った。(長生きな草花だけど、もっと、もっと長生きしてほしいと思った)

 硯と出会ったばかりのころの草花はまだ子猫だった。(とってもかわいかった。もちろん、今の草花もかわいいけど)草花とも、もう十年の長い付き合いだった。(墨と同じだった。そういえば最初に草花に会ったときも、墨が紹介をしてくれたんだった。胸に小さな子猫を抱いて嬉しそうな顔をして、小学校一年生の墨は深津家にやってきたばかりの草花のことを同じように、小学校一年生の硯に紹介してくれたのだった)あのころは私も小さな子供だったな。墨も、今みたいに大きくなくて、もっと、ちっちゃかった。(私と同じくらいだった)

 とそんなことを思い出して、くすくすと一人、硯は笑った。

 ……、とそんな風に縁側の床にうずくまるようにして自分を見て笑いながら小さめの紙に水墨画を描いている硯を見て、草花はたいくつそうにしながら、大きな欠伸をすると、またいつものようにすやすやと日差しの中で、居眠りをしてしまったのだった。だからもちろん、硯の描いた草花の水墨画は、居眠りをしている草花(猫)の水墨画になった。

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