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光は闇の中をふらふらと彷徨い、やがて闇の中で丸まっている風の小さな体を捉えようとした。風はぎゅっと、その体を縮こめた。
その瞬間、ぼくは風のコートの中から飛び出した。
すると光はすぐに闇の中を動いたぼくの気配に気がついて、ぼくの小さな体をその光の中に照らし出した。
「猫?」と女性の声がした。
周囲は真っ暗で、しかも一瞬だったので、その顔まではわからなかったのだけど、その人はこの病院の看護婦さんのようだった。
もしかしたら秋子さんか、あるいは冬子さんだったのかもしれない。
とにかくぼくは闇の中を瞳の病室とは反対方向に向かって走り出した。
「あ、待って、猫ちゃん」と看護婦さんは言った。
それからぼくは寒くて暗い病院の廊下を風のように走り抜けた。走って、走って走り続けた。後ろからはぱたぱたという音がした。看護婦さんがぼくを追いかけて走ってくる足音だ。
すると、それから少しして、ぼくは行き止まりの壁に突き当たった。どうやらこの病院はコの字型やロの字型ではない、L字型の、もしくはI字型の作りをした建物のようだった。
行き止まりの壁のすぐ手前でくるりと回転すると、ぼくは壁を蹴って加速をつけて、今度は自分を追いかけてくる光に向かって、……思いっきり突進した。
看護婦さんとのすれ違いざまに「きゃ!」という声がした。
しかしぼくはそんな声には構わずに暗い廊下の上を走り抜けた。そして階段の前まで戻ってくると、そこには風がいた。
「猫ちゃん」と小さな声で風が言った。
ぼくは両手を広げている風の胸元に飛び込んだ。
風はぼくをしっかりと受け止めると、すぐにこちらに向かって戻ってくる光から逃げるようにして、寒くて暗い病院の通路を、いつもよりも少しだけ急ぎ足で、一生懸命、駆け抜けていった。




