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昨日、ぼくが風に拾われたとき、柱時計の針は十二という数字を少し回った辺りを指していた。つまりあと二時間くらいで、ぼくはとりあえずこの病院での一日という時間を一睡もせずに経験したということになる。ぼくはそのときがくることをとりあえず待つことにした。ぼくはなにかの変化を期待したのかもしれないし、期待していなかったのかもしれない。とにかく、今日と同じ一日というものがこれからも同じように繰り返されていくのか、それともなにかの変化があるのか、……そして、この長い夢が覚めるときはいつくるのか、……あるいはそれは永遠にこないのか、ぼくはそれらのことを見極めたかったのだ。
だからぼくは柱時計の針が時間を進めていく作業を淡々と見守っていた。
そして時間が経過して、柱時計の針がきっかり十二の数字を指したとき、思いがけない変化が起きた。ぽーん、ぽーん、というとても不思議な音が柱時計の内側から鳴り出したのだ。それはお昼のときに柱時計の針が十二の数字を指したときには起こらなかった変化だった。(柱時計はなんどか確認していた)
その音はとても小さな音だった。決してなにかを告げることに適した大きさの音ではなかった。
でも、ぼくはその音を聞いてとても驚いた。……そして、少しだけ興奮もした。
柱時計から音が鳴り出した理由は明らかに針が十二の数字を指したからだった。しかしお昼のときには音が鳴らなかったことを考えると、どうやらこの音は時刻が『零時』になったことを告げる音だと推測できた。
それは一日が終わったということを知らせるための音なのか? ……、それとも、新しい一日が始まったことを知らせる音なのだろうか? あるいはその両方の意味なのだろうか? 音の意味は聞くものの意思に委ねられているのだろうか? だとしたら、ぼくはどうだろう? ぼくはこの音にどんな意味を見出すのだろうか?
ぼくは柱時計の音からそんなことを連想した。
しばらくの間鳴っていた音は、やがて一分もしないうちに自然と鳴り止んだ。音が鳴り止むと同時に、「……ん」と風が微かに呟いた。風はうっすらと目を開けていた。風にとってあの音は、どうやら一日の始まりを告げる音だったらしい。ぼくは風が起きることを予測して、風の小さな胸の上から、ベット脇へと移動した。
風は毛布を押しのけてゆっくりと上半身を起こすと、そのままうーん、と言いながら、とても大きな背伸びをした。それからぼくと風の目があった。
「おはよう、猫ちゃん」風はにっこりと笑ってそう言った。
食事の時間以外、ずっと眠り続けていた風は、真夜中の時間でも元気いっぱいだった。




