見捨てるという選択
「ねっ、ねえさっ……かっ、かえ、ろう?ねっ?おっ、おねがっ……だから……そこの、渇探流君でも、士道でも、『代わり』に出来るでしょ?……だって、代わりになるなら、今と現状、『同じ』じゃん」
「青山———」
渇探流は一瞬躊躇った後、合理的には正しい、とも、思ってしまった。
———何を考えているんだ、俺は。
もう、スマホを切ってしまおうかと、手を伸ばす。もうこれ以上、聞いてられるか。
その時。
うう……。と、ウィルフレッドが唸り———目を、開けた。
「……だれか……すてる……はなし……ですか……?」
「ウィル!!」
言葉が続くが、意味が頭に入ってこない。
「まだ、意識が朦朧としてるのか?」
その問いに、ウィルフレッドはゆっくりと首を振った。
「……あい……して……ます……」
「…………………」
——意識が混濁しているのか、それとも本音なのか分からない声で言われるが———意味が、わからない。
渇探流は、言葉を探すように、口を開いた。
「ウィル?……大丈夫か?」
「ええ……大丈夫、です……渇探流、君が……望むなら……『私』が、生贄に、なりま、しょうか……?」
ひゅっ。と、渇探流の喉が詰まった。
「だめだ」
即答だった。考える暇もなく、口からこぼれ落ちていた。
「なっ、なんっ、で……?士道が、『いい』って、言ってんじゃん!!あとは渇探流君が、うんって言えば———」
「黙れ」
渇探流は、ウィルフレッドを抱え直した。
「犠牲は、許さない」
「僕の姉さんが、既に『犠牲』になってるんだよ!!それで———それで、『僕』は、助かったんだ!!」
「……ボロが出たな」
渇探流は、吐き捨てた。
「——————輝」
若干の、空気の違和感。
いつの間にか、青山恵が、側に『在った』。
「私は、あの時の選択を、後悔してないわ」
「いっ、いいっ、嫌だ!!僕が、ぼっ、僕が!!嫌なんだ!!これ以上———『姉さんを犠牲にした』って罪悪感を、抱き続けるのは!!」
渇探流の舌打ちが、短く空を切った。
「結論は出てる。帰るぞ、ウィルフレッド」
「……で……も……かた、る……く……」
「なんだ?」
「……こう、かい……しま……す」
「………………」
渇探流は、ウィルフレッドを力強く、抱え直した。
「しない」
「ぅっ、うそ、でしょ……?君、姉さん、を、みっ、見捨て、るの……?」
「見捨てる。『姉の居場所はわかった』。依頼は既に成立している」
「……アハ」
「……………?」
「アハッ、アハハハハハハ!!」
「青山……?」
「結局!!結局!!君も!!『そっち』側なんだ!!」
「何を言っている?」
「僕のっ、姉さんの犠牲に胡座をかいてる———偽善者め!!」
「……それは、お前にも言えたことだろう」
青山の喉が、詰まった。
渇探流は、少女に視線だけを向ける。
「……助かった。ありがとう」
「いいえ。———輝を、よろしくお願いします」
「——————」
その言葉には答えずに、渇探流は、ウィルフレッドと共に、『出口』をくぐった。
「まっ、まって!!姉さん!!姉さん!!嫌だよ!!」
「輝———元気でね」
ニコリと笑った少女の顔は、とても穏やかだった。
シャリン。と、ピアスが、揺れた。
———そうして、渇探流とウィルフレッドは、『現実』へと、帰還した。
帰還すると、そこは、既に真っ暗に染まった、人気のない中央公園。
その、入り口に、一人ポツンと、膝をついている青年がいた。
「…………」
渇探流は、かける言葉が見つからなかった。
「もう、大丈夫です。渇探流君」
「あっ、ああ……大丈夫なら、いい」
ウィルフレッドは、しっかりと自分の足で立った。『治癒』は、完了したようだった。
「………さない……」
「………………?」
「ゆる……さない……!!」
一人、泣き崩れていた青年が、ガバリと顔を上げる。
その瞳は、殺意に満ち満ちていた。
「姉さんを……!!見捨てやがって……!!許さない……!!許さないからな……!!医里渇探流……!!」
「選択肢すらない奴が、望む結末を得られると思うなよ」
「お前に……何がわかる……!!」
「わからねぇよ」
渇探流は言い切った。そして、クルリと青山に背を向ける。
「帰るぞ、ウィルフレッド」
「はい、渇探流く———」
青山の指が、引き金にかかったまま、震えている。
その指が、一瞬だけ、躊躇うように離れる。
それでも———
「……じゃあ、なんで……!!僕だけが、我慢しなきゃ……いけないんだよ!!」
空気を切り裂く音によって、ウィルフレッドの言葉は、遮断された。
ウィルフレッドは、渇探流の肩を引く。
静寂。
一瞬、誰もが動けなかったが———不自然に動いていたウィルフレッドだけが、血を吐いた。
「———ウィル!?」
「……か、たるく……だい、じょ……」
「お前が大丈夫じゃねぇだろう!!」
そこには、胸から血を流した、ウィルフレッドがいた。
「アハッ……アハハ……おっ、お前……も……!!失えば、いい……!!」
硝煙をあげる拳銃をこちらに向けたまま、青山は狂気的に嘲笑った。
「もう、お前は、バーストオーシャンの敵だ。お前の、大事なもの、全て、全部、破壊してやる」
青山は、感情の抜け落ちた声で言った。
そして、そのまま———夜の闇に、消えていった。
「ッウ、ウィル……!?ち、ちょっと、まて……!!今、『治癒』の呪文で———」
そう、渇探流が言って手をかざしたとき、直感した。
さっきは使えたはずの———呪文が、発動できない。
「なっ、なぜ……!?」
渇探流は、己の手の平を一瞬だけ見つめて、再度ウィルフレッドへと手を伸ばした。




