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 ……、白い馬の親子の水墨画。(けっこう、大きな水墨画だった)

 それはとても、とても、静かで美しい水墨画だった。

 湖畔で水を飲んでいる白い親子の馬。水墨画の中には、お父さんとお母さんと子供の三匹の馬が描かれている。

 静かで、美しいけど、でも、どこかその三匹の親子の間にはなにかの激しい葛藤のようなものを感じる。それは馬の視線や体の距離や、仕草から、なんとなく感じることだった。

 やっぱり、この親子の馬は深津家の深津茂先生、都さん、そして墨のことなんだろうか?

 深津家のみんなのことをよく知っている硯には、どうしても墨の白い馬の親子の水墨画が、深津家のみんなのことのように、見えていた。(でも同時にそうは思えなかった。とても仲のいい家族。なんの問題も悩みもないように深津家のみんなのことは思えたから)

 この水墨画は完成している。

 ……、きっと、この水墨画を越える水墨画は、誰にも描くことができない。この水墨画の中には、天才水墨画家の少年、十六歳の深津墨のすべてが隠すことなく描かれていた。

 墨自身にも、きっとこの水墨画を越える水墨画はもう描けないだろう。(この作品はあくまで、『十六歳の深津墨の最高の作品』なのだ)

 それぐらいに素晴らしい水墨画だった。(その水墨画はもしかしたら、硯がこの一年をかけて描こうとして追い求めていた、理想の十六歳のすべてを描いた水墨画、そのものだったのかもしれない)

 二人で自分たちの水墨画を見ているときに、墨はなにも言わなかった。硯も、ずっと無言のままだった。

 それから少しして、二人のところにおしゃれをした橙色の帯と、晴れやかな牡丹の模様の着物姿の都さんがやってきて、二人に声をかけたところで、そこではじめて、まるで魔法がとけたように、二人の時間は、ふたたび、もう一度、いつものように動き始めた。

 そのときには、硯はもう、いつもの明るい硯に戻っていた。隣を見ると、そこには、いつもののんびりとした墨がいた。

 展示会の一般参加作品の表彰式で、墨の描いた白い馬の親子の水墨画は、最優秀賞(一番)をとった。そして、硯の風の中にいる龍の子供の水墨画は、優秀賞(三番)だった。(二番の人の花を描いた作品も素晴らしかった。どうやら、その人は水墨画家の人らしい)

 その結果には不満はない。

 そう(文句も、不満もなく)思えるくらいに、墨の描いた白い馬の親子の水墨画は、本当にすごい水墨画だったからだ。

(……、個人的には、この墨の白い馬の親子の水墨画は、深津先生の普段の水墨画にも、あるいは今回の目玉の展示作品である七福神の水墨画にも負けていないと思った。……、やっぱり本当に墨はすごい。と表彰式のときにぱちぱちと墨を横目に見て拍手をしながら硯は思った)

 だけど、こんなにすごい(人生でもそう何枚も描けるとは思えない)水墨画を描いて、展示会の表彰式で最優秀賞をとっても、墨はあんまり嬉しそうじゃなかった。表彰式で、表彰されているときも、いつもののんびりとしている墨のままだった。

 だけど、表彰式のあとでお父さんの深津先生に「おめでとう」といつもの優しい笑顔で言われたときは、墨はなんだかとっても嬉しそうな顔をしていた。

 そのあと深津先生に同じように「おめでとう。よくがんばったね」と言われて、硯はまた、深津先生の前でわんわんと小さな子供みたいに、泣いてしまった。

(硯のお父さんもお母さんも、妹の文も三人で硯の水墨画を見にきてくれて、硯の水墨画を素敵だねっていってほめてくれた。すごくうれしかった)

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