魔法と女性
町内清掃へ出かけるオーガストとは「無花果」の前で分かれ、喫茶には寄らず外階段を上がった。
ウイは汗を拭いてくると言って自室へ戻り、ダンデライオンはベイリーの部屋へ当然の顔をして入ってくる。
「ジュミリリョンの修理はいいのか?」
ベッドの上に放置されていた制服や契約書をベッドサイドテーブルにまとめていたベイリーは、部屋の窓から街の様子を眺めるダンデライオンに問いかける。
すると、ダンデライオンは機嫌よく「ああ」と答えた。
「ジュミリリョンは修理屋に預けてある」
「いつの間に?」
「ベイリーが仕事探してるときにな。ロンドンに紹介してもらって、持っていったらしばらく預かるとよ」
南区の外れにある修理屋は、半分スクラップ置き場といっても差し支えない様相であった。
屋根も壁もトタンでできた作業場には、街中から集まってきた機器が無造作に並べられ、様々な部品の山がいたる所で砂埃を被っていた。しかし作業台が置いてある周辺だけは砂を払われ整理整頓されていて、ダンデライオンが顔を出したときにはちょうどホテルの空調機を分解している女主人がいた。
彼女はダンデライオンが持ち込んだジュミリリョンをちらりと見ると、机の隅に置いておくよう指示し作業へ戻ってしまった。
「女性が切り盛りしてるのか?」
修理屋は人の集まるところには必ず存在するものだが、ベイリーは女性が店頭に出ている店を見たことがなかった。オイルに汚れ、金属に囲まれ、重量のある機械を修理しているのは、いつだって男だった。
意外そうにするベイリーに、ダンデライオンは口角を持ち上げる。
「女の技師は腕がいいんだぜ?」
「別に腕を疑ってるわけじゃない。ただ、珍しいって思ったんだ」
正直な感想であって、決して女性を蔑んでいるわけではない。女性の方が優れる分野はいくらでもあるのだから。
ベイリーの弁明に、ダンデライオンはわかってるよと笑う。
「女が優位な分野で言えば、魔法もそうだな」
「魔法? 魔女に限らず?」
「ああ。不思議なもので、魔法っていうものは女と相性がいいんだ。たとえそれが魔女の血筋じゃなくてもな。だから、魔法を動力にする機械は女が扱った方が直りがいいって、もっぱらの噂だ」
「初めて聞いたぞ」
「俺の中の噂だからな」
「なんだ……。本当にそうなのか?」
「ああ。魔法を齧ってないとわからないほどの誤差だが、魔法小瓶だってなんだって、女がインスタント魔法を使ったほうが性能が上がる」
ダンデライオンはベッドの端に腰かけ、頭だけベイリーに向けて続ける。
「だから、ジュミリリョンを直すなら、女の技師がいるところがいいって思ってた」
「じゃあ、ジュミリリョンは魔力を使うのか?」
「一部な」
ジュミリリョンは太陽光を主な動力源とするが、思考機能については魔力を使う。そのため、その内部には魔法結晶が部品として組み込まれているのだ。
「機械の中に、魔法結晶?」
目を丸くするベイリーに、ダンデライオンは軽く頷く。
今となっては貴重品どころか一かけらで一財産といっても過言ではない魔法結晶だが、かつては豊富にあった資源なのだという。
「資源っていうのは使いすぎれば枯渇するってことだ」
「なるほどな。じゃあ、あのジュミリリョンにも入ってるってことか?」
「残念ながら、その部分まで分解できなくてな」
入っていれば、それだけで沿岸部で豪遊できるほどの価値だ。
しかしベイリーはダンデライオンが金銭目的でジュミリリョンを拾ってきたのではないことを承知だったので、「もし入ってなかったら、俺の魔法結晶を使うといい」と首から下げ肌身離さず持っている巾着を叩いた。
巾着の中には、イチカワからもらった魔法結晶が入っている。
「俺は魔法小瓶で十分こと足りるから」
「ありがとうな。だが、気持ちだけもらっておくぜ。入ってなかったら、どこかで調達するさ」
国によって管理されている魔法結晶ではあるが、砂漠ではその目を盗んで入手する方法はあるのだ。そう主張するダンデライオンに感心するような、呆れるような苦笑を浮かべ、ベイリーは靴を脱ぎベッドに座った。
そして枕元に置いてあった本を手に取る。ダンデライオンから借りている、「不死鳥の歌」だ。
ベイリーは古びた表紙を撫で、ベッドに両手をついて窓の外へ視線を向けたダンデライオンを見つめる。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「うん?」
「ダンデライオンが言う覚悟が決まるまでって思ってたけど」
ダンデライオンは振り返らず、窓から見える青空を眺めたまま相槌を打つ。
「ロンドンとは知り合い、なのか?」
初対面にしては敵意をむき出しにしていたが、二人で話してからは、ダンデライオンからロンドンに噛みつくことはほとんどなくなった。
部屋を貸してもらい世話になっているという事情もあるが、何かとお互いを知っているような口ぶりであったり、世間には話せない何かを二人して隠しているようにも見える。
もとより、ダンデライオンはベイリーやウイに打ち明けていない秘密があることを認めている。しかしその秘密を、ロンドンは知っているとしか思えないのだ。
ベイリーの話に耳を傾けていたダンデライオンは、ゆっくりと体ごと振り返った。
「知り合いじゃない。だが、その存在は知ってた」
「お互いに?」
「ああ。お互いに」
ダンデライオンは片膝をベッドに乗せ、その上に肘を乗せて頬杖をつく。
「俺とあいつは同類みたいなものだ」
「すごく不服そうな顔だぞ」
「同類だからって、そいつと仲がいいとか好ましいとかはないからな。ただ、お互いの素性を知ってるってだけだ」
「じゃあ、番犬とか烏っていうのは、同類の呼び名なのか?」
踏み込んだ質問にダンデライオンはわずかに顔を歪めるも、ゆっくりと息を吐き出して頷いた。
「そうだな。あいつは番犬、俺は烏だ」
「そうか。ありがとう。それだけわかれば十分だ」
ベイリーはすんなりと話を切り上げる。
「これ以上は、お前が話したいときで大丈夫だ」
「ベイリー、本当はもう話してもいい頃だと思ってるんだぜ」
手元の本に視線を落とすベイリーに、ダンデライオンは背筋を伸ばしてまっすぐと見つめる。ベイリーはダンデライオンの意思に反して真実を追求したいわけではないと手で制するが、ダンデライオンは頭を振って続けた。
「俺が何者なのか、ベイリーに知ってほしい。だが、タイミングも、環境も悪いんだ」
「環境?」
「ここには魔女の結界が張ってある。街の外へ出ると、ロンドンや俺の秘密を忘れ去る魔法だ」
一口解説:リトルフィグの修理屋
大きなオアシスなので修理屋はいくらでもあるが、ロンドンのおすすめは「ラビット修理」。
女主人は通称スクラップ。




