二話 譲り合って、力尽きる図
あれ、お気に入り登録が……。
こんな作品に目を通していただきありがとうございます!
「ごめんね、今は持ち合わせがないから同じ部屋になっちゃうけど我慢して」
申し訳なさそうに肩を落とす彼女の右手で発光と点滅を繰り返していたソフトボールサイズの球体が闇に溶けていく。その光エネルギーを奪ったかのように、僕の目の前に鎮座する小さな村の家の窓や質素な門の街灯から光が伸びてきた。
話は少し巻き戻る。
あれから僕は彼女に勧められるがままに行動を共にして、今いる土地が日本は疎か地球上のものではないことを知ることとなった。
テニシラという聞き覚えのない国のことは置いておくとして、魔法と呼ばれるものが存在することには歩くことの喜びを忘れて立ち止まってしまうほどびっくりした。 そんなご時世を生きる少女の名前はエミリア・メシアンモンド。
濃淡の区切りがつかない絶妙な加減の赤い髪を、花のモチーフをした黒い髪止めでひとくくりにしていて、意志の強そうな金緑色の瞳を覗かせている。
慈愛に満ちた優しげな雰囲気を散らす彼女の名は、正直流暢に日本語を話せるとは思えない名前であった。
以前異世界というお話を物好きな看護師さんから聞いていたのだが、まさかなと考えながらも忌避感を抱かずにはいられない。
けど、歩くのが楽しくて、誰かと話しているのが楽しくて、気付けば僕は病室で過ごしてきた人生を心の片隅にしまいこんでいた。
「ここよ」
エミリアさんの声で現実へと回帰する。
ふと見上げると、日本のそれとは違った木材建築の建物が佇んでいた。二階建てなのか上層に位置する七つの窓の半数から光が漏れて、人の笑い声が絶えずにいる。入り口と思われる重そうな扉からも明るい雰囲気が溢れていて、思わず笑顔になってしまうほど優しい場所だった。
隣で、僕を見つめながらエミリアさんが微笑んでいるのがわかる。気に入ってもらえてよかったと安心したような感じだったけど、それすらも心地よかった。
それから、カウンターやテーブルで飲んだくれてる男の人達を横目で見ながら、女将さんとおぼしき四十半ば程の女性と事務的なやりとりを交わしたエミリアさんは僕の手をひいて階段を上っていく。
僕が満足に動けないことをすでに熟知しているようで、腰にも手を回してゆっくりと歩を刻む。ありがとうと小さく頭を下げるとその頭を撫でられた。子供扱いはしないでもらいたいと豪語しようにもする気が湧かなかったので抵抗せずに撫でられておく。
ぶっちゃけ気持ちよかった。
甘え癖がつきそうだなぁと思ったものの、今の僕にはなにもできないと考え至ってため息をつく。もう夜も遅い、入院生活で培ってきた僕の腹時計は夜の十時が過ぎましたとのたうち叫んでいる。
再び意識が蚊帳の外へと放り出されている僕に、階段の終わりを告げる平面の感覚が足の裏に伝わった。
そして開かれる目の前の扉。
明かりの付けっぱなしという、財布の紐を緩める事態を見事に回避した暗い室内へと導かれる。
「えっと、ランタンは……」
ガチャガチャと、なにかを探すようにエミリアさんが暗闇の中働いている。そして小さな火種が瞬いた途端、部屋が明るみに晒された。
八畳ほどの木目調の一室。
窓際にクローゼット、少し離れて備え付けの小さな机とセミダブルのベットがぴったりと肩を寄せ合い埃を残すことなく設置されている。
「あ、やっぱりだめ?」
入り口付近で立ち止まる僕を見て、本日何度目になるかわからない心配顔をするエミリアさん。
違うんだ。これは感動だ。
感動しているんだ。
大きく一歩を踏みしめて、僕は外泊という言葉を脳内でリピートしまくっていた。疲れているはずなのにテンションだけはレットゾーンを足蹴にして、今すぐにでも騒いで踊りたいくらいである。
しかし先の件が尾をひいているので、はしゃぎ自重の付加がかけられた精神環境はみるみると疲労を顕著にしていくやるせ無さ。
正直もう寝たい。
でもお喋りもしたい。
ぼすんとベットに腰を下ろすと、あの狼さんの柔らかい毛皮の感触が思い浮かんだ。どこにいったんだろう……また触りたいなぁなんて、命知らずは夢心地に天井を見上げて瞳を閉じた。
そして現在。
エミリアさんの背中を全力で押してベットに誘導中である。中学にあがった時期から成長が止まってしまっている僕の体と比べると、百七十センチ手前程の身長は、そのスレンダーな体型で引いても押し通せるものではなかった。
「私は大丈夫だから! お願いベットで寝て?」
「んっ!」
つまりそういうことである。
なんとこのお方、僕におやすみと声をかけると壁に背を預けて毛布を被り始めたではないか。さすがにそこまで僕も図々しく育った覚えはないので、本日持てる最後の力を振り絞りに絞りまくって奮闘中である。
「お願い、私ベットは落ち着かないから、ね?」
誰が聞いても嘘だとわかる。
それでは僕が落ち着かない。
狼狽え続ける彼女の背を押すこと一分弱、段々と足腰から力が抜けていった。心臓が痛いくらいに跳ねて、今日はもう持ち上げることすらできないであろう腕も限界に近づいている。
しかし、先に折れたのは彼女だった。
諦めの息を吐くと、膝を屈めて僕と視線を交差させ窘めるように言をうがつ。至近距離にある彼女の整った顔立ちに後込みするが引きさがれない。
「じゃあ君もいっしょにベットで寝ること、いい?」
やっぱり引き下がらせてください。
頭を垂れて逃げたくなった。
仕方がないと、彼女の口から飛び出た提案に渋々と従って、僕はベットに潜り込んだ。
「んぬ~っ」
「こらこら、おとなしくする」
そして脱走に失敗する。
寝息をたてていたはずの彼女に背後から抱き締められ、結局力尽きた僕だった。
区切りってなんですか?
そう言いたくなるほどに落ちが苦手です。




