プロローグ
意識がもうろうとする。
命を繋ぐポンプの音が、静まり返っていくのが自分でもわかった。
もう、長くはもたない。
クリーム色の天井を見つめながら、微かに感じる風の感触に寂しさを覚えた。どんなに力もうとも痙攣するほどにしか動かない四肢からは、点滴に用いた銀糸の感触が綻びていく。無意識の範疇で行われる筈の呼吸すら酸素マスクを通さなければ接合できず、今まで生きてきた時間が無碍に感じた。
「…………」
声帯も震えない。
数時間まばたきをしてないせいか、眼球が痺れを切らす。
そんな死に近づく体を操る中、零に届いた波の音が、静かに鼓膜に突き刺さった……。
筋ジストロフィー。
それが僕の人生を狂わした病気だった。
年月を重ねるごとに体中の筋肉が死滅し、最終段階に到達すると心臓が停止する。
未だに解明することができない発祥原因に治療法、宣告されたのは十年前のことだ。
ふと、幼少時代から入院生活を過ごした今までの記憶が蘇る。走馬燈と言うものだろうか、もしそうなら、なにも知らなかった子供の時の記憶だけをはんすうしたい。
実体のない意識を抱いて、暗闇に捕らわれた僕は自分が死んだことを悟った。
嘲笑であろう。
感覚の欠片も残っていない頬を歪ませてやった。まだ死にたくなかったんだけどなと、諦めるように微笑んでみせた。
再び意識が昏倒に導かれていく。
神なんてものは最初から信じていなかったが、できることなら天国に行きたいななんて身勝手なことを考えた。
瞬間。
見えない何かに身体を圧される感覚を覚えた。
まるで重力に導かれるかのように、風を受けながら落下していく感覚。
時間の概念すらねじ切れた時に一身に身を委ねていると、遠い遠い暗闇の向こう側、小さな白い点が煌めいていた。
筋ジストロフィーについての説明は大分簡略化しております。
申し訳ありません。