三話 酸素がほしい、でも眠い
少しだけ視点変更。
ん~キャラを動かすのは難しい。
僕の体が僕から離れていったのは、中学一年の夏だった。病気の進行具合から見ても、それが寿命だということは知っていたのに、受け止められず呆然としていたことだけは覚えている。
いつもと変わらぬ、少しずつ重くなっていく体駆をひきずり続けた平凡な朝。右腕が痺れて動かなくなっていた。それでも寝違えただけだと嘯いて、学校へと向かう坂道を登るのに息を切らして、昇降口にたどり着いた瞬間、目の前が真っ暗になって……。
視界を取り戻すと、小学の頃から通い詰めていた保険室と似た空間が日常になった。目を腫らして泣き続ける両親と、深刻そうに目を伏せる白衣の人たち。
理解に要した時間は一秒以下の短い呼吸音。
死という実感も沸かなかった未熟な僕は余命をつきつけられて昏倒する。なんでもっと丈夫な体に生まれなかったの、と。己を怨んだ悔しさで目頭が熱くなった。
そんな環境の中で、車の送り迎えを拒んだ動きたがり屋の意志を尊重してくれた両親に対しての申し訳なさだけ、心の中を反響しつづけたーーーー
「~! ~~~!」
微睡みに溺れた意識を開拓したのは、ただの呼吸困難だった。気管へとつながる出入口を丁寧に弾力の塊で塞がれる。朝独特のほんのりと冷たい空気がぬるい体温に萎縮を示す傍らで、血行のよくなりすぎた僕の脳が警報を鳴らして騒がしい。
目覚ましいらずの朝が来た。
亡骸生産に余念がないエミリアさんは、まるで僕の平らな胴体を小バカにするように、その豊かな胸を凶器にして寝息をたてている。
誰の許可を得て締め付けているだろう。張りのある二の腕でがっちりしっかり人様のど頭をホールドしている。シチューエーションさえ変わっていれば、母性溢れる人間を演出できるのに……。
無意識化の殺人って法的に罰せられないんだよね、うん。
今の彼女にあるのは無垢な殺生だけである。
布越しに伝わる彼女の体温に冷えた体が歓喜の声をあげているが、これは絶望の歌かもしれないと、死期を迎えた僕の脳味噌から判断力がこぼれていく。
しかし、そんな展開が回転した。
突然緩和した束縛手が、自由を得た僕の頬を優しくなぞる。ふと見上げると、寝ぼけ眼で酸素枯渇者を見つめるエミリアさんが、ゆっくりと僕に顔を近づけていた。
え? ちょ……。
「ごめんなさい、寝惚けてました」
階下から食欲を誘う匂いが起き抜けの胃袋を刺激する時間帯、白い寝間着に身を包んだ少女が膝をついて頭を垂れていた。
理由は明白。
先ほどの件である。
まさか酸素不足の道を閉ざした矢先に、おでこに接吻されるとは思いもしなかった。抱き枕云々を飛び越えて、どんな夢を見ていたのかと気になってしかたない。
できることなら半身になって距離を置きたい状況でもあるが、筋肉痛に蝕まれる僕はベットに座り込んだままだった。
「あの、ほんとにごめんなさい」
無言を貫く僕を見て、しょんぼりと肩まで落とし始めたエミリアさん。さすがに気後れしたので昨日の仕返しと言わんばかりに頭を撫でてやった。なんかまた声がでなくなっていたので気にしてないよとアピールしてみせた。いや、気にしてるけどね。
死んだ翌日今日の天気は、贔屓目で見ずとも快晴だ。
「これなに?」
「一応朝食、かな」
胴当てと篭手だけの、動きやすさを重視した軽鎧を着込んだ彼女の視線を追った先には、ハンバーガーを思わせる円形の物体が皿からはみでていた。湯気をたてながら肉汁を滴らせるその様は、決して朝食にとっていいものとは考えられない。
賑わいを見せる宿屋の一階で、マントに埋もれた頭を稼動させる。結果、欠伸がやまない消化気管にもたれが生じるであろうことは安易に予想できた。
でも食べた。気にしなかった。
だってお腹減ってるんだもん。
向かいの席で顎を働かせる彼女に習って一口食べれば懐かしい味が舌を転がる。
あまじょっぱいタレが絡んだ堅めの肉は牛タンを連想させた。思えば昨日から喉を通ったのは息だけだったので、自分でも驚くほど食が進み、気づけば皿を空き地にして満足気に息を吐いていた。
寝ていいかな?
お腹がいっぱいになったら眠くなった。
だらしなくテーブルに上半身を預けた僕は、枕代わりに組んだ腕に幸せモードの口元を設置する。頬の筋肉の緩みが伝染していき、全身の力が抜けていくのがわかった。
「はふぅ」
床につかない足をパタパタ振って、重くなってきた瞼をゆっくりと閉じていく。なんかここに来てから寝てばかりのような気もするが、眠いんだから仕方ない。
食べれる時に食べて寝れる時に寝る。
これこそ僕のモットーである。
それは例え、孫を見るかのような瞳で見つめられてもその意志は変わらない。
食事を中断したエミリアさんが執拗に頭を撫で撫でしてくださるが気にしない。
朝から騒いでいる飲んだくれさんの声なんか蚊帳の外へ。僕は少し遅い二度寝の時間を堪能する。
意気揚々と家を飛び出してから、もう二年が過ぎた。
昔読んだ絵本にでてきた英雄に憧れて冒険者を目指したのはよかったものの、右も左もわからぬ小娘には、その世界は厳しかった。
それでもなんとか夢に食らいついて、冒険者の中でも中の上。中級者ではリーダーシップを張れるほどの人間に成長したそんなある日、一人の少女と出会った。
それが私の目の前で寝息をたてる彼女である。
生憎マントに隠れて見えないが、腰まで届くその艶やかな黒髪は、女の目から見ても文句の付けようがないほど可憐だった。私の肩までしかない低い背丈と相まって、思わず守りたくなる衝動に刈られてしまう。作りもののように整った目鼻立ち、大きな黒い瞳が自己主張するように煌めいていて、初めて見たときは神の化身を思わせた。
だが実際はどうだろう。
口数が少ないことに反比例して、ころころ変わる彼女の表情。人の汚れを知らないような、疑うという行為の欠片も見当たらぬ彼女を見て、小さかった頃の自分を思い出した。
昔の記憶がよみがえって、私の二の舞にはしないようにと小さく思った。一人旅も寂しく感じていたし、いい頃合だ。彼女が私の旅に同行してくれるかどうかは定かではないが……。
二つ返事で了承された。
そして現在、三度寝を始めた彼女を部屋に運んでいたりする。
やっぱり落ちが(ry
そして話数に比べて経過した時間が短い気が……あぁ、文字数もか。